第15話 国境の検問所と魔道姫一行

 翌朝、私達は宿を出て馬車に荷物を積み込んでいた。


 昨日出会ったシャルとは、ここで待ち合わせだ。


 昨夜はアニタと一緒にお風呂に入り、キレイに身を清めたにも関わらず、ベッドに入るとアニタに誘われるままに何度も肌を求め合ってしまった。


 お互いが何度絶頂したかも分からない程に愛し合った結果、汗だくになった私達は再びお風呂に入って、ようやく眠りにつけたのだった。


(何だか私の身体、アニタに開発されてしまった気がするわ……)


 今日からはシャルも一緒に旅をする事になる。


 今後はもうこういう事は出来ないだろうという事で、何となくそんな雰囲気になってしまったのだが、それにしても激しく熱い夜を過ごしてしまったものだと、我ながら少し恥ずかしくなる。


(とはいえ、何だか肌のツヤがいつもよりいい気がするのよね……)


 女は恋をするとキレイになると聞いた事があるが、もしかしたらこれがそうなのかもしれない。


(あれって多分、エッチをするとキレイになるって意味なのね、きっと……)


 真偽のほどは分からないが、私はそんな気がしていた。


 馬車に荷物を積み込み終えると、大通りの向こうから父親に連れられてシャルがやって来るのが見えた。


 おそらく、シャルが持っている中で一番いい服を着せてもらったのだろう。

 シャルは薄いブルーのブラウスと青いスカートを身に付けており、その上から白いローブを羽織って右手を隠す様にしていた。

 靴は持っていない様で、足元はアニタが最初に履いていた様な布を巻き付けている。


「お待たせしました、魔道姫様」

 と父親が声を掛けてきて、一緒に歩いて来たシャルを馬車の横に控えさせた。


「おはよう、シャル」

 と私が声を掛けると、シャルは顔を上げて

「おはようございます。魔道姫様」

 と、はっきりした口調でそう応えた。


「アニタも挨拶してあげて」

 と私が言うと、アニタは馬の背からシャルを見下ろす様に、

「おはようシャル」

 と言った。シャルは馬上のアニタを見上げ、

「おはようございます。アニタ様」

 ときちんと返す。


(うむ、宜しい。しっかり挨拶が出来る、いい子だわ)


 私はまるで小学校の先生にでもなった気分でそんな事を思いつつ、


「さあ、今日は国境を越えて、セラの都を目指すわよ」

 と言った。


「はい。どこにでもお供します」

 とシャルが言うと、馬車の荷台に乗り込んだ。


「シャル、そんなところじゃお尻が痛くなるわよ?」

 と私が声を掛けると、シャルは荷物に覆いかぶさる様にして、

「いえ、私は荷物の番をしますので、ここで大丈夫です」

 と答えた。


(先輩のアニタに遠慮しているのかな?)


 などと思ったが、荷物の番をしてもらう方が安心なのも確かだ。


 アニタが横目でシャルを見ながら、「あまり甘やかさないで欲しい」とでも言いたげな顔をしているあたり、私はもっとスパルタな上司であるべきなのかも知れない。


「そう、じゃあ荷物の番はシャルに任せたわ。アニタ、馬の事はお願いね」

 と私が言うと、アニタは頷いて、

「お任せください」

 と言って手綱を握った。


「どうか、シャルの事、宜しくお願い致します」

 と言って頭を下げるシャルの父親には、


「安心して。この子は立派な従者になるわ」

 と言って安心させておいた。


「じゃ、出発しましょう」

 と私が言うと、アニタが馬の腹を軽く蹴って馬を歩かせた。


 グンッと馬車が引っ張られて前進し、やがて軽快な馬の足音と、ゾリゾリという車輪が地面を走る音が、街の大通りに響いたのだった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 街を過ぎてからは、緩やかな登り坂が続く田園地帯が続いていて、大きな川を越えたあたりからはまばらに樹木が生える林の中を通って来た。


 街を過ぎた田園地帯では、麦刈りの跡が残る広々とした農地で子供達が走り回っている姿なども見れて、まるで日本の昔話を見ている様な、ほっこりした気分でいられたのだが、林の中を通る時には道の舗装も無くなり、馬車の車輪が地面の小石などを踏む度に大きく揺れて、乗り心地は最悪だった。


 荷台に取り付けた座椅子のクッションでもこの揺れは吸収できない。


 おかげで私は、自分の身体が馬車から投げ出されない様にと踏ん張りながら、荷台で荷物が落ちない様にと覆いかぶさるシャルの安全を、横目で確認する事くらいしか出来なかった。


 林道はあまり人が通る事は無かったが、時折木材を摘んだ馬車とすれ違うあたり、この辺りの林は木材の採取地なのだろう。


 すれ違う馬車に乗っていた人は、すれ違う際に私達の方を見て軽く会釈をする。

 それはアニタも同じで、相手を見てから軽く会釈をし、すれ違った後も横目でじっと相手の姿を追っていた。


「ねぇ、アニタ。どうしてすれ違う人をそんなに見てるの?」

 と私が訊くと、アニタは周囲をぐるっと見回しながら、

「ここは人里から離れ、国境に近い林道です。女子供が通る事などほとんど無いところですから、周囲の男がかなめ様を襲ったりしないかと警戒しているのです」

 と言った。


「そうなんだ……、もしかして、盗賊とかもいる?」

 と私が訊くと、アニタは頷き、

「盗賊が居るかも知れませんし、盗賊でなくとも野蛮な男というのはどこにでも居るものです」

 なのだそうで、「かなめ様の様な美しい方は、特に気をつけなければなりません」

 とアニタは付け加えた。


(随分と物騒な話だけど、これこそファンタジー系のラノベでよく見る世界観なんだよね……)


 私はアニタの言葉に頷き、荷台のシャルの方も確認してみる。


「シャル、身体は痛くない?」

 と私が訊くと、シャルは荷物に覆いかぶさったまま少し顔を上げ、

「はい、大丈夫です。お気遣い頂き感謝します」

 と、苦しそうな顔をしながらそんな事を言う。


(まったくシャルって子は……)


 と私がそんな事を思っていると、

「見えてきましたよ」

 というアニタの声が聞こえた。


 私がその声に振り向くと、アニタが指差す方向に、まるで巨人が地平線にパイ生地でも敷いたのかと錯覚しそうになるほどの、長い石壁が左右に広がっているのが見えた。


(こうやって、長い壁で国を分けなきゃいけない理由って何なんだろうな……)


 日本に住んでいた私には、国境に壁を作るという感覚が分からない。

 日本は島国で、周囲が海に守られていたからというのは分かる。

 けれど、陸続きで国境がある国って、みんなこんな風に大きな壁でお互いの国を隔てる必要があるものなのだろうか?


「あれが、セラ首長国とリッカ首長国の間にある国境の壁です」


 そう言いながらアニタが、林道の少し開けたところに馬車を停めて馬を降りた。


「どうしたの? アニタ」

 と私が訊くと、アニタは馬の首筋を撫でながら、

「はい、そろそろ馬を休ませなければなりませんので、ここで休憩にしようと思うのですが、宜しいでしょうか?」

 と言いながら私を見る。


(そうか……、馬だって生き物だもんね。休憩が必要なのは当然か)


「もちろんいいわよ。ちょうど太陽も真上に来たし、お昼休みにしようか」

 と私は言いながら席を立ち、馬車の縁から飛び降りて、荷台のシャルの方へと回り込むと、「シャル、疲れたでしょう。そろそろお昼ご飯にしましょう」

 と言ってシャルの左手を引っ張っった。


 するとシャルの身体はヒョイと持ちあがり、勢いで私の胸に飛び込んでくるシャルを私は両腕で抱きとめる様にして受け止めた。


(軽い……、小学4年生くらいの筈なのに、随分と軽いのね……)


「あ、ありがとうございます。魔道姫様……」

 とシャルは少し申し訳無さそうにして両足で地面に立つと、大きく深呼吸をして周囲を見回した。


 そして前方に見える国境の壁に目を向けると、

「あれが……、魔道姫様が向かっている場所ですか?」

 と言いながら私を見上げる。


「ええ、そうね。私達は、セラの都に行くの」

 と私が言うと、シャルは少し驚いた様に、

「魔道姫様は、リッカの国をお離れになるのですか?」

 と訊いた。


「さあ、それは分からないかな。私は、アニタを助ける為にセラに行きたいだけ。その先の事は、まだ考えていないのよ」

 と私は正直に答え、「でも、この世界が好きになれたら、色々な国に行って見たいなって思うよ」

 と言って笑った。


 そう、私はまだ、この世界の事をぜんぜん知らないのだ。

 少なくともアニタから聞いた話だけでは、この世界は理不尽で好きになれそうにない。

 けれど、空を見れば小さな島が浮かんでいるし、ファンタジーな世界がどんな世界なのかは興味がある。

 それに、曲がりなりにも私は「異世界のお姫様になりたい」と願い、今は魔道姫と呼ばれる様になった。


(アニタに出会う事が出来なかったら、私はただの「全裸姫」のまま、食糧も尽きて白骨死体として発見される事になったのかも知れないな……)


 そう思うとゾッとする。

 私はアニタに出会えた事で生きていられたのだ。


 私がアニタの方を見ると、アニタは馬に水をやり、手に持った麦のおにぎりを食べさせていた。

 そして私の視線に気付いたのか、

「かなめ様、麦を炊いて丸めたものは持ってきているのですが、もしスープを作るなら、シャルに働かせてみてはいかがですか?」

 と提案してきた。


「なるほど。でも、この辺りに食べられる野菜とか生えてるの?」

 と私が訊くと、シャルが素早く周囲の様子を見渡し、馬車を停めたのとは反対側の林を指さして、

「あの辺りなら、小さい野菜が採れると思います」

 と言う。


 見たところ、反対側の林には腰の高さくらいの雑草が茂っていて、確かにこちら側よりも樹木が少ない様だ。

 野草の事には詳しくないが、昔、山奥にある田舎のお婆ちゃんの家に行った時、近所の林にこんな感じのところがあった。

 そこで山菜を採ったり、山苺を採ったりしたのを思い出す。


「この辺りは危険な動物も少ないでしょう。シャル、お願いしますね」

 とアニタがそう言うと、シャルは背筋を伸ばし、

「はい! 野菜を取ってきます!」

 と嬉しそうに言って、タタタッと軽い足取りで走り去って行ってしまった。


 遠ざかっていくシャルの後ろ姿を見ながら私は、

「元気だねぇ……」

 と、お婆さんみたいに呟いた。


 その間にアニタは周辺に落ちている小石を拾い、地面に小さな輪を作る様に並べている。

 更に小枝を拾って小石の輪の上に富士山型に並べると、腰袋から小さな木片の粉の様なものを振りかけ、手斧の持ち手の端に付いていた金属をクルクルと回しながら引き抜いた。


(斧の一部を取り外して、何をするつもりなんだろう?)


 と私が見ていると、今度は手斧を薪の傍に近づけ、取り外した金属で斧の刃の部分を何度かこする様にすると、線香花火の様な火花が散った。


 そして何度かそれを繰り返すうち、薪に振りかけた木片に火花が落ちて、小さく炎がくすぶる。

 それをアニタが息を吹きかけて大きくし、あっという間に薪に火が点いた。


(え……、そんな簡単に火が点くの?)


 と私は、この世界に来て初めて火を起こした時の事を思い出して愕然がくぜんとした。


「ね、ねぇアニタ。この世界では、みんなこうやって火を起こすの?」

 と私が訊くと、アニタは不思議そうに私を見て、


「そうですね。火起こし棒があればその方が扱いやすいのですが、斧や剣があれば、持ち手の先に火起こし玉が付いているのが普通ですから」

 と、まるでそれが当然だとでも言うがごとしだ。


「もしかして、私が背負しょってた剣でも火が起こせるって事?」

 と私が訊くと、アニタは剣の先をチラリと見て、

「はい、もちろんです」

 だそうだ。


 アニタは起こした火に、少し太めの薪をくべながら、持ってきた鍋を置ける様に形を整え、火が大きくなったところで鍋を置いて、水袋から鍋に水を注いだ。


 パチパチと燃える薪から炎が揺らめき、鍋の水が徐々に温まっているのが分かる。

 そして鍋の水が沸いてきた頃に塩を入れた。


「シャルが帰って来ましたよ」

 というアニタの声で顔を上げると、小脇に野菜を抱えたシャルが走って来るのが見えた。


「お帰り、シャル」

 と私が言うと、シャルはハァハァと肩で息をしながら、

「ただいま帰りました!」

 と言って、採って来た野菜を左手で持ち上げて見せた。


 それは小さな青ネギの様にも見える野菜で、白い球根と細いネギが20センチくらい伸びた様な姿をしていた。


(昔、お婆ちゃん家で食べたノビルとかいう野菜に似てるかも……)


 そんな事を思いながら見ていると、シャルは野菜に付いた土を振るい落とし、アニタと私の顔を見てから、野菜について説明をしてくれた。


「これは春から冬になるまでの間に採れるナビという野菜です。根っこの白い球の部分と葉っぱの部分が食べられます。根っこの部分は焼いて、葉っぱの部分を煮て食べるのが美味しい食べ方です」


 そう言うとシャルは、ナビという野菜をアニタに差し出す。

 アニタはそれを受け取ると、

「よくできました。今後もこの調子で働きなさい」

 と言ってシャルを焚火たきびの近くに座らせた。


 アニタは水袋の水で野菜を洗い、ナビの球根と葉の部分をナイフで切り分けた。

 そして葉の部分を鍋の湯の中に入れ、球根の部分は斧の刃の端に並べ、薪の火に架かる様にして置いた。


 まるで斧を鉄板代わりにでもしている様で、この世界のサバイバル術には舌を巻くしかない私だった。


 程なくしてスープが出来上がり、球根も程よく焦げ目がついて美味しそうに見えた。

 アニタは焼いた球根もスープの中に入れて、少し塩を足して味を調節していた。


「かなめ様、どうぞ」

 とアニタは木の器にスープをよそって私に渡してくれた。

「ありがとう」

 と言って受け取ると、木の器を通してジンワリとスープの熱が手の平に伝わる。


 アニタやシャルの器にもスープが注がれるのを待って、

「じゃ、イタダキマス」

 と言って私が食べ始めると、アニタも「イタダキマス」と言って食べ始め、シャルも見様見真似で「イタダッキマス」と言いながら、膝の上に置いた器に、左手に持った匙で、ぎこちなくスープを掬って飲んでいる。


 私とシャルの間に座ったアニタが、時々シャルのスープの器を持ち上げて、麦のおにぎりを食べさせたりして助けていた。


(さすが、子育て経験者は手際がいいな……)


 私はアニタのそんな姿を見ながら、「大人だな」と思った。


 美容室で髪を整え、化粧までしてもらったアニタは、初めて出会った時よりも断然若く見えるし美人になった。


 あと数時間で到着するだろう国境の検問所の兵士達も、アニタの姿を見て、同一人物だとは分からないかも知れない。


(すんなり国境を越えられるといいんだけど……)


 私はそんな事を思いながら、麦飯で作ったおにぎりとスープを交互に頬張って食べていた。


 ひと通り食事が済むと、アニタとシャルが鍋と焚火を片付けて荷物を馬車の荷台に乗せる。


 馬は立ったまま眠れるらしく、私達が食事をしている間はどうやら眠っていたらしい。


 アニタが馬の首筋を撫でて様子を見ながら、

「大丈夫、馬も目を覚ました様です」

 と言って馬の背に飛び乗ると、「さあ、国境まではあと1時間くらいで到着する筈です。暗くなる前に国境を越えて、私の故郷の村に入りましょう」

 と言って前を向いた。


 私はシャルが荷台の荷物に覆いかぶさる様にしているのを確認してから、荷台の縁に足をかけて座椅子に腰を下ろした。


「いいわよ、アニタ」

 と私が言うと、アニタは手綱を使って馬を歩かせた。


 この世界に来て初めての3人での食事。

 スープは塩味だけで味気ないものだったが、この世界では美味しい食事が贅沢品なのだと知ってからは、私はこんな食事でも「有難ありがたい」と思える様になっていた。


(けれど、いつかアニタ達には、私の故郷の味ってのを食べさせてあげたいな……)


 そんな事を思いながら、馬車の音と共に景色が流れるのをぼんやりと見ていたのだった……


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「かなめ様、国境の検問所に着きましたよ」

 というアニタの声で、私はふと我に返った。


 いつの間にか馬車は、大きな壁から数十メートル離れた場所で停止していた。


 どうやら食後だったせいか、私は馬車の上でウトウトしていた様だ。

 荷台のシャルを確認すると、シャルも荷物に覆いかぶさったまま寝息を立てている。


「そう、お疲れ様。あれが国境の検問所なの?」

 と私は、大きな壁の一部に四角くくり抜かれた様な穴を見つけてそう訊いた。


「はい、そうなのですが……、警備兵の姿が見えないのが気になります」

 とアニタは少し眉をひそめて検問所の方を凝視している。「仕事をサボっているのか、中で何かの検問を行っているのかも知れません」

 と言うアニタは、馬を降りて手綱をそばの木にくくりつけて固定した。


「様子を見てきますので、かなめ様はここでお待ち頂けますか?」

 と言うアニタに、私は首を横に振って、

「私も行くわ」

 と言って馬車を降りた。


「しかし、危険があるかも知れませんよ?」

 というアニタに、私は笑みで返し、

「じゃあ、尚更なおさらじゃない」

 と言ってやった。


(ここでアニタの仲間が殺されたって聞いちゃったら、アニタ一人で行かせるなんて出来ないに決まってるじゃない)


 と思いはするが、それは私が「魔道姫だから丁重に扱われる筈だ」という思いもあった。


 アニタは私の言葉に少し悩んだ様だったが、

「分かりました」

 と言ってローブを脱いで手斧を持つと、「かなめ様も、ローブを脱いで動きやすい恰好で、剣をたずさえておいてください」

 と付け加えた。


「そんなに危険なの?」

 と私が訊くと、アニタは首を横に振って、

「分かりません。ただ、警備兵が検問所の外に立っていない時というのは、何か良くない事が起きている可能性があります」


「良くない事って……、例えば?」

 と私が訊くと、アニタは手斧を片手で軽く振り回して感触を確かめながら、


「男全員が持ち場を離れたくなる事と言えば、女を捕まえて欲情した時か、敵が攻めてきて戦わなければならなくなった時くらいしか、私は知りませんが……」


「なるほど、どちらにしてもロクな事は無さそうね」

 と私が続けると、

「そういう事です」

 とアニタも同調した。


「でも私、剣を振り回した事なんて無いけど……、大丈夫かしら?」

 と私は、いざ戦闘になったらと想像し、少し不安になった。


「かなめ様は、魔道が使える様に準備をしていただいた方がいいですね。兵士が武器をとった時には、私がお守りします」

 とアニタは心強い事を言ってくれるが、その表情からは余裕なんて無さそうだ。


(そりゃそうだよね、アニタは本当は交渉役であって、護衛なんかじゃなかったんだから……)


 なのになぜアニタが私の護衛みたいな事をしているのかと言えば、それは私の護衛を男達に任せる事の方が危険だと思っているからなのだろう。


 実際、私はこの世界の男達に少し恐怖心を持っている。


 ラノベの世界に出て来る王子様どころか、騎士道精神を持った騎士様だって見た事が無いのだ。

 私がこの世界で直接話した事があるのは、街の店主達とシャルの父親だけ。

 あとは全て、アニタから聞いた話に出て来る男達の姿しか思い描く事が出来ない。


 しかもここは国境の検問所。

 まさにアニタの話で聞いた、ガサツで、エロくて、野蛮な男達が居る場所なのだ。


「分かったわ。羊皮紙とペンも持って行くね」

 と私は、羊皮紙を剣のさやに巻き付け、ペンをクリップの様にして取り付けた。


「シャルは起こした方がいい?」

 と私が言うとアニタは頷き、

「はい、シャルには仕事をしてもらいましょう」

 と言って荷台の方に回り込む。

 そしてシャルの左腕を引っ張って起こすと、

「起きなさい、シャル。仕事よ」

 と言ってシャルの顔を覗き込む様にして見た。


「は、はい! アニタ様!」

 とシャルが飛び起きて、目の前にあるアニタの顔に焦点を合わせる様により目になると、「寝てしまって、すみません……?」

 と、状況が飲み込めていないかの様にそう言った。


「寝ぼけてないで目を覚ましなさい。仕事よ」

 とアニタは厳しい声でそう言うと、馬の手綱を木から解いてシャルに手渡した。


「シャル、あなたは馬を扱った事はある?」

 と訊くアニタに、シャルは頷いて、

「お父さんの馬なら……」

 と自信なさげに言いつつ、自分の右手を見た。


「片手でも扱える?」

 とアニタは事情を察した様だったが、容赦なくシャルにそう訊く。


 シャルは少し答えを迷った様だったが、

「は、はい! 何とかなる……と、思います」

 と自信無さげにそう答えた。


(そうか……、右手を失ったから……)


 と私が同情する間も無く、アニタが強い口調で、

「思うじゃなくて、頭を使って何とかしなさい。かなめ様の命に関わる事なのよ!」

 とそう言うと、シャルは途端に顔を強張らせ、

「は……はい! 右手の腕に巻き付けて……左手で引く様にすれば……操れます!」

 と、今度は自信のみなぎる声でそう答える。


「よろしい。じゃあよく聞きなさい」

 とアニタはシャルの顎を左手で持ち上げるようにして上を向かせ、顔を近づけてシャルの目を凝視する。


 目を見開くシャルに、アニタはゆっくり話しかけた。


「今から私とかなめ様は、検問所の様子を見に行きます。検問所の様子がいつもと違うので、危険があるかも知れません。もし危険がある場合は、私が犠牲になってでもかなめ様をお守りします。その場合は、私が合図をするので、あなたが馬を操って、この馬車ごとあの門を潜り抜け、かなめ様を乗せてセラの国境を越えなさい」

 と言うと、アニタは古城から持ってきたシーツの切れ端に、すらすらとペンを走らせた。


「セラ首長国に入ると、そのまま真っすぐ道を進みなさい。そうすると、馬車なら1時間もしないでセイラ村という小さな村に出ます。そこの村長にこれを渡しなさい」

 と言って、アニタはシャルにそのシーツの切れ端を手渡した。


「いい? 魔道姫を絶対に守る事。この仕事に、あなたは命を賭けなさい」

 とアニタは念を押す様にそう言って、「それが、魔道姫の従者たる私達の使命です」

 と言って立ち上がった。


 シャルはアニタの姿をしばらく見ていたが、すぐに馬の背に飛び乗ると、

「分かりました! 私の命に代えても、魔道姫様をお守りします!」

 と言って背筋を伸ばした。


「よろしい」

 と言ってアニタはシャルの肩をポンと叩くと、「かなめ様、参りましょう」

 と私の手を引いて、検問所の方へと歩き出した。


 歩きながら、私はアニタに話しかけた。


「随分とシャルに厳しくするのね」


「……はい。シャルも間もなく13歳ですから、一人前の仕事の仕方を教えなければ、成長ができませんので……」


「そう……、確かにそうかも知れないわね。私には、小さな子に命を賭けさせるなんて事は到底出来ないけど……、この世界では、それが当たり前なんだもんね……」


「……神の国は、本当に平和なのですね。いつか私も、かなめ様の居た世界に行きたいものです」


「いいね、それ。私もアニタを連れて行きたいわ」

 と私は言いながら、近づいて来る検問所の方を見て、何やら奥の方から人の気配を感じていた。


「誰かいるみたいだよ?」

 と私が言うと、アニタは驚いた様に、

「どこですか?」

 と訊きながら検問所の方を凝視している。


「いえ、まだ見えてはいないんだけど、何となく分かるんだよね」

 と私が言うと、アニタは検問所の方に視線を向けながら、

「それも魔道姫の力なのでしょうね」

 と言って頷いた。


(そう言えば、「気配を感じる」って言いたかったのに、この世界の「気配」って言葉を知らないわね……)


 そんな事を思いながら歩いていると、とうとう誰も居ない検問所の門に辿り着いてしまった。


 アニタが私の横に並んで顔を近づけると、

「どこに人が居るか、かなめ様には分かりますか?」

 と小声で訊いてくる。

 私は周囲を見回しながら、何となく気配を感じる方を指さし、

「あの辺に居るみたいよ?」

 と言いながら足を踏み出した途端、私が指さした先にある石壁の影から、革の鎧を身に纏い、右手に剥き身の剣を持った屈強そうな男が飛び出してきた。


「おっと~! こんな所に女が二人で現れるとはなぁ! これも魔道姫の祝福ってヤツかぁ?」

 と言いながら歩いて来る男の姿をアニタも捉えた途端、アニタが私の身体を突き飛ばす様にして間に割り込み、右手の手斧を構えて立ちふさがった。


「かなめ様、下がって下さい! この男は警備兵ではありません!」

 とアニタは叫ぶ様に言うと、手斧を片手に男を睨みつける。


「あなた! ここの警備兵をどうしたの?」

 とアニタが男に問いかける。


 男はニヤニヤと下衆な笑いを浮かべながら、アニタと私の姿を品定めする様にジロジロと見ている。


(こいつ……、よく分からないけど、「悪いヤツ」だわ!)


 と私は思いながら、無意識にその男の他に仲間が居ないかの気配を探っていた。


(……一人、いや二人くらいか?)


「アニタ! そいつの他にも1人か2人居るのが分かるわ。気をつけて!」

 と私が言うと、男が驚いた様に後ろを振り返り、


「おい! まだ出て来るなと……」

 と言いかけたが、他の者の姿は見えていない。

「……え?」

 と男がもう一度こちらを向くまでの数秒の隙を突いて、アニタが男に飛び掛かり、降り降ろした手斧で男の剣を叩き落とした。


 ゴゥン!


 という重い金属音がして剣が遠くに飛ばされる。


「あ……!」

 と男が顔をしかめて右手を抑えている隙に、アニタは男のひざを目がけて斧を振り下ろす。


 ズグッ!


 という嫌な音を立てて、男の膝が関節とは反対向きに折れ曲がった。


「ぐぅっ……あ……!」

 と男がうめき声をあげて倒れると、アニタはすぐに弾き飛ばした剣を拾って私の元に戻って来た。


 はぁはぁと肩で息をするアニタの顎が震えている。


「アニタ、大丈夫?」

 と私が声を掛けると、アニタは震えながらもニヤリと笑って見せ、

「ええ……、意外と私も戦えるものだと、自分でも驚いていますが……」

 と言いながら、「他の人間の居場所は分かりますか?」

 と訊いてくる。


「ええ、さっきの男が出てきた、あの壁の向こう辺りに居る筈よ」

 と私が言うと、アニタは「ふぅぅ」と長い息を吐いて呼吸を整え、


「私は魔道姫の従者よ。こちらにいらっしゃる魔道姫には、隠れている者が居る事などとっくにお見通しよ。さあ、隠れてないで出て来なさい!」

 とアニタが大声をあげると、私が思った通りに壁の奥から男が一人、両手を上げて出て来きた。


 男はさっきの男と同じ様な無精ひげを生やした屈強そうな男だったが、

「ちょっ……、ま、待ってくれ! 俺はその男に言われてついて来ただけだ。魔道姫様が来るなんて知らなくて……」

 と、何か得体の知れないモノに怖れをしている様な、そんな雰囲気を感じた。


(壁の向こうに、まだ薄っすらと人の気配がするんだけどなぁ…)


 そう思いながら私はアニタの横に背筋を伸ばして立ち、先ほどアニタに倒された男がゼェゼェと息を荒げている姿と、壁から出てきた男を交互に見ていた。


 どちらも鎧を着ているあたり、どこかの兵士なのか、それとも兵士から鎧を奪った盗賊とかなのかも知れない。


 私はアニタの耳元に顔を近づけると、

「あの壁の向こうに、たぶんもう一人いると思う。だけど、力が弱いっていうか、存在が薄い感じがするの」

 と、気配という言葉がつかえない事にじれったさを感じつつもアニタにその気配がする事を伝えようとした。


 アニタは私の言葉に頷くと、両手を上げている男に向かって、

「その壁の影に、まだ人が居るわね。その人はどうしたの?」

 と訊いた。


 男は驚いた顔で壁の向こうをチラチラ見ながら、

「な……、何で見えない筈なのに分かるんだよ」

 と、まだ人が居る事を認める様な事を言う。


「魔道姫がそうおっしゃったのです。さっきも言ったでしょう? 魔道姫にはお見通しだと」


 男はアニタの言葉に降参したとでも言う様に、

「ああ……、女が居るけど……、俺は何もしていない! 信じてくれ!」

 と言ってその場に膝を着いた。


「……女? どこの女だ?」

 とアニタは斧を構えたまま、ゆっくりと男に近づきながらそう訊いた。


 男は近づいて来るアニタに許しを請う様に両手で頭を抱える様にして地面に伏して、

「俺は知らねぇ! ここの警備兵が捕まえた女を売ってるって話を聞いたから来ただけだ!」

 と言う。アニタは男の近くまで来ると、斧を振り上げたまま男を見下ろし、

「その国境警備兵達はどこに居る?」

 と訊いた。


 男は頭を抱えたまま、

「俺達が女を相手にする間、林で狩りをするって出て行った! 俺達二人で2時間を買ったから、あと30分もすれば戻って来る! 女の事はそいつらに訊いてくれ!」

 と言って泣き声を漏らし出した。


 アニタが男と話をしている間に、私は壁の奥で人の姿を探すと、そこは警備兵の休憩所の様な場所でいくつものベッドが並んでいた。


 そのうちの一つに人影があり、そこには半裸の若い女の姿があった。


 その身体は痩せこけていたが、肌のキメの細かさを見ていると、もしかしたら私より若い女なのかも知れないと思った。


 私が更に近づいて良く見ると、その女の身体は赤紫のアザと擦り傷の様なものがあちこちにあるのが分かった。

 そして、太腿の周囲には乾いた男の体液らしきものがこびりついており、微かに生々しい匂いが立ちのぼっていて、私は軽い吐き気を覚えた。


(……なんて酷い事を……)


 私は振り返って一旦その部屋を出ると、アニタを見てこう言った。


「若い女がベッドで息も絶え絶えになっているわ。相当ひどい扱いをされてきた様よ」


 私の言葉にアニタは頷き、「ふっ」と息を吸い込むと、振り上げていた斧を思い切り振り降ろし、男の右足首を切断した。


「ぎゃああああああ!!!!!」

 という男の声が止む間も無く、アニタはもう一度斧を振り上げて左足首にも斧を叩き込む。

「あごぉぉっ!!!!!」

 という呻き声と共に、男の身体はビクンビクンと痙攣し、失禁したのか鎧の腰の辺りからツーンとアンモニア臭のする液体が漏れ出すのが分かった。


「さっきの男の足も落としておきましょう」

 とアニタは、先ほど膝を壊した男の元に歩み寄り、まだ男が呻きながらも、

「た……助けてくれ……」

 と言うのも聞かずに、


「魔道姫はあなた達の所業にお怒りです」

 とだけ言って、男の左足首目がけて斧を振り下ろした。


 ゴキンッという骨を砕く様な音と共に、

「ふんっぐ……!!!!!」

 という男の声が混じる。


 その凄惨な筈の光景に、私は何故か男への同情など微塵も感じる事は無かった。


「さあ、かなめ様。国境警備兵が戻る前に、まずはここを通り抜けてしまいましょう」

 とアニタは検問所の入口から、シャルに向かって合図を送っている。


 遠くからシャルが馬車を操って近づいて来るのを見て、

「やれば出来るじゃないの」

 とアニタは満足そうに微笑んでいたのだった……


※イラストあり(検問所でアニタがかなめを突き飛ばして間に割って入るシーン)

https://kakuyomu.jp/users/gakushi1076/news/822139842434192174

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