第18話 会談と改善と魔道姫

 お風呂から上がると、アニタが寝室に寝床を準備してくれた。


 天井から吊るされたオイルランプの明かりで、寝室には大小2つのベッドがあるのが見える。

 どうやら、そのうちの大きい方を私の為に整えてくれたらしい。

 確かにクッションもシーツも綺麗なもので、もしかしたら新しいシーツを買ってきてくれたのかも知れない。


 お風呂に入る前に脱いだ服は「洗濯しなければなりません」と、アニタとシャルがお風呂の残り湯を使って洗濯を始める事になってしまった。


「私も手伝うよ」

 と手を上げてみたものの、

「かなめ様は、今日は魔道の力まで使ってお疲れでしょう。洗濯は私達に任せて、どうかお休みください。」

 と言われてしまう始末。


 寝室は少し肌寒いので、パジャマみたいなものがあれば嬉しいのだが、この世界はパジャマを着て眠る習慣は無い様だ。


 せめてズロースだけでも履いておきたいところだったが、既に明かりを消した部屋に荷物を取りに行くのも気が引ける。


 結局私は、全裸のままベッドの中に入る事になったのだった。


 隣の浴室では、アニタとシャルが洗濯している音がする。


(アニタ達も疲れてるだろうに……)


 とは思ったが、長旅の疲れもあって、布団に包まった私は、あっという間に眠りに落ちていたのだった……


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 それからどれくらいの時間が経ったのか分からない。


 私が目を開けると、寝室の天井から吊り下がっていたオイルランプが消えている事に気付いた。


(アニタ達は……?)


 と思って少し身体を動かした時、アニタが私と同じベッドに寝ている事に気付いた。


 それほど大きなベッドではない。

 アニタも全裸で、私の身体にピッタリと密着する様にして眠っている様だ。


(どうりで暖かいと思った……で、シャルは?)


 と思って隣の小さめのベッドと見ると、どうやらそこにシャルを寝かした様だった。


 シャルもよほど疲れていたのだろう。

 布団に包まって、グッスリと眠っている。

 ベッドの大きさもシャルには丁度良い様だ。


(きっと、アニタの息子が使っていたベッドなんだろうな……)


「……目が覚めましたか?」

 と、耳元にアニタのささやく様な声が聞こえた。


「ええ……、私が寝てからどれくらい経ったの?」

 と私が身体を仰向けにしながら訊くと、アニタが布団の中で私の手を握りながら、

「どうでしょう……、正しい時間は星を見てみないと分かりませんが……、おそらく4時間くらいだと思います」

 と言った。


「そう……、じゃあ、まだ外は夜中なのね……」


 と言いながら、今更「時計が無い」事に違和感を感じた。


(……どうして今まで気にならなかったんだろう)


 むしろそちらの方が問題に思えるが、古城はともかく、リッカの街でもセイラ村に来てからも、ずっと時計の姿を見た事が無かった。


 なのに時間の概念はあって、今もアニタが「4時間くらい」と答えた様に、「秒、分、時間」という単位はこれまでにもアニタとの会話の中で聞いた事があるのだ。


 しかも、古城にあった絵本の中にも時計は出てきた。

 その姿は地球で見るのと同じ様な姿で、長針と短針があり、目盛りは12個あった。

 あの時は、「古城には無いけど、人里に行けば普通に時計があるんだろう」と思っていたが、古城を出てからここに至るまで、私は時計の姿を見た事が無い。


 そもそも、時計の目盛りが12個あるというのも少し違和感がある。


 私の測定では、この世界の1日は18時間くらいだ。

 ならば、12個の目盛りの時計というのはどう解釈すればいい?


 可能性は2つ。


 ひとつは「そもそも1秒の長さが地球よりも短い」という事。

 もう一つは「時計が1週半回れば一日と計算している」という事。


「ねえアニタ……、この世界では、一日は何時間あるの?」

 と私は訊いてみる事にした。


 するとアニタは

「24時間ですよ」

 と即答する。


(やっぱり……、って事は、この世界の1秒は、地球の1秒よりも短いって事なんだ……)


 私が寝てから4時間くらいという事は、地球の時間で言えば3時間くらいという事になる。


「この村に、時計はあるの?」

 と私が訊くと、アニタは首を横に振って

「ありません。時計は貴重な『神具』ですから、セラ首長国では都の教会にしか無いと聞いています」

 だそうだ。


(神具……)


「って事は、時計もこれまでの魔道姫が持ち込んだ技術だったりする?」

 と訊いてみると、

「2代目の魔道姫が作られたと聞いていますが……」

 とアニタは、それ以上の事についてはあまり知らない様だった。


(そうか……、この世界の人々は時計の無い生活をしているのか……)


 朝が来れば目を覚まし、太陽の位置で時間を確認し、夜は星を見て時間を知る。


 これでは雨の日などは時間が分からないし、人と人が待ち合わせするのも困難だ。


(こんなんで社会が成り立っているのが不思議だわ……)


 この世界には「絵を描く」という概念が無いだけでなく、「時間」の概念も大雑把で、他にも沢山の「足りないもの」がありそうだ。


(でも……、だからこそ、私が魔道姫でいられるという事なのね……)


「アニタ、この村に金属を加工できる職人とかって居る?」

 と私が訊くと、アニタは首を横に振って、

「この村の職人は、せいぜい刃物を研ぐ事くらいしか出来ませんが、大きな街に行けば、金属を溶かして鋳造したりできる職人も沢山いますよ」

 と言った。


「それが聞けて良かったわ。私に出来る事、思ったよりも色々ありそうね」

 と私は言うと、アニタの方に寝がえりをうち、

「教えてくれて、ありがとうね」

 と、アニタの額にチュッとキスをした。


「かなめ様……」

 とアニタも私の首筋にキスをして返す。

 そして、私の右手とつないでいた手を離すと、アニタが私の背中に手を回し、私の身体を抱きしめる様にして、

「少しだけ……、いいですか?」

 とささやいた。


 私はそれが何の事か分からずに

「いいわよ……?」

 と、つい答えてしまった。

 するとアニタは、

「嬉しい……」

 と言いながら右手で私の背中を大きくさすりだし、その手が私のお尻にまで伸びる。


(……え? うそ? そゆこと?)


 と私が戸惑うのも構わず、アニタの右脚が私の両腿の間に割り込んだ。


(ちょ……、そんな……)


 と心の中では思うものの、すぐ隣のベッドにシャルが寝ているのを起こす訳にもいかないという気持ちが前に出る。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、アニタの手が私の太腿の内側を何度もなぞり、布団に潜り込んだアニタは、私の胸に唇を這わせだす。


「ん……」

 と私は、両手で自分の口を塞いで声を漏らすまいとするが、アニタが執拗に私の胸の先端の突起に舌を這わせる度に、ツーンとした甘美な電流が下腹部へと走るのを止められない。


(何で……? 前よりも私の身体が反応しちゃう……)


 本気で拒めば止められる筈のアニタの愛撫も、何故か私には止められない。


(すぐそこに、シャルが居るのに……)


 という、それだけが私の心の防波堤。


 けれどアニタの右手が私の足の付け根に達すると、もう私の身体はアニタの動きに期待してしまって「どうシャルに気付かれない様にするか」という思考に切り替わっていた。


 暗い寝室の布団の中での秘め事は、どこか淫靡で、どこか背徳的で、そして母性的でもあった。

 アニタの手はどこか優しく、決して私を傷つけたりしないという安心感があった。

 アニタの指が、いつしか密を溢れさせている私のスリットに入ってくる時も、決して奥まで入ってくる事は無く、表面をなぞるように滑らせていく。


 そうして私の身体が熱く火照るのを、まるでいつくしむように左手で抱き止め、私の心を満たしていく……


「……魔道姫様?」

 というシャルの声で、アニタの動きが止まった。


 私の身体もビクンとしてシャルの方に顔を向ける。


「魔道姫様……、苦しいのですか?」

 とシャルの心配そうな声が聞こえる。


 私は、

「大丈夫だよ。ちょっと寒かったから、アニタに温めてもらってただけだよ」

 と平気で嘘を付く。


 するとアニタも布団から顔を出し、

「シャル……、目が覚めてしまったの?」

 と訊くと、シャルはゴソゴソと布団に包まりながら、

「はい、何だか物音がする気がして、目が覚めてしまいました」

 と言ってこちらを見ている様子だ。


 アニタはため息を付きながら、

「仕方の無い子ね……」

 と言いつつも、布団から出てシャルの布団を掛け直し、「寒くない?」

 と優しく訊いた。


 シャルは頷いて、

「暖かいです」

 と言った。


「そう……、じゃあ目を瞑って……、明日も一生懸命働ける様に、ゆっくりお休みなさい」

 とそう言うと、アニタは再び私のベッドに潜り込み、私の耳元で、

「かなめ様……、今日はここまでの様ですね」

 と言って、肩まで布団をかぶり、そのまま寝息を立ててしまった。


(……良かったぁ)


 と私は、シャルにバレていない事にほっと胸を撫でおろしたが、下腹部に残るモヤモヤとした切なさに、つい自分の左手を伸ばし、恥毛の奥の溝に自分の指をヌルリと沈み込ませてしまった。


(こんなに……)


 自分でも気付かぬうちに、そこは熱い密で満ちていた。

 そっと指を滑らせると、痺れる様な快感が背筋を突き抜ける。


(ああ……、ヤバイかも……)


 と思いつつも、指が自分の意思とは無関係に溝をなぞってしまい、そこから生まれる甘美な痺れに身を任せたくなってしまう。


 私の身体が小さくビクンと震えた拍子に、私の右手がアニタの太腿に触れた。

 そして、右手をそっとアニタの足の付け根まで動かすと、アニタの恥毛が濡れて肌に張り付いているのが分かった。


(アニタも……こんなに……)


 と私は、仰向けになったまま目を瞑り、右手の感触だけでアニタの下腹部をまさぐった。


 するとアニタの呼吸が少し乱れ、

「ふぅ……」

 と甘い吐息が漏れた。


「かなめ様……」

 とアニタが囁く。「シャルがまた、起きてしまいます……」

 と言って、私の右手の上に自分の右手を添える。


 それは拒んでいるというよりも、私の右手を逃がすまいとしているようにさえ思えた。


「そうね……でも……」


 と私がどう言うべきかと悩んでいると、アニタは私の頭を自分の胸に抱く様にして、

「今夜はこれで我慢して下さい。いつか、また二人になった時に、続きを……」

 と言って、私の頭にキスをした。


 私は釈然しゃくぜんとしなかったものの、すぐ傍にシャルが居る事を思えば、アニタの言う通りにすべきだと思った。


「うん、わかった……」

 と私はアニタの身体から右手を抜くと、アニタの密で濡れた指先を自分の顔に持ってきて、アニタの臭いを嗅いだ。


(……エッチな匂い)


 そんな事を思いながら私は目を瞑り、もう一度眠ろうと布団を顎まで上げたのだった……


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 もぞもぞとアニタがベッドから抜け出すのを感じて私が目を覚ますと、

「おはようございます、かなめ様」

 とアニタがベッドの縁から私を覗き込む様にしてそう言った。


「おはよう、アニタ」

 と言いながら私も起き上がると、アニタがいつの間にか壁に掛けてあった服を私に手渡してくれる。


「昨日の服はまだ乾いていませんので、新しい服をご用意しておきましたよ」

 とアニタが言う通り、それはリッカの街で買った別の服だった。


「シャルは?」

 と私がシャルが寝ていたベッドの方を見ると、既にシャルの姿はそこに無く、


「シャルは朝食の準備をしていますよ」

 とアニタがキッチンの方を指さした。


「そう、シャルは早起きなのね。良い事だわ」

 と私はベッドから抜け出して新しい服を着ると、「さて、今日は午後から村長たちと会合ね」

 と言いながら、両手で顔をこすってパチンと両頬を叩いた。


(よし! 目が覚めた!)


 私は既に準備が整っている様子のアニタと共に、寝室を出てキッチンへと向かうと、キッチンに差し込む窓の明かりは随分と明るかった。


「あれ? もしかして、もう昼近くだったりする?」

 と私が言うと、アニタは窓際から空を見上げ、

「そうですね。もうずいぶんと日が高くまで上っています。なので、これはもう朝食ではなくて、昼食ですね」

 と言って笑っている。


(いやいや、これって寝坊でしょ? 笑ってる場合なのかしら……)


 とは思うが、時計の無いこの村では寝坊なんて概念は無いのかも知れない。


(それに「寝坊」って、この世界の言葉で何て言うのか、私知らないもんな……)


 確かに沢山の言葉をアニタから教わったが、まだまだ知らない言葉は沢山ある。

 しかし、私が知らない言葉が、実はこの世界には存在しない言葉だったりする事もあって、もしかしたら「私が知らない言葉は、そもそもこの世界に無いものなのかも知れない」とさえ思ってしまいそうになる。


「絵」や「気配」だけでなく、「寝坊」も無いとなると、この世界は時間にルーズな人達で溢れているという事になる。


 今日の会合も「午後から」という事が決まっているだけで、具体的に「何時から」と決めた訳ではない。


 しかも、警備兵も村長も、詳しい時間を取り決めた者が一人も居ないというのは、もう「午後ならいつでもOK」という意味で捉えるしかないのだろう。


(だから今、アニタもシャルも、ちっとも慌てる様子も無く食事の準備をしている訳で……)


「さあ、食事の準備が出来ましたよ」

 というアニタの声でテーブルの方を見た私は、テーブルの上に乗せられた料理を見て驚いた。


 焼き立てのパンらしきものがある。そして、昨日の肉を薄く切ったものと、目玉焼きもある。そして、ジュースが飲める果物もあった。


(うわぁ! 卵なんてあったんだ!)


 この世界に来てからにわとりはおろか、空を飛ぶ鳥も殆ど見ていなかった。

 なので、卵料理なんて期待できないだろうと思っていたのだが、ここにあるのは紛れも無い卵料理だ。


「美味しそうね」

 と私が言うと、シャルは

「今朝、村の方が卵を下さったので……」

 と言いながらはにかんでいる。


「この村では卵は当たり前にあるの?」

 と私が訊くと、アニタは頷いて、

「はい、この村は卵を産む鳥を育てていますので、沢山ありますよ」

 と言う。


「でも、あまり鳥の鳴き声とか聞いた事が無い気がするんだけど……」

 と私が言うと、

「それはそうです。鳥は地下で育てていますから」

 と言う。


(ええ? どゆこと?)


「鳥って……、空を飛ぶ鳥の事よね?」

 と私が恐る恐る訊くと、アニタは頷いて、

「そうですね、逃げると厄介な生き物なので、地下で育てているのです。」

 と言う。


「へぇ……」

 と私は気の抜けた声を出していたに違いない。


(ホント、まだまだこの世界の事は知らない事だらけだわ!)


 と私は、そんな事を思いながらパンをかじっていたのだった……


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「さて、全員お揃いですかな?」

 とセイラ村の村長が、集まったみんなの顔を見渡してそう訊いた。


 村長の家の大広間では、7人が丸テーブルを囲んでいた。


 村長であるジーク、村長の息子で副村長をしているガレ、国境警備兵のメルス、北門の門番をしていたサイト、そしてアニタとシャルと私だ。


「まずは当代の魔道姫であるかなめ様に、この村にお越しいただいた事に感謝を」

 と村長が言って目を瞑って頭を下げた。

 それに倣って円卓を囲む全員が頭を下げる。

 そして村長が頭を上げ、国境警備兵のメルスの方を見た。


「では、メルス殿。セラの都からご依頼頂いた件は、これにて完了という事になりますが、この後の予定をお伺いしても宜しいですかな?」


「はい、村長殿。あとは我々がセラの都まで魔道姫様をお連れする事になります」


「して、セラ首長は魔道姫様をどうするおつもりかはご存じですかな?」


「いえ、我々も詳しい事は聞かされておりません。ただ、リッカ首長国との軍事同盟を結ぶ為に、魔道姫様の承認を得る必要があると聞いております」


「ふむ。しかし、かなめ様は当代の魔道姫。しかも3か月前に顕現されたばかりで、リッカ首長とは面識も無いとおっしゃっておられる。つまりは、先代の魔道姫が本来お連れするべき魔道姫だった事になるが、その魔道姫は既に魔城の森には居ないというではないか」


「ええ……、それは確かにそうなのですが……」


「ならば、セラ首長が求める魔道姫は既にこの世にはおらず、新たな魔道姫が今ここにいらっしゃるという事実を鑑みるに、もはやセラ首長が求めるリッカ首長国との軍事同盟は、不要になったと考えるべきでは無いですかな?」


 村長の言う事はごもっともな意見だ。

 事実、メルスは村長の意見に反論できずにいる。


「それなら……」

 と門番のサイトが口を開いた。


「それなら、いっそこの村で魔道姫様を匿えばいいんじゃないんですか?」


「いや、しかしそれは……」

 と国境警備兵のメルスが口を挟む。


「リッカの魔道姫様が既にこの世におらず、かなめ様が当代の魔道姫様として顕現されたのでれば、私もその意見をセラの都でも提言したいところだが、先代の魔道姫様が既にこの世に居ないという保証はどこにも無いのだよ」

 とメルスも真っ当な事を言っている。


 そこでアニタが立ち上がり、

「皆様、ちょっとこれをご覧ください」

 と言って、昨日私が図を描いた羊皮紙を円卓に広げて見せた。


「おお……これは!」

 と、私達以外の4人が同時に声を上げた。


「何と素晴らしい……これが本物の魔導書ですか……」

 と村長が震える手で羊皮紙の表面をそっと撫でる。

「なるほど……、ここに込められた魔道の力が示すところによれば、先代の魔道姫は生きている可能性があると……」


「でも、死んでいる可能性もあると書かれています」

 とサイトが言いながら更に羊皮紙に目を走らせ、「……リッカ首長による、良くない策略の可能性もあると?」

 と顔を上げて皆の顔を見渡した。


「……ふむ」

 と村長が腕を組み、「メルス殿、今後の動きはこうするべきではないかの?」

 と言って顔を上げた。


「まずメルス殿は、この魔導書を持ってセラの都に行くのが良かろう。そして、セラ首長にこの魔導書を献上するのじゃ」


「しかし、私の様な一介の警備兵が、セラ首長に直接お会いするのは難しいかと……」

 とメルスが困惑していると、村長はニヤリと笑い、

「なんの、直接首長にお会いせずとも良い。どこかの貴族にこの魔導書が渡れば、立身出世に躍起になっている貴族の事じゃ。必ず首長の元にこの魔導書が手渡されるじゃろう」

 と言って席を立つと、「それまでは、当代の魔道姫の安全はセイラ村が保証する。必要とあらば、セラ首長が直接こちらに出向いて魔道姫様に会いに来られるがいいじゃろう」

 と言ってメルスを見た。


「……なるほど。少し時間はかかりますが、それなら貴族の中でも当代の魔道姫の話が知れ渡り、中枢が動くかも知れませんね」

 とメルスも納得した様だった。


「もしセラ首長がここに来るとしたら、どれくらいの日数がかかるものかしら?」

 と私が口を挟むと、全員が姿勢を正してこちらを見る。


「はい! おそらくは2週間程度かと思われます!」

 と私の問いにはメルスが答えた。


 そこで私が立ち上がり、

「ちょうどいいわね。10日ほどでサーシャも動けるようになるというし、私はサーシャに色々聞きたい事もあるの。2週間の時間が稼げるなら、私もこの村でやりたい事がいっぱいあるし、セラ首長がここに来た時に、村の発展を見せて驚かせてやりたいわ」

 と言うと、アニタも立ち上がって、

「かなめ様、それは素晴らしいお話です」

 と賛同している。村長とその息子も、

「それは我々としても有難い! 是非ともお願いします!」

 と乗り気の様だった。


 その様子を見ていたメルスは、

「……分かりました。では、この魔導書をお預かりします」

 と言って、丁寧に羊皮紙を丸めると、紐で縛って腰に下げた剣の鞘に巻き付けて固定した。


「魔道姫様、実は私は、南にある港町の出身なのです。もし機会がございましたら、この国一番の港町、マリアの街にも起こし下さい」

 とメルスは一礼すると、「では、セラの都に行って参ります!」

 と言って踵を返し、駆け足で部屋を出て行ったのだった。


「魔道姫様、本当はいつまでもここに留まって頂きたいのじゃが、お役目もある事でしょう。2週間程度の期間ではありますが、この村をどうぞ宜しくお願い致します」

 と言って村長が頭を下げると、他の皆も私に向かって深くお辞儀をした。


(何だか、こういうのにはまだ慣れないな……)


 と思いながらも私は、

「ええ、皆も協力してね!」

 と声を張り上げたのだった……


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 それから10日が経った。


 その間、セイラ村では凄まじい変化が起きていた。


 まず、人々が毎日私の元に足しげく通いつめ、私の話を聞こうとするのだ。

 私は一人一人から一日の過ごし方を聞き取り、掃除や洗濯、食事などの方法、そして食材の種類などについてメモを書き留めた。


 そして夕方になるとアニタの家に戻り、それぞれの情報を整理して、どう改善するのが良いかを考える。

 それを今度は、羊皮紙に4コマ漫画の様にイラスト付きで改善方法を記してゆき、翌日に集まった人々にそれを見せて説明した。

 それが終わるとまた夕方まで聞き取りをし、アニタの家で改善策を練って漫画や図解にして描いて行く。


 それを毎日、10日間も!


 しかし、驚くのは村のみんなの理解力と順応力だった。


 私が描いたイラストや図を見ると、みんな恐ろしい勢いで理解してゆくのだ。


 この世界の人々は、文字情報を絵にする事は出来ないが、絵を見ると瞬時にそれが何かを理解するのだ。


 そしてもう一つ、大きな進歩があった。


 それは、毎日シャルにも作業を手伝ってもらったのだが、羊皮紙に書いた絵や図を、別の羊皮紙に書き写してもらうという作業をしてもらっていたのだ。


 最初は難しそうにしていたシャルだったが、さすが小学生並のやわらか頭で、3日目には、それなりに似た感じに描き映す事が出来る様になってきていた。


 これが出来たおかげで、私が描いたものをシャルに増産してもらう事が出来る様になり、村人に同じ情報を同時に渡せる様になったおかげで、人々の生活改善が加速度的に広まったのだ。


(……これが、魔道姫の力なのね……)


 この世界の人々は凄く優秀だ。


 私が描いた説明書を、その通りに試して生活を改善してゆく。


 無いモノは説明書を見ながら作り、その精度も相当にレベルが高かった。


 結果、この村の生活文化のレベルが、たった10日間で驚くほど向上したのだ。


 まず、この村は井戸の水を桶で組んでいた。

 これは古城の井戸と同じだ。

 それを私は、滑車の絵を描いて、弱い力でも水を汲み上げられる様にした。


 次に私は、農地に水を汲み上げる水車の絵を描いた。

 農地にどのように水を流しているかを聞いたところ、皆が「雨が降るのを待つ」と言うので、数年に一度は来る干ばつで困っていたというからだ。

 そして、近くに川があるのを見つけ、何故それを使わないのかと訊くと、「川で足を滑らせると危ないし、川から遠い農地には水が引けないからだ」という。

 ならばと水車を作って水を汲み上げ、それを農地に続く水路を造る事で解決できるだろうと思ってそうしたのだが、まさかのまさかで、それも1週間で作り切ってしまった。


 次に作ったのが調味料だ。

 塩と砂糖と香草しか調味料が無いというので、私は「動物の骨や魚はどうしているのか」と訊いてみた。すると、動物の骨は捨てるし魚は身を食べたら捨てるというので、動物の骨を長時間茹でて出汁をとり、魚も干して乾燥させてから煮て出汁をとる方法をイラスト付きのレシピにした。


 するとどうだ。

 翌日には豚骨スープが出来上がり、これまでの塩味しかしない野菜スープが驚くほど美味しくなったのだ。


 更に小麦粉を練って麺を作る方法もレシピにした。

 ここで採れる小麦を色々試してみた結果、パスタにしやすいデュラム小麦によく似たものがある事が分かった。

 それを小麦粉にして水を含めてよく練り、麺状になる様に小さな穴を沢山開けた水鉄砲の様なものを作って押し出す事で、ちょっと形は悪いがパスタを作る事も出来たのだ。


 野菜は色々あったが、玉ねぎみたいな野菜があったので、唐辛子の無いペペロンチーノみたいな料理を考案してレシピにしておいた。


 そして、あとは米だ。


 セイラ村でも色々な麦を作っていたが、その中で、どう見ても米にしか見えない麦があったので、私の中でそれを「米」と名付けてレシピを作った。


 日本で食べていた米よりも細長くて、ちょっと歯ごたえもパサパサしていたが、先代の魔道姫が広めた麦だという事で、とりあえずそれを流用する事にした。


 そして、彼等は「麦」だと思い込んでいる用だったが、どう見ても大豆にしか見えない豆があって、私はそれを蒸して発酵させられないかと今は考えている。


 まだ麹菌とかそういったものが見つからないので、発酵させる方法が見つかってはいないのだが、この世界にお酒があるなら麹菌だって見つかる筈だと、私はまだ諦めてはいない。


 そして最後に服だ。


 この世界の靴は日本で履いていたものよりもよっぽど良く出来ていて驚いたが、服の技術は低すぎる。


 まずゴムが無いのが良くない。


 という事で、近所の森に狩りに行くという男達に交じって森に入り、アニタの斧で色々な木の肌に斧を打ち込んで、出てくる樹液を調べて行った。


 すると、白い樹液が出てくる木を見つけ、それを採取してアニタの家で色々試していたが、匂いはキツいし固めてひも状にしただけではうまくいかないしで散々だった。


(だけど私は理系の女。授業の無い湯をよく思い出すのよ!)


 と私は、過去の授業で習った事を思い出そうと頭を捻った結果、ゴムを作るにはゴムの木から採取した樹液に硫黄を混ぜる必要があるという結果に行き着いた。


(まあ、化学の授業じゃなくて、化学漫画のワンシーンを思い出したおかげなんだけどね……)


「ねえアニタ、この辺りに火山はあるの?」

 と私が訊くと、この辺りには無いという。しかし東の山岳地帯に行けば、煙が出る山があるというので、恐らくはその辺りで硫黄が採取できるのだろう。


 そうこうしている内に10日が経過し、鼻をつまんでゴムの樹液を建物の外で乾かしている時に、アニタの家を訪れたジルマ先生と顔を合わせたのだった。


「魔道姫様、サーシャと話せる様になりましたよ」

 とジルマ先生が言うのを聞いて、私は頷いた。


「ありがとう、ジルマ先生。今すぐサーシャと話がしたいわ」

 と私は、ゴムの樹液を入れた容器に蓋をしながら、そう言ったのだった……

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