三章

第22話 闘技場へのいざない


「ねえクロエ、ハヤテの配信見てる!?」

「いま初子さんと一緒に……。シンシアも見てるんだね」

「ビックリしちゃった。アイツのことだから、絶対また『R』さんの話題を出すと思ってたけど、まさか闘技場バトルグラウンドを持ち出すなんて」

「……うん」


 事務所の一室で顔を曇らせながら頷いたクロエ。

 スマホで話している相手はシンシアだ。彼女たちは驚きを隠し得ない、まさかS級探索者であるハヤテが『素人』である(はずの)『R』に闘技場バトルグラウンドの申し込みを宣言するとは。


 闘技場バトルグラウンド

 近年政府が認可した、『探索者同士』で行われる模擬戦のことを差す。名目上は探索者の技量を互いにミックスアップさせるための交流試合として認めた、という話になっているが、その実は企業や興行団体からの要請で作られた『現代のコロシアム』制度だ。


 それは、『ドームTOKYO』や『スタジアムOSAKA』などの公認会場でのみ開催が許される『私闘』の認可でもあった。

 一部の社会派に『生きる武器庫』とも揶揄されることがある『探索者』という存在。個人がちょっとした軍隊並みの超武力を有するこの時代では、『彼ら』のガス抜きはある意味で至上命題の一つなのである。


 クラスの高い探索者同士が町中で、いざこざから戦闘を始めてしまったらどうなるか。街中に魔物の暴走スタンピードが起こるのと、それは大きく変わらない。そういった事故が起こらぬよう、国が認めた苦肉の政策だった。


 もっとも今では、鬱屈した国民のガス抜きにもなっている。

 有力興行団体が催す人気カードの闘技場バトルグラウンドでは、数億の金が一夜にして動くこともある。

 そして城戸ハヤテは、探索者で今もっとも熱い注目を浴びている人物。

 金の匂いしかしない。


『おっと、配信中だがマネから悲鳴だ。ははは、皆さん開催スポンサードなどに関する問い合わせは焦らずとも平気ですよ。もっとも、このハヤテが皆さんの『目の前』で戦うなんて前代未聞。急いてしまう気持ちは解りますがね、はは』


 まだ続いている配信の中で、ハヤテが嬉しそうに笑った。

 ご丁寧に、彼の後ろではたくさんのスマホの着信が鳴り響き、対応に追われるマネージャーたちの音声が流れている。もちろんこれは演出だろうが、ネット民たちも野暮は言わない。


”いつ開催されるんだよ、プラチナチケット確定じゃん”

”生ハヤテ楽しみすぎる”

”あれでも、どうやって挑戦者が『R』だって証明するんだ?”

”いやいや証明もなにも、こないだろwwこれはハヤテに挑戦できるエキシビジョンだってwww”


『そうだね。俺も『R』であることを証明しろ、なんて野暮は言わない。誰からの挑戦でも受けるつもりだよ、それが『真の勇者』たる者に望まれた責務だろう。『R』くんはこっそり参戦するもよし、名を掲げて参戦するもよし、要は俺が最後まで無敗であればなんの問題もないわけだからね。簡単イージーな話さ』


「へー、誰でも挑戦していいんだってさ、クロエ」


 シンシアはスマホの向こうからクロエに対して、笑ったような声で。


「ね、それなら私たちも出場してみない?」

「なにいうのシンシア、イヤだよ!」

「私知ってるわ、この世界には『イヤよイヤよも好きのウチ』って言葉があること」


 絶対スマホの向こうでニンマリ笑っている。

 クロエはそう確信した。


「クロエのことは私が一番知ってるもの。絶対戦ってみたいはず」

「そんなことないから!」

「大丈夫大丈夫、私に任せておいてって」

「ちょ、シンシア? 変なことはしないでね!?」

「だーいじょーぶ、ドドン!」


 シンシアはクロエの困惑を軽く流して。


「どちらにせよクロエも会場には行くでしょ? だって――」

「うん。それはそう」


 だって、万一にも『R』さんが現れないとも限らないから。

 そのためにも、彼女は絶対に行く。砂粒のような可能性でも、捨てることはできないクロエなのだ。


「でも……、ちょっとハヤテも詰めが甘いかなー。この条件だけじゃ、『R』さんが現れる可能性は低いよ」

「そうだね。『R』さんがハヤテさんのことを気にしてなさそうなのは、攻略日記を読んでればわかるし、そもそもネットの反発もあまり気にしてないと思う」

「そうじゃないと、あんな風に淡々と攻略日記の更新を続けてらんないよね。そうなんだよねー、もっと『R』の気を引ける要素がないと釣れない」


 釣り餌がなってない、と難しそうな声で断言するシンシアだ。

 それにはクロエも同意する。であろうとも、会場には行くつもりのクロエなのだが。


「……ま、ここは私がひと肌脱ぎますか、と」

「え?」

「私が、『R』さん好みの賞品を演出してあげるわ、ってね」


 クスリ、と笑うシンシアだ。


『キミを待っているぞ、「R」くん!』


 配信画面では、決め顔のハヤテが白い歯を見せて笑っていたのだった。


 ◇◆◇◆


「兄貴、昨晩のこの配信見た?」


 早朝。

 蓮司がいつも通りデスクに向かいキーボードを叩いていると、七海がノックして部屋に入ってきた。手にはスマホ、その画面にはハヤテが闘技場バトルグラウンドを開催すると宣言した配信のアーカイブが映っている。


「昨晩クロエちゃんの配信はなかったはずだが?」

「ちがうよハヤテの」

「ハヤテ氏の? いや見てない」


 七海の方を振り返りもしないのは、また一つ、『ダンジョン&マジック』のプロテクトに引っ掛かっていたからだ。特殊フォントによる異世界文字が内部に仕込まれていたらしく、意味不明な文字列がモニタ上に並んでいる。文字列にはいくつもの抜けがあり、そこはマウスで文字を書ける『空白』になっていた。


 どうやら空白を文字で埋めればよいらしいことはわかるのだが、それだけだ。

 異世界文字で埋めればいいのか、こちらの文字で埋めればいいのか。それすらヒントがない。

 蓮司は自身で記した攻略ブログの『資料コーナー』を開きながら、頭を抱えた。


「間違いなく『シブヤ二層』で散見された異世界文字と同種のものだが、俺が収拾した文字列の中にこれと『まったく同じ』というものはないのだよな……」


 いったい俺は、何を問われているのだろう。

 ここにどのような文字を当てはめれば、プロテクトが外れるのか。


「もう兄貴! これみてほら、これ!」


 といって七海が強引に蓮司の目の前にスマホを持っていく。

 動画を再生すると、ハヤテの演説動画シーンだった。


 興味なさそうにスマホから目を逸らし、モニタ上の『ダンジョン&マジック』解析画面へと注意を向けようとする蓮司。しかし七海がそれを許さない。

 しつこくスマホを彼の目の前に突き付けて、動画を見せ続ける。


『キミを待っているぞ、「R」くん!』


 結局最後までハヤテの『挑発』を見せられた蓮司は、ふう、と溜め息をつき。


「……ハヤテ氏は、俺のブログを気にしすぎではないか?」


 地位も名声もあり、世間的には『シブヤ』を切り拓いているのは彼ということになっている。蓮司の『日記』なんて気にする必要がない。

 どうして彼は、俺に絡んでくるのだろう。蓮司は首をかしげた。


 俺はただ、記録を残しておきたいだけで、正統性などを認めて貰いたいわけではない。必要な者が必要なときに、この日記に記した体験と資料を目にできる環境を作っておきたいだけなのだ。


「王者は王道を歩むだけで良いはずなのだが」

「だって王者じゃないじゃん、ハヤテ」


 七海が不満げに口を尖らせる。


「この間だって、なんやかや言い訳してたけど、クロエちゃんと新人のシンシアさんが居なかったら危ないとこだったじゃん。ポイズンジャイアント三体をまとめて倒したのは、クロエちゃんたち。きっとハヤテもそういうことわかってるから、焦ってるんだよ」

「そうとも思えないが」


 繰り返される動画の中で、ハヤテは自身満々の笑顔で『R』こと蓮司を挑発していた。その顔は、迷いある人間のものには見えない。彼は自分を疑っていない。少なくとも蓮司にはそう見える。


「いいの! 私がそう思いたいだけなんだから!」


 七海がちょっと声も大きく。


「そうじゃないと、ネットのみんなもハヤテも、まとめて馬鹿じゃないかなって思っちゃうよ!」

「おいおい過激だな」

「だって、あのハヤテが配信してる『シブヤ』映像って、昔にネットで話題になった『シブヤ』の記録映像と全然魔物の数が違うじゃん! 兄貴が強いのは全部倒して間引いちゃってるからなんでしょ? 『変だな、魔物が少ないぞ?』くらい思ってくれたっていいじゃん!」


 彼女の言うことには一理も二理もあり、実際ネット民の中にはそれを疑問視している者も居ないわけじゃない。だがそういった少数の声は、嘲笑と共に封殺されているのが現状だった。


”アンチ乙”

”ハヤテが言ってただろ、配信外でも魔物を処理してることはある、って”

”日本スペシャルチームはチームハヤテ、ハヤテこそが日本の強さだよ”


 これらのように、ハヤテを持ち上げる声は大きかった。

 渦のような賞賛が彼の周りを取り巻いているので、小さな声の主たちは黙るしかなかったのだ。


「……どうやら七海は、俺がハヤテ氏に功績を横取りされていると思ってそうだな」

「ちがうの? 兄貴が『シブヤ』を攻略してるんでしょ?」

「確かに俺はシブヤを攻略しているが、それはあくまで『ダンジョン&マジック』を解析する為に必要だから、というだけに過ぎないんだよ」


 望むのは、濃厚な対話だ。

 知恵と知識を、時間というリソースを費やして練り上げたプログラム。それが『ダンジョン&マジック』の本質だ。そのプロテクトを外していくとなれば、彼らに匹敵するくらいの労力を、時間を、支払わなくてはならない。


 時間というのは、命そのものだ。

 俺は命を消費して、プロテクトを組んだ彼らに問う。


『自分は、この先へと進むに値する者であろうか?』


 ――と。

 彼らは、時に俺を無視し、時に弾き、時に反撃をしながらも、ときおり微笑んでくれる。そんな対話が、時間が、俺の中ではとてつもなく尊い。


 彼らの中に、母であるサエコが混ざっていそうだ、と知った今、それはなおさらだった。俺は母をプログラマとして尊敬している。その母に立ち向かっていけるのだ、望むところと言うほかない。


 ――だから。


「俺は楽しんでいるだけなんだよ。無責任に」


 蓮司は困ったような顔をして七海を見た。


「だからむしろ、ハヤテ氏には感謝すらしているくらいだ。シブヤを攻略した際の『世間の反応』という『面倒ごと』を全て引き受けてくれてるんだからね」

「じゃあなんで、兄貴は攻略日記をブログにしてるの?」

「ん?」

「クロエちゃんがもしかしたら見てくれるかもしれない、そう言って書き始めたんじゃん、あのブログ」


 困り顔のまま、頭を掻く蓮司。彼は少し笑い、


「その辺、ちょっとだけ複雑だ」


 認めて貰いたい、という承認欲求がまったくないわけじゃない。

 だけど、認めてくれたら嬉しい相手は、そんなに多くない。


「俺はね、七海。おまえを含めた、俺が大事と思っている少数の人間に真実を知って貰えていれば、それだけで幸せなんだよ」


 どうやら母さんも俺の行動は把握済みらしいし、クロエちゃんもブログを読んでくれているようだ。他に伝えたい者が居るとしたらそれは父さんなのだが、あの人はもうこの世に居ない。


「……兄貴はズルい。いつも飄々とした顔で、私を言いくるめようとしちゃって」

「本心からのことしか喋っていないが」

「そういうトコだぞ!」


 頬をプゥと膨らませた七海だ。

 彼女はこの兄を、世間に対してほんのちょっと自慢したいだけなのだった。だけどそれが蓮司にとって迷惑だというのなら、これ以上はなにも言えない。


 そのとき、ハヤテの放送枠が臨時にまた始まった。

 スマホから流れてきたのはハヤテの挨拶と、少し遅れてシンシアの声だ。

 悪戯っぽい声音でシンシアが言う。


『今日は私ね、「R」さんが参加したがるように賞品を提供しにきたの。ほらこれ!』


 後ろから取り出したのは、黄金の文字板だ。

 録画スタジオ内の光が反射してキラキラと。

 純度の高そうなノート大の金の板には、異世界文字が彫り込まれていた。


「むむむ!?」


 蓮司の目がスマホ画面に釘付けとなった。


「こ、これは……!」

『シブヤで魔物からドロップした逸品! 浪漫溢れる異世界文字板。うふふ、男の子ってこういうの好きでしょ? ね、「R」さーん?』


 好きとか嫌いとか、そういう話じゃない。

 蓮司はとっさにパソコンでも配信画面を広げ、画像解析を始めた。


「ど、どうしたの兄貴!?」


 突然、一心不乱にキーボードを叩きだした蓮司を心配そうに見つめる七海。

 それに応えるでなく、彼はシンシアが持つ異世界文字板の鮮明化を行い続ける。


「やはり……!」


 文字板の異世界文字は、ダンジョン&マジックのプロテクト画面に写しだされていた文字列と同じものだった。プロテクト画面では空白になっている場所の異世界文字も、そこには記されている。


 試しに一文字、文字板を参考に空白部分へと異世界文字を書いてみると。

 ――ピポン。

 承認音と共に、その文字が認証された。


 これか! と蓮司は震えた。

 まったく、このゲームのプロテクトは俺専用にあつらえているとしか思えないことが、たまにある。


「プロテクト、解き方わかったの?」

「ああ。まったくやってくれる」


 プログラマは――母さんは、シンシア嬢が手にする文字板が、俺の前に現れることを予測していたとでも言うのだろうか。

 不思議さよりも興奮が勝り、蓮司は深く思考するのをやめた。

 次の空白にも、同じように異世界文字を入力する。


 ――ピポン。承認音。

 また次も、入力。

 ピポン。


 だが残り三文字のところで、蓮司の手が止まる。

 文字が解析できない。動画の画質では荒くてうまくいかないのだ。スタジオの光加減で見にくくなっていることもあり、うまく解像度が上がらない。


『いえーい、「R」さん、みてるー?』


 さらには背も高く美人なのに、まるでメスガキみたいな悪戯っぽい表情で文字板の一部を隠しているシンシアの存在もあった。

 間違いなく、蓮司が文字板に興味津々なことを見抜いた上での行動だ。


「……この場で全文を解析するのは無理か」


 仕方ない。蓮司は深く息を吐いた。


闘技場バトルグラウンドで直接データを取るしかない」

「えっ! 兄貴、出てくれるの!?」


 七海の顔がパッと明るくなった。まさかこんな話になるとは思っていなかった彼女なのだ。


「出る。ただし、俺なりの方法でな」


 蓮司はデスクの上に置いてある自分のスマホを手にすると、電話を掛け始めた。

 トゥルル、トゥルル。呼び出し音がしばし響く。


『はいよ蓮司、なんの用さね。母さんもこれでいて案外忙しいんだけどね』


 電話に出たのは、母である西岡サエコだった。

 国際電話を掛けたのだ。


「忙しいと言っても、俺の状況は把握しているのだろう?」

『イヒヒ、鋭いね』

「なんで『四姉妹フォーシスターズ』で働いているはずの母さんが、『ダンジョン&マジック』のプログラマをしてるのかは聞かない。その代わりといっちゃなんだが、チカラを貸して欲しいんだ」

『いいのかい? 高くつくよ?』

「仕方ない、馬鹿正直に闘技場バトルグラウンドに出て、身バレするのは避けたいからね」


 そういうと蓮司はサエコに確認を始めた。


「母さんの所属する財団は四姉妹フォーシスターズの一つで、確か母さんは財団の中でそれなりのポジションにいたはず。この認識で合ってるか?」

『合ってる。で?』

「ハヤテ氏の主催する闘技場バトルグラウンドをスポンサードして欲しい」

『アレは普通に儲かりそうだから、上に話を通すことはできると思うがね。そんで?』

「それで――」


 腹の中にあった案を伝える蓮司。サエコは笑った。


「あはははは。なるほどね、そう来たか」


 スマホの向こうから、笑い転げていそうな雰囲気が伝わってくる。


『いいよ、手を貸してやる。うまくやりな、「R」くん』

「……実際母さんは、なにをどこまで知っているんだ? なんでも、か?」

『なんでもは知らないよ。この件だって、あンたがこんな話を持ち掛けてくるとは思ってなかった』


 クックと笑う。


『だから面白い、ワクワクしてきたさ。愛してんよ蓮司』

「どうも。俺も愛してるよ、母さん」

『わはは、お礼に私もひとアイデア考えた。あンたが目立たず行動できる「衣装」を用意してやる』


 こうして数日後、西岡家に大きな荷物が届いた。


「あ、兄貴、これって……!」

「やってくれるよ、なにが『目立たず行動できる』……だって?」


 手紙と共に送られてきたのは、大きな着ぐるみだ。

 赤い安全スーツに犬耳のフルフェイスヘルメット、それは蓮司がデズニランドで着た物と、寸分違わぬものだった。


”特別に手に入れてやった”


 手紙の上の綺麗な文字が、なんだか愉快そうに踊っているようにも見える。


”あンたの目論見通り、スポンサー特権を使ってバイト枠も確保してやった。これを着て会場では闘技場バトルグラウンドのラウンドマスコットやることになっている。あとは黄金の文字板に近づいて、カメラで異世界文字を写すなり記憶するなり、好きにしな”


「絶対俺を目立たせようとしてるぞ、母さんは!」


 ちょっと会場の裏方に入り込めるバイト枠を確保してくれるだけでよかったのに!

 蓮司が珍しく地団駄を踏んだ。


 こうして発案蓮司、アレンジャーサエコの、『ラウンドマスコット作戦』が実行されようとしていたのだった。

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