第15話 西岡サエコ


 チームハヤテの二層攻略戦から二週間が過ぎた。

 そのあいだ蓮司は三層を攻略するでなく、ずっとネットの中に入り浸っていた。


 本格的に調べたいことがあったのだ。

 それは、二層ボスのリビングアーマーアグレージが語った話の信憑性。つまり『ダンジョンが異世界からの侵略拠点』であり、『勇者という存在がその戦いの帰趨を握る』ということが、信用するに値した話かどうか、ということだ。


「クロエちゃんが見てくれてるんだからな、確証のないことはブログに書けない」


 蓮司のデュアルモニタには、二つのウィンドウが並んでいる。

 左側は『ダンジョン&マジック』の深層データから抽出した、文字化けのような未解析テキスト群。

 そして右側は、各国のダンジョン研究機関が発表した、遺跡から発掘された『未知の言語』に関する論文データだ。

 彼はこの二つを照合し、共通のアルゴリズムを見つけ出そうとしていたのだ。


(似てると思うのだがな)


 ゲーム内にある未解析テキスト群が、意味のある『未知の言語』だった場合、そこに『勇者』や『侵略』に関する情報が記されている可能性もある。


 そんなことを考えながら、たくさんの論文を読み進める蓮司。

 技術的な活用論文がメインストリームの中、ダンジョンとはなにか、という話に焦点を当てた論文も、ちらほら散見された。

 蓮司が興味を惹かれたのは、ダンジョンで発見される『遺物レリック』と呼ばれる魔法の道具に、この世界の物ではない『言語』が記されていることがある、というものだった。


「……やはり、構造が似ている」


 彼は自らが持つ、フェイズシフトウォッチを手に取り眺めた。

 懐中時計そっくりなそのアイテムに刻まれた、文字のようなもの。


 これもまた、リアルの論文にある『遺物の言語』や、ゲーム内の『未解析テキスト』とと、同じ法則性を持っているように見える。


「確か父さんが、こんなのをたくさん持っていたよな……」


 今は亡き父、リュウゲツのことを思い出す。

 西岡柳月、彼は海外だと有名なダンジョン探索者だった。ダンジョン研究が最先端だったアメリカで様々に依頼され、多くのダンジョンを制覇した。大きなものから小さなものまで、そして探索したダンジョンの詳細を、覚書としてネットブログにて公開していたのだ。


 蓮司の母が七海を妊娠した折に、日本で暮らしたいと言うまで、西岡家はアメリカ在住だった。蓮司が合理的思考なのも、そんな幼少期の言語環境が影響しているのかもしれないが、それはさておき。七海を日本で育てるため、西岡家は日本に戻った。


 そしてこの家を新築し、一家は十年ほどダンジョンとはあまり関係しない生活を送ってきた。父の部屋も、今はアメリカに戻った母の部屋も、そのまま残っている。


「……見当たらない。おかしいな、たくさん見掛けた記憶があったんだけど。母さんがアメリカに持っていっちゃったのか?」


 プログラムや解析ごとが得意だった母。――サエコの今の仕事は、海外の大手財団所属の研究員だった。そこは四姉妹フォーシスターズと呼ばれる世界でも有数の科学財団の一つで、ダンジョンの研究にも力を入れているところだ。


「確かダンジョン関係の調べものをする、とか言って出て行っちゃったもんなぁ」


 父の部屋の物色を諦めて自室のパソコンの前に座り直す。


「未知の言語だとするなら、未知の文化がダンジョンに関係しているはずとなるんだ」


 それは『異世界』の存在を肯定する材料にもなり得る。

 とはいえ、と蓮司は頭を抱えた。自分は言語学のプロフェッショナルじゃないので、サンプルを集めたところで系統化などで近い文化圏を特定したりできるわけでもない。


「これも論文を漁るか……。信頼のおける人間の言葉で語られるものを見つけられたら嬉しいのだがなぁ」


 蓮司が再びネットに潜ろうとした、そのときだ。


「ただいまだー」


 玄関が開き、誰かが勝手に入ってきた。

 蓮司にとって、それは聞き覚えのある声。


「んんん!?」


 突然の訪問者に、蓮司は慌てて階下へと降りていく。玄関には、真っ黒に日焼けした女性が冬とは思えない薄着で立っていた。


「か、母さんっ!?」

「よー蓮司、ただいま帰ったよ」


 蓮司の母、サエコがやってきたのだった。


 ――――。


「さむい、日本の冬はさむいっ!」

「アメリカの方が冬は厳しくなかったっけ」

「いやー、アメリカも寒い季節だけどさ! 基本整った空調が効いたとこに詰めてるから、わかんないんだよ。早く、ほら早くエアコン! ね、蓮司!」


 居間でテーブル上からミカンを一つ取るサエコ。

 蓮司がエアコンを点けると、暖房の風が噴き出る下に移動してその皮を向く。


「んー、甘い。これはアタリだね」


 暖かさにブルルと身体を一瞬震わせて、蓮司に笑い掛ける。


「急にどうしたのさ母さん、連絡もなしに帰ってきて」

「そりゃーあれだよキミ。たまの年末、クリスマスを我が子たちと共に過ごしたくなったんさね」

「母さんが突然なのは今に始まったことじゃないけど、ホント変わらないな」

「おまえはどうなんだ、蓮司。七海の話によれば引きこもりから復活したとかの話だったが、なにか変わったことでもあったのか?」


 問われ、心によぎったのは『ダンジョン&マジック』のことだ。

 変化は、あった。ゲームの解析をするため、今や自分はダンジョン探索者になっている(ただし無免許の)。


 とはいえ、一気に語るには情報量が多い。

 この件に関しての母の見解が聞きたいと強く思ったモノの、帰宅したばかりの母を慮ってあとにすることにした。


「ああ。色々あったよ母さん、あとでゆっくり話すよ」

「面白くない話だったら、息子だとしてもシバくからな?」


 ニカッと笑い顔を見せるサエコ。

 その顔には、蓮司の話すことがツマラナイわけがない、という信頼がある。

 サエコはこの息子の話を聞くのが大好きなのだ。

 そしていつも、話を聞くたびに彼女は彼を肯定してきた。


 蓮司が妹のために暴力事件を起こしたと聞いたとき、笑っていたくらいだ。


「いいぞ蓮司。妹のために怒れない奴が、いつ怒る。怒れない人間になるなよ蓮司、おまえは正しい」


 彼女は蓮司を信頼し、蓮司も彼女を信頼しているのであった。

 だから彼が引き篭もったと七海から報告を受けたときも、帰ることはなかった。蓮司がいつか復帰することを信じていたし、もっというなら七海のことも信じていたのだ。


 二人なら大丈夫。それがサエコの口癖だった。


「兄貴ー、玄関の靴って一体誰の――えっ、お母さん!?」


 バイト先から帰ってきた七海が、驚きの声を上げた。


「やほー、久しぶり、七海。ミカン食べる?」

「ミカン食べる? ――じゃないよお母さん、もうっ! 兄貴が引き篭もったって連絡した時ですら帰ってこなかったのに!」

「ごめんごめん、仕事が忙しくってさー」

「仕事と兄貴、どっちが大切なのお母さんは!」


 食いつく七海の頭を撫でて、サエコは破顔した。


「えへへ。どっちも」


 その笑顔があまりに無邪気すぎて、七海は毒っけを抜かれる。

 言葉に出来ない感情が、せりあがってきて。


「~~~~ッッッ!」


 顔を真っ赤にした。


「お母さんは、ズルい!」

「ふふふ、大人ってのはズルいものさー。七海も、早くズルさを覚えないとね。もう大学生なんだから」


 言いながら、スーツケースの中から高級そうな万年筆を取り出した。


「大学入学、おめでとう七海ちゃん。これ、ちょっと遅くなったけど」

「……え、これ、お母さんが大事にしてた、お父さんの形見」

「いつか七海にあげようと思ってたんだ。七海は勉強が好きだからね、似合うと思って」


 七海の目に、涙が滲む。


「ほんっと、ズルいんだから! お母さんは!」

「へへへ。ズルいだろー」


 胸の中に飛び込んできた七海を、サエコは優しく抱きしめたのだった。


 ◇◆◇◆


 この日の夕飯は、急遽鍋になった。

 家族が三人集まったなら、これはもう鍋でしょー、とサエコが所望したのである。

 軍資金をバンとテーブルの上に置き、三人で具材の買い物に出た。


 面倒くさがった蓮司は、引きずられるように付き合わされたモノの、近所のスーパーに付けばあとはノリノリだった。


「七海、フグ食べようフグ」

「高くない!?」

「大丈夫だ、今日はサイフがいる」

「親をサイフ扱いとは、よいご身分だね蓮司」

「カキも良いな。フグと一緒にシャブシャブ仕立ても悪くない」

「高いって兄貴!」

「大丈夫だ、サイフがいる」


 言い切る蓮司に、サエコが苦笑する。


「くく、まあね。子供は親のスネを齧れるだけ齧ればいい。ただし敬意を忘れちゃいけないよ蓮司?」

「母さんはなにを食べたい?」

「そう、それが具体的な敬意! ちゃんと主催者にお伺いを立てるの大事! そして私は牛肉だ!」


 ババーンと胸を張ってみせるサエコ。

 七海が呆れた声を出す。


「……フグにカキに牛肉。なんかもう、なんでもアリね」

「うふふ。七海ちゃんは、なにが食べたいんだい?」


 サエコに問われて七海は、むむむ、と目を瞑った。


「……鴨。鴨鍋」

「よーし決まり! フグカキ牛肉に鴨! なんでも鍋だぜ!」


 ヤフー! とスーパーの中で盛り上がる西岡家。割とノリノリな彼女彼らなのであった。


 ――――。


 そして夕食を終え、蓮司の部屋。

 蓮司はこれまでの経緯を、サエコに話した。


「ふーん、異世界からの『侵略』に『勇者システム』かぁ。……って、蓮司、なにそんな間抜けな顔してるんだい?」

「あ、いや。すんなり信じてくれるんだな、と思って」

「ん?」

「ほら、ゲームの中に、現実の未踏S級ダンジョンの構造図が入ってるとか。どうやら世間ではこんな話を眉唾モノ、と言うんだろ?」


 蓮司は少し上目遣いで母を見る。

 実はこれまでの経験から、どうやって母にこの話を納得させようか、と悩んでいた彼なのだ。

 しかしサエコの答えはシンプルだ。


「仮説を立てるときは、まず『存在を仮定して』観測する。それが科学者の流儀だよ。それにまあ」


 と笑い。


「土台を疑ったらキリないじゃん。そこを今問うのは、問題の履き違えって奴だろ?」

「……確かにそれはそうだ」

「それにさ、フェイズシフトウォッチだっけ? こんな遺物レリックまで送られてきた、っていうんだ。信じた方が話は手早いよ」


 意思を感じる瞳を蓮司に向けたのだった。

 蓮司は改めて、母に関心した。


「さすがだな。母さんは大胆だ、俺はまだ遠く母さんに及ばない」

「なーに、あンたも良い子に育ってるさ。あの『ダンジョン&マジック』のプロテクトを外したんだ、誇っていい。私も知っているが、ありゃあ確かに難攻不落さね」

「そうか、母さんもあのプログラムの価値を知っていたんだ」

「そりゃそうさ。プログラマが知らないわけがない。『神々ウィザードたちの遊び』とも『試練』とも呼ばれるようなモンさね。自信を持ちな蓮司、愛してんよ」


 二人は、手分けをして論文を再度漁り始めた。

 異世界という可能性を示唆した論文はいくつかあったが、それが侵略の一歩だ、などと書かれているものは存在しない。確かに、と蓮司は思う。少し荒唐無稽な発想の話だ。


 次の日も、また次の日も。

 二人はネットの深くまで潜って、情報を集めていく。

 その中には陰謀論的な話も散見された。


 曰く、国防省では異世界の可能性を鑑みた特殊な部隊が組織されているとか、そういう類のものだ。だがどれもこれも、根拠のない噂話でしかない。


「なかなか、良い情報が得られないね母さん」

「蓮司。昔教えたことがあったろ? 情報を仕入れるのは足だって、インターネットでの足ってのは、そりゃあ物量で調べ捲ることさ。あンた、『ダンジョン&マジック』のプロテクト解析に、なにをやった?」


 彼がやったことは、まずゲームに対する文献を端から取り寄せて読み返すことだった。プロテクトキーを解くっていうのは、案外原始的なアナログ作業なのだ。相手のパーソナル情報を拾い、対象の人物をプロファイリングする。そして創り出した脳内プログラマと、濃厚な対話をシミュレーションしていく。対話により磨かれた想像力が、「これじゃないか?」という天啓を落としてくる。だいたいはハズレなのだが、ときおり当たる。


 その瞬間の快楽に、脳を焼かれてしまったのがハッカーだ。

 だが、そういう意味では蓮司はハッカーではなかった。結果よりも、対話という過程を一番に求めているのだ。「キーコードを見つけられた」のは、その副産物にすぎなかった。

 彼はもしかしたら、不器用だが対話をしたくて仕方ないだけの、いじましい人間なのかもしれない。


「……あ」


 思考に埋没していた蓮司が、なにか思い出したとばかりに声を上げた。


「……解析自体は順調だったが、一つだけ『ゴミデータ』だと思って放置していた文字列があるんだ」


 蓮司はPCの画面に、抽出した16進数の羅列を表示させた。


”48 54 54 50 3A 2F 2F……”


「これだ。ゲームの深層、開発者コメント領域にあった。あのときは、ただの文字化けだと思っていたんだが……」


 ――この謎の文字列に、なにかのキーを差し込んで複合デコードしてみたら?


「面白いじゃないか蓮司、やってみなよ」

「じゃあまず……『dungeon&magic』と」


 特に意味のある文字列にはならなかった。


「次は……『RENcompany』かな」


 ならない。二人はキーになりそうな単語を出し合って、これを延々続けた。

 気が遠くなるほどの失敗を手動で繰り返している最中に、サエコが世間話のように語り始めた。


「……実はさ、蓮司。私も昔、柳月さんに『敵』が異世界に存在するかもしれない、という話を聞いたことがあるんだよ」

「ふーん、って、えっ!?」


 蓮司は思わず椅子から腰を浮かせた。キーボードを打っていた手も止まる。


「母さん、それは本当なのか? 父さんが、異世界のことを!?」

「ああ」


 頷くサエコの表情に、蓮司の心臓が早鐘を打つ。

 その話は、リビングアーマーの『アグレージ』が言ってたことを一部肯定することができるものだ。父もこの謎を追っていたのか、と、蓮司は驚いてやまない。


「それで、父さんはなんて?」

「……どういうことかと聞いてみたんだけど、まだその時ではないから、とはぐらかされた。あのときは悔やんださ、全部聞いておくべきだったってね」


 サエコが珍しく、自嘲気味な表情を見せる。

 不思議に思った蓮司が、どこか夢想してそうだった彼女に声を掛けた。


「母さん?」

「聞いておくべきだったよ。なぜならそれが、私と柳月さんとの最後の会話になった。次の日あの人は、ダンジョンの奥で冷たくなっていたんだ」


 そこまで語ると、サエコは海外サイトの「リュウゲツブログ」をモニタに表示させた。


「へえ、これが父さんのブログの元ページかぁ……。日本語訳されたページなら見たことあるよ。本当、役に立ちそうな話ばっかり書いてあって感心した」

「あの人はね、後進の役に立つから、って言ってた、自分が夢を果たせなくても、きっと誰かが夢を継いでくれる、って」

「……父さんの夢って?」

「ダンジョンの謎を解くこと」


 サエコは短くいった。

 その言葉は、蓮司の胸に静かに、だが重く響いた。


 探索者として、プログラマーとして、そして息子として。自分が今やっていることと、父が目指していたものが、奇しくも同じ地平線上にあることに気づかされた瞬間だったのだ。


「柳月さんの言ってた『異世界という敵』それが『異世界からの侵略』に繋がるものだったら……。蓮司、あンたは勇者になってくれるかい?」


 蓮司は考える素振りも見せず。


「いや、俺はそんな世界の命運を握れるような人間じゃない。ただ」

「ただ?」

「俺から見える範囲と、そこに繋がっていく範囲を俺が守れるというなら、守りたいとは思うよ」


 正義感とかじゃない。

 母がいて、妹がいて、そして応援したいと思える人がいる。


 それらは自分の日常を構成する、愛おしい存在だ。

 そんな愛おしい世界が壊されるのは、動かないソースを見せられるくらい不快で、許せない。

 二層で戦ったボス、リビングアーマーのアグレージに問われたときの答えを、彼は思い出した。今ならあのときと違い、即答できる。

 自分を理解することもまた、物事の効率化に繋がるのかもしれないな、と蓮司は少し満足げに頷くのだった。


「ふふ……十分だよ、それだけでさ」


 ふと思いついて、蓮司はその単語キーを試した。

 期待したわけじゃない。話の流れで入れてみただけだ。


 その単語とは『ryugetsu』、彼の父の名だ。


「……え?」


 複合デコードが始まった。ビンゴなのか……? むしろ困惑してしまう蓮司だ。なぜここで、父の名で?

 そして意味ないと思っていた16進数の羅列は、一つの文字列となった。


”Target_URL: ryugetsu-archives.net/XXXXXXXXsecret_door”


 URLだった。飛んでみると、そこには。


「母さん、見てくれ」

「ああ……、これは」


 モニタにはパスワードを入力せよ、という画面が出ていた。


「父さんのブログの、隠しページへの入口だ」


 蓮司が呟いたのだった。


------------

ブログ解析編、始まります。

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