8年後、負けヒロインの君と

瀬川 拾

第一章

第1話 99回目の残念会

 晩夏の週末。社会人にとっては心躍る華の金曜日。


 横浜駅近くの飲み屋街、野毛の一角にて。

 最近よく使う、こじんまりとした居酒屋の座敷。


 俺の目の前に座る女性は、咳払いをしてからジョッキを持った。


「えー、それでは。私、北条ほうじょう美織みおりの失恋を記念しまして、99回目の残念会を行いたいと思います。かんぱーい!」


「「「かんぱーい!」」」


「いえいっ! 皆さん、ありがとー!」


 なぜか、一緒に飲んでもいない他のお客さんが一斉にグラスを上げる。


「皆ノリ良いな……」


「今のは折本がノリ悪いのよー。反省してよ、反省」


「悪かったよ」


 そう言われ、俺――折本おりもと夏希なつきは頭を下げてからジョッキを掲げた。


「ドンマイ、北条」


「ん、ありがと」


 カランと、俺と北条のジョッキがぶつかる。この会は、必ず「ドンマイ」からスタートだ。


 北条美織。26歳。一言でいえば美人だ。 顔立ちは端正だし、スタイルも良い。

 高校時代は上から数える美少女で、俗にいうヒロインだった。


 かつては明るい髪を肩で揃え、ゆるふわなパーマをかけていた。

 今は髪を伸ばし、緩めのポニーテールにしている。それだけで大人っぽく見えるのだから不思議だ。 


 でも、人懐っこい笑顔は変わらない。うちの会社きっての営業部のホープでもある。


 対して俺は――高校時代からモブ。大学もモブ、会社員になってからもモブ。

 強いて言うなら、一時期は闇だった。


 勉強だけは人並みにしてきた。でもゴールが北条と同じ会社の経理部というのだから不思議なものだ。


 取り柄なんて一つもないと思っていたけれど、最近上司から「茹でガエルになるがごとしの忍耐力と不動力。会社が倒産する時は任せた」とお褒めの言葉をいただいた。


 ……いや、これ褒められてないかも。


 仕事量もモブなら良かったんだけどなー。シゴデキ社員と同じくらい回されるの、高度情報化社会の悲劇だ。経理なんか、テレワークもできてしまう。


「この顔を月一で見てんのかー。私もほんと物好きだなー」


 ぷは〜とやった北条は、ジョッキを置いて俺をながめる。


 この残念会は、北条がフラれてから基本月一開催。本日なんと99回目となる。


 主催は北条で、予約は俺。

 初回は大盛況。その後は同窓会や飲み会として利用され、盆暮正月、節目の会には割と人が来るように。もはやただの飲み会だった。


 ただ、80回あたりから俺と北条だけになった。青春の繋がりも、大人になるとゆっくりとほどけていくようだ。


「……そのりで始めるの、10回目くらいだけど」


「えっ、本当? えとえと……じゃあ『フラれないとこの味はわかんないよねー』は?」


「もう数えてないな……」


「そっかー。ま、折本だしいいか。被っても」


「モブとして信頼されてるなー、俺」


「……ほんと、折本のそういう所変わんないね」


 ジョッキをかたむける俺を、呆れたように北条は見つめてくる。


 まあ、ここまで来ると男女の仲というより戦友だ。スーツというのは、時間というのは、社会というのは、げに恐ろしいと思う。


 モブな男子高校生と美少女な女子高生も、「不祥事は起こさなそうなサラリーマン」、「シゴデキ美人OL」という枠に当てはめて、飲み屋の席に押し込めてしまえるのだから。


 ……やっぱりだいぶ違うな。でも、緊張せずに話せるようにはなった。


 話は進み、酒も進む。北条は二杯目からはゆっくりとレモンサワー、俺は飽きもせずビールだ。最近、ラガーがうめぇ。


 いつもこうして集まって、会社の誰それがやらかした、最近見た映画は、高校のアイツが結婚したらしいなど、とりとめのない会話をする。北条は顔が広いので、俺がほとんど聞き専なんだけど。

 

「思えば遠くまで来たねぇ……」


「そうだなぁ……」


 モブと美人。いや、昔は美少女。普通なら俺たちは、まず交わる事がない。


 それなのにこうして飲んでいるのは、高校時代、俺が彼女の恋を応援したからだ。


 いや……させられたって言った方が正しいか。


「私の泣き顔を見たの、折本が一番初めてなのよね。変な高校時代だった」


 綺麗な手で顔を覆いながら、北条が言う。昔はここから泣き出すのを心配したが、今はクスクス笑っている。


「まあ、あの瞬間から俺の人生も狂ったよな……良く頑張った、俺……」


 三年生になったばかりの放課後。運命のいたずらで、俺は北条が泣いている所を見た。


 『このままじゃ負けちゃう――』

 好きな男子と親友との三角関係になっていた北条は、負けそうな雰囲気に涙が溢れてしまったようで。

 泣いている彼女に胸倉を掴まれ、協力を依頼された。


「ちょっと、狂ったはやめてよ。高校最後に特大のイベントができて高校生活彩りました、でしょ?」


 机に両肘ついて腕を組み、眉を曲げる北条。ポーズが昔に戻ってる。


 半袖のブラウスとタイトなパンツという出で立ちだから、綺麗で細い腕から指先まで良く見える。あと胸の下で腕を組むので……まあなんだ、大きい胸がよくわかるのでやめてほしい。


 しょうがない……節目も近いし、本音で言うか。


「彩ったのは確かだよ。なんていうか……青春の三ヶ月だった。叶えてあげられなかったのは悪かったけどさ」


 本気の恋愛。部活にかける青春、体育祭に全身全霊する一瞬。そんなキラめくものごとは、俺には縁の遠い話だった。


 でも、北条と出会ってからの三ヶ月は青春だった。これは本心だ。


「……悪かった、ね……ほんと変わんないね……」


 机にこぼすように言った北条は、こちらを伺うように顔を上げた。

 酔いが回ったのか、顔が赤い。


「ね、ねぇ……ちょっとそっち行ってもいい?」

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