第18話 デズニランド


「蓮司、これつけときな」


 デズニランドへの電車の中、サエコは蓮司にシルバーの指輪を渡した。


「なんだこれは?」

「魔力を抑える指輪だよ。あンた気づいてなさそうだけど、身体から凄い魔力が立ち上ってる。目立ちすぎ」

「そうなのか。俺は気にしないが……」

「私が気にするんだ。それにそんな異様な魔力を見せてたら、デズニランドにも、ワンチャン入園拒否されちまうぞ」


 蓮司は特に悪意なく、「それはそれで、俺は帰れるな」と言いかけて、やめた。サエコが睨んできたのと、七海が少し悲しそうな顔をしかけたからだ。

 単に家で稼働中の『自動パスワード解析プログラム』が気になるだけで、別に家族の輪を乱す気があるわけではない彼なのだ。


 蓮司が大人しく指輪を付けた頃、電車がデズニランド最寄り駅に到着した。


「えへへ、デズニランド~♪」


 真っ先に改札を抜けた七海が小走りに先を行き、後ろの二人を振り返る。


「お母さん、兄貴、早く早くー!」

「焦るな七海、デズニは逃げたりしない」

「そーいうな蓮司、若いときはあんなもんだ。ほら、早く歩きな」

「不可解だ。焦って少し急いだところで、遊べるアトラクションの数が増えるわけでなし」


 そう言いながらも付き合って小走りになる辺りは、ちゃんと兄貴をしている。

 道中のリゾートゲートを通り抜けた辺りから、BGMが聞こえてくる。ここはもうデズニランドの勢力圏内だ。パークのエントランスも見えてきた。


「ワクワクしたら兄貴だって走るでしょ? 人ってそーゆーもんなんだぞ」

「そーゆーことだ蓮司。人ごみで走るのは危ないが、小走りになるくらいは人の常だぜ?」

「……ふむ」


 確かにそういうものかもしれない。

 自分を顧みれば、『ウエノ08』や『シブヤ』に向かうとき、同じような行動様式になっていなかったか。


 そう思えば、BGMに乗って身体も動いてきた。

 少し、ノリ気になってきた。


「そうだな。ここまで来たのだ、楽しまないと不合理だろう。積極的な気持ちで付き合うぞ、七海」


 こうして蓮司たちは入口を抜け、デズニランドへと入っていった。


「遊びまくるぞ~!」


 ノリノリな七海を先頭にして。


 ◇◆◇◆


 場面変わってデズニランド内、スプラッシュ山岳地帯乗り場。

 川を模したコースの上を舟型の乗り物で進む、水しぶきが跳ねまくるアクションアトラクション。


「きゃああああーっ!」

「いやっふー! 日本のデズニアトラクションはサイコーだね、クロエ!」


 高いところから一気に広い水場に落ちていく、クライマックスアクションを楽しんでいる女の子二人がいた。クロエとシンシアである。

 乗り物から降りたクロエが、パーク内の長椅子に腰かけた。


「もー足ガクガクだよシンシア」

「意外ねクロエ。探索なんてやってるんだから、絶叫系アトラクションには強そうなものなのに」

「自らの意思で動いてるわけじゃないからかなぁ。自分でもビックリしちゃった、私、案外ああいうのに弱いみたいだね」


 クスクス笑うクロエだ。

 シンシアは不思議そうな顔で彼女を見つめ。


「なによその言い方。まるで初めて遊園地に来たみたい」

「えへへ、実は初めてなんだ」

「えええー!?」


 目を丸くするシンシア。

 その顔がよほど面白かったのか、クロエはお腹を抱えて笑った。


「もう、そんな顔しないで」

「だって、ほら! この国は凄く豊かで、娯楽にも溢れてるんでしょ? そんな世界の年頃女の子が、そんな話ってある?」

「……私、幼い頃から忙しかったから」


 少し俯いたクロエ。

 シンシアが横に座って、身体を擦り寄せてきた。


「クロエこそ、そんな顔しない。もっとスマイル。変装しててもクロエは可愛いんだから」


 二人は帽子に眼鏡、ミッション系のカワイイ服、という出で立ちだ。

 髪の色も変えたりウィッグを付けたりしてるので、一目では正体がバレそうもない。今日この時、クロエもシンシアも普通の女の子だった。


「うん、ありがと」

「笑顔かたーい。仕方ないなぁ、お姉さんが相談に乗ってあげるから。話して話して」

「お姉さん……そういえば、シンシアって何歳なんだっけ?」


 シンシアはニッカリと笑い。


「100と19歳」

「そっか、19歳……。私より二つお姉さんなんだね」

「あ、100をスルーしたな。そういう子には、こうだ!」


 こちょこちょこちょ、と、古典的なフレーズを口にしながら、彼女はクロエの身体をくすぐった。たまらず声を上げるクロエ。


「ちょ! シンシア、やめ! もー!」

「ほらほら、止めて欲しかったら語れ語れ! 忙しかった、ってだけじゃあ普通あんな顔はしないんだからさ」

「わかった、話す。話すから!」

「いえーい、クロエの秘密な過去ゲットー」


 笑ったシンシアが、少し表情を改めた。

 ちょっと真面目そうなその顔は、さあどうぞ、という意味だ。

 そんな彼女の表情に促されたように、クロエは話し出した。


「ウチのお母さんね、私を女優にしたかったみたいなの」


 彼女の母は、幼い頃からクロエに芸ごとを習わせていた。

 ピアノから始めて、ダンスに歌唱。演劇のコーチも毎週家に招き、彼女に芸ごとの英才教育を施していたという。


 もちろんその合間に勉強も。

 これは母が勉強が達者だったこともあり、自らが教えた。

 クロエは出来が良かったので、これら全ての、とても大変な要求に応えきっていた。


「凄いじゃない。さすがクロエだねぇ」

「全然凄くないよ。だって言われたことを機械的にこなしていただけだもん。そこに私の意思なんかなくって……。って、ちょっと違うかな。私は自ら望んでお人形になってたの、お母さんが、それで喜ぶから」


 ちょっと寂しげな顔をするクロエだった。


「だけどね、なんだか胸の底でいつも何かが囁いてた。これは私がしたいことじゃない、って」

「……そうなんだ。何故?」

「なぜだかは、わからないけど……ずっとそう感じてた。もちろんうまくやれたことを褒められるのは嬉しかったし、学校で皆にチヤホヤされるのも、やっぱり気持ち良かった」

 ――だけど、とクロエは首を軽く振った。


「自分の内から声がしてたの。おまえにはやることがあるだろう? それは、こんなことじゃないだろう? って」

「ふぅん……不思議だね」


 シンシアの顔は真面目だ。

 肩でクロエにもたれ掛かりながら、どこか遠くを見る目で返事をする。そして続けた。


「今はクロエって探索者なわけじゃない? やりたいことって、これだったの?」

「……実は、わからないんだ。だけど」


 彼女もまた、少し遠いところを見る目で。


「この先に、あるんだろうっていう気はするの。あのとき、そう感じたわ。街中で、ダンジョンから魔物が溢れだす『暴走スタンピード」に巻き込まれた、あのときに」


 それはクロエが、一人で街に買い物へ出ていたときだった。お婆ちゃんへのプレゼントで、杖を買った帰り。安全とされていたダンジョンから突然に魔物が溢れだし、街中は阿鼻叫喚の血の宴となったのだった。


 目の前で人が魔物に襲われていく。

 逃げるにも、足がすくんで動かなかった。


 目の前に、大蜘蛛型の魔物が近づいてきた。それでも動けない。血でまみれた周りの光景が現実感なくて、まるで夢の中にいるようだった。どこか他人事のように、自分が蜘蛛に襲われるシーンを上から俯瞰で見てたような気もする。


「あぶない、って誰かの声がしたの。逃げなさい、って」

「……それで?」

「大蜘蛛が私に飛び掛かってきたわ」

「身体が動かない、クロエに?」

「うん、でも」


 とクロエは目を伏せた。


「動かないのは、私の心だけだった。飛び掛かってきた大蜘蛛に、身体は反射で動いていた。しゃがみ込み、お婆ちゃんへのプレゼントで買ったはずの杖を手にして、大蜘蛛の腹の下に潜り込んでた」

「…………」

「気がついたら、杖で魔物の腹を突きさしていたわ。そして大蜘蛛を倒した私は、他の魔物に向かって走り出していた」


 そこからのことは、あまり覚えていないという。

 気がついたら、あとからやってきたダンジョン協会の討伐隊に混ざって魔物を倒していたとのことだった。


「多くの人に、そのとき感謝されたわ。私に救われた命もたくさんあったって」

「……気づいちゃったんだね」

「うん。私はそのとき気づいちゃったの。この道の……戦うことの先に、私が望むものがあるんだろう、って」


 このときのクロエの笑顔は、優しそうでもあり、苦しそうでもあった。

 彼女は、そこまでに積み上げた物をその日捨てたのだ。

 そしてまた、母の願いも同様に。


 きっと揉めたのだろうな、とシンシアは想像したが、それは口にしなかった。

 今ここに、S級探索者クロエが存在することが、その答えだったから。


「見つからない方が、良い物もあるんだけどね」

「えっ?」

「ううん、なんでもない! クロエって最初から凄かったんだなぁって」


 といってシンシアは笑ってみせた。

 クロエは訊ねた。


「シンシアはどうして探索者になったの?」

「秘密」

「あっ、ずるい! 私ばかりに喋らせて!」

「ごめんごめん、でもいつか、話すから」


 あはは、と誤魔化すように笑いながら、シンシアが立ち上がる。


「じゃあ、次は探索者らしいアトラクションに行こう」

「探索者らしい? どういうこと?」

「ふふふ、行ってみてのお楽しみ。きっと私たちなら無双できるよ、気持ちいいに決まってる!」


 クロエの手を取って、彼女はパークの中を走り出したのだった。


 ◇◆◇◆


「くおおお、目が回るぅ……!」


 フラフラの千鳥足で人ごみの中を蓮司が歩いていた。

 その手には、しっかりとフェイズシフトウォッチが握られている。


「兄貴、そんな状態でまだ時計握りしめてるの? どんだけ時間気にしてるのさ」

「違う……。高速移動中の『位相ズレ』のデータを取ろうとしたんだ」


 蓮司は青い顔で説明する。

 激しいGが掛かるアトラクションの中で、ウォッチを起動して位相をズラしたら慣性法則がどう作用するのか。

 それを『スプラッシュ山岳地帯』で試してみた彼なのだ。

 結果は『慣性は特に変わらず』。


「なにを言ってるかわからないよ兄貴」

「うぬぬ、つらい。三半規管が揺らされまくった。ウォッチでもしかしたらこれを軽減できるか、とも思ったのだが……徒労に終わってしまった」

「不思議だよね、お母さん。兄貴ったら、ダンジョンで凄い強いみたいなのに、あの程度の『子供向け』絶叫アトラクションでこんなになっちゃうなんて」

「確かに不思議だ。ガチでそこまでなのか? 蓮司」


 二人は振り向いて蓮司の方を見た。彼は顔を青くしたまま応える。


「苦手かと問われれば、自分で身体を律するわけでなく、なにかに委ねるのは苦手だ。ポンと渡された他人のコードを信用するには、信頼を築く時間が必要なんだぞ?」

「お母さん、どういうこと?」

「要約すると、蓮司にゃまだまだ度量が足りないってことかね」

「ふーん?」


 イマイチわかっていなさそうな七海である。

 母、サエコはカカカと笑ってみせた。


「極端に世界を疑いすぎなんだよ蓮司は。そんなだから人付き合いも苦手なままだ、いい加減成長しな、三十歳児」

「おかーさんって、基本辛辣だよね」

「事実を事実とすぐ受け入れる割に、そういうとこだけ頑ななんだ。もっと他人に心を開け」


 二人が立ち止まってくれたお陰でやっと追いついてきた蓮司がサエコに非難の目を向ける。


「言っていることが不可解だよ母さん。なんで絶叫マシンへの不信が、人付き合いに結びついて語られるんだ」

「少なくともあンたの場合、根は同じ問題、ってことさ。信頼に足るものを見抜く目が養われてないんだ。七海を見習え、こいつはなんでもすぐ信じて馴染んじまう」


 七海はジト目で母を見た。


「お母さん、それ、私を褒めてるの? けなしてるの?」

「もちろん褒めてるぞ。七海は本質を見抜く目を持ってるって話だ、なんでも、と言ったが実はなんでもじゃない。しっかり信頼に足る相手を見つけてるってことさ」

「う、なんかテレるんだけど。そんなことないと思うな、私ハヤテを最初好きだったし」


 兄のことを馬鹿にされるまで、ハヤテの本質に気づけなかったと懺悔する七海だ。しかしそれを、サエコは鼻で笑い。


「イケメンに騙されるのは若い女の常さ、気にすることじゃない。私だって、リュウゲツさんに騙されたんだから」

「お父さんに騙されたって、そんな……」

「騙されたさ。あの人、私より先には死なないよ、とか言っておきながら。だから探索者でも、と思って一緒になったのに」


 珍しく自嘲気味な声の母に、蓮司と七海が黙ってしまった。

 それに気づいて、サエコは頭を掻く。


「あーすまない。昨晩あの人を思い出してたから、ちょっと腹が立ってきてな。皆で楽しむ時間にするような話じゃなかった」


 苦笑しながらストローでドリンクを飲むサエコだ。そして七海に顔を向け。


「で七海、次はどのアトラクションで遊びたいんだ?」

「……えーとね、あのね」


 空気を読んで、七海も元気な声を出そうとした。努めて明るい声で答える。


「この間、新規で追加された『ダンジョン探索ツアーズ』をやりたいんだよね!」


 ダンジョン探索ツアーズ。

 それはデズニランド近くにあった廃ダンジョンを、アトラクションとして再利用した遊びだった。廃ダンジョンから発生する微細な魔力を用い、ホログラムの魔物を発生させる技術を使った疑似探索者ごっこを楽しめる場だ。


「ね、兄貴、いいでしょ!? 私、兄貴の強いところ見てみたい!」

「廃ダンジョンの再利用……? 危険はないのかそれは」

「もちろん安全完備! フルフェイスヘルメットと安全スーツを全員に貸し出すし、ホログラムとの戦いも、プラスチック製のチャンバラソードを使うんだよ」

「ふーむ……」


 蓮司は顎に手を添えて考え込んだ。

 確かに安全面が万全でなければ、アトラクションなんかにしないか。それに、人ごみの中でウォッチのテストを行うにも悪くない状況と思える。


「よし、いくか」


 三人はダンジョン探索ツアーズに向かったのだった。


 ◇◆◇◆


「ダンジョン探索ツアーズ?

「そ。面白そうでしょ?」


 一方、クロエたちが向かった先も蓮司たちと同じアトラクションだった。


「たまには、気楽な『遊び』としてのダンジョン探索も良いと思って」

「ふふ。シンシアって、けっこう気を遣ってくれるよね」

「え?」

「私が気を張りすぎてそうだったから、少し気を抜かせようとしてデズニに誘ってくれたんだよね? この探索ツアーズもそう、気楽にやろうよ、って言ってるんでしょ?」

「……クロエには敵わないな」


 気まずそうな顔で、頬を掻くシンシア。

 全部バレバレなのか、とバツが悪そうだった。


「ありがと。私、もっともっと頑張らないとあの人に追いつけないと思い詰めすぎてた。それは事実かもしれないけど、自分のペースを守ることも、なにかを続けようとしたら、きっと大事になってくるよね」

「そーゆーこと、そーゆーこと」


 シンシアは笑う。


「あの人を探すのは、前も言ったけど私も手伝うから。一人で抱え込まないで」

「うん!」


 そういって笑い合う二人なのだった。

 そして、彼女たちが並んでいる列に、また一組の客が並びにきた。


「お、この行列か? 凄い並びだな」

「兄貴、それは仕方ない。だって最新アトラクションだもの」

「これは時間掛かりそうだねぇ……。二人とも並んでてくれ、わたしゃちょっとクレープでも買ってくるよ。なにがいい?」


 サエコが訊ねると、蓮司と七海は元気よく答えた。


「俺はツナチーズ。身体が塩分を欲している」

「わたし、ストロベリーチョコレート! 頭が糖分を欲してるの!」

「了解だ。じゃあ行ってくるよ」


 という会話を耳にしたシンシアのお腹が、ぐぅと鳴る。

 クロエにも聞こえていたのだろう、シンシアのお腹にどこか同意した顔をする。


「お腹空いてこない? クロエ」

「空いてきた」


 クスクス笑いながら二人。


「私もちょっとクレープ買ってくるよ、シンシアはなにがいい?」

「いいよクロエ、私が行くから」

「行かせて欲しいんだ。今日私を誘ってくれたことに、ささやかなお礼の気持ちを示させて欲しいの」


 律儀な子だ、とシンシアは片眉をひそめた。

 こういう子だからほって置けない。だから私は今、ここに居る。


「じゃあ、ストロベリーチョコレート! 頭が糖分を欲しているわ。クロエはなにを頼むつもり?」

「ツナチーズ、身体が塩分を欲してるの」


 シンシアはクスクス笑う。


「私たち、真似っ子じゃん」

「そうだね。でも、聞いてたらそんな気になっちゃって」

「確かに」


 皆が並ぶ列。

 そこに平和なアナウンスが流れる。


『当アトラクションは、閉鎖された安全な廃ダンジョンから抽出したクリーンな魔力エネルギーを利用し、リアルなモンスターホログラムを生成しております。楽しく健全なダンジョン体験をするために、皆さま入場列の整理にご協力くだ――ザザ』


 アナウンスの声が一瞬だけノイズで途切れたことに、しかし誰も気づくことはなかった。

 これが事件の予兆だなんて、誰も思わない。

 皆、友達とのお喋りやスマホを見るのに夢中なのであった。


---------------

不穏!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る