一本の糸

「おやすみ、二人とも」

 お母さんが電気をスイッチを切る。照明が暗くなって、笑いを抑えようとしても声が漏れてしまう。

 上から糸でつながれたコップが垂れてきた。暗い中でもモノが動く影はとらえられる。

「奏斗、もしもし」

 紙コップに耳をかざすと、兄の蓮介の声が聞こえる。聞こえたことが面白くて、くすくすと笑い声を出す。上のベッドから笑い声が聞こえる。

「聞こえる!」

 ひそひそ声で紙コップの中で叫ぶ。

「しりとりしよ!」

「りんご」

 続く、しりとりの攻防。声は常に、抑えながら、紙コップに告げる。

 あの頃はほかにもいろんなことをしたな。スパイとか、忍者とか。


「蓮介、いつになったら学校に行くの」

 お母さんが、リビングでゲームをしている兄に尋ねる。兄は黙ったままだ。

 中学生に上がった兄は、不登校になった。僕は馴染めないことはなかったけれど、いつ仲間の輪から外されるのか、怯えながら生活している。

 父は単身赴任、母はパートと家事で精一杯、僕は家の中で迷子になった気分だった。


 ある日、部屋の掃除をしていると、小さい頃に遊んでいた糸電話が出てきた。何となく、隣接する兄の部屋へ投げ込んでみる。

「もしもし」

 その紙コップからの声が、ものすごく近くにいるように感じた。

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