第3話 日本人初のS級踏破者
(それにしても、まさか俺のゲーム解析が、推しのクロエちゃんを救うことになるとはな)
蓮司がダンジョンに赴いた次の日。
彼は身体を動かしすぎた筋肉痛に悶えながら、居間でコーヒーを飲んでいた。
起きたばかりでもうお昼。昨晩は帰宅してから、すぐにパソコンへと向かって遅くまでゲームの解析をしていたのだ。
(昨日、グレーターデモンのアルゴリズムをリアルに解析できたことで『ダンジョン&マジック』のブラックボックスも一つ開けたし、良いことが続く)
機嫌よく、コーヒーを啜る。
蓮司がこの『ダンジョン&マジック』という神ゲーを通じてクロエの動画を見るようになったのは、すべて一つの動画がきっかけだった。
『ダンジョン&マジック』は、現実のダンジョン配信者(ダンチューバー)たちの間でも人気を博していた。切っ掛けは人気のアイドルダンチューバー『クロエ』が、配信でレビュープレイしたことにある。
『ほら、ここのブルースライムの挙動☆ プルプルだよプルプル☆ きゃー、リアルすぎてちょっとキモ☆』
そのままスライムをツンツンしたクロエは、『衝撃』の魔法にやられて死んだ。現役ダンチューバーが遊ぶその無残な姿がバズり、一日で一億再生を叩きだしたのだった。
そして、その動画の末尾で彼女は言った。
『ブルースライムの動き、ほんっと驚くくらいリアルでした☆ あの子、2回プルプルしたあとによく”衝撃”の魔法を使ってくるんだよ、知ってました皆さん?☆』
――!
その言葉は、まるで雷のように蓮司の心を撃ち抜いた。それはかつて、彼がクロエのライブ配信で主張して、周囲に否定され馬鹿にされたこと。
(わかっている……! この子は、この美しいプログラム『ダンジョン&マジック』の価値を『わかっている側』の人間だ!)
気が付くと小声で、「ふふ……」と笑っていた。それ以来、蓮司にとって『ダンジョン&マジック』は今まで以上に最高のゲームとなり、クロエは唯一無二の推しとなったのである。
『ついに、ついに日本人初のS級ダンジョン踏破者が出ました!』
テレビからの声が、蓮司の意識を現実に引きずり戻す。
今日もダンジョンの話題は人気だ。
匿名ネット、テレビ、SNS、どの媒体でもダンジョンの話題を見ない日はない。
そんな中、このニュースはとびきりの上質ネタらしい。
昨日、ダンチューバーの『城戸ハヤテ』率いる探索チームがS級ダンジョンのウエノ08をクリアしたというのである。
「うん? ウエノ08?」
昨日俺が攻略したダンジョンじゃなかったか?
と、思い蓮司はテレビに注目する。インタビュアーがハヤテにマイクを向けていた。
『実際のところ、ウエノ08のボスは何だったのでしょう?』
『OK、みんなが一番気になっていることだよね。ネットの一部でボスはグレーターデモン? とかいう面白い噂が立ってたみたいだけど』
ハヤテはわざとらしいまでに肩をすくめて、鼻で笑ってみせた。
『――それは残念ながらファンタジーかな。イヤ悪質なデマというべきか。だいたい深層最奥までたどり着ける者が、俺の他にこの日本で何人いるのか、という話でもあるよね。しょせん素人の妄想なんだよ、ああいうのって本当に迷惑でさ。真面目に探索してる俺たちプロからすると、笑えない』
スタジオに失笑が漏れる。ハヤテは満足げに頷いた。
『リアルな話をすると、ボスはポイズンジャイアント。これは俺が、俺のクルーたちと一緒にこの目で見てきた確定情報だ。嘘を嘘と見抜けないと、って言葉があるけど、ならば俺が皆の代わりに真実を見抜く目となるよ、いいかい? 俺を信じて欲しい』
『なるほど! では、戦闘はどうでしたか?』
『そうだな……正直言うと、拍子抜けするくらい簡単だったね』
ハヤテは白い歯を見せて笑った。
『ポイズンジャイアント? あんなの、動きを読めば余裕。毒のブレスも、俺の目には
『さ、さすがです! では、あの鐘の音が鳴った瞬間は?』
『ああ、あれね。正直、あの
ハヤテの目が陶酔したように細められる。
『俺の一撃が奴に決まった瞬間、世界が言ったんだ。「よくぞボスであるポイズンジャイアントを倒した。おまえがナンバーワンだ」ってね。あの鐘の音は、俺のために鳴った。俺だけのファンファーレさ』
テレビ画面の中で、両手を広げるハヤテ。まるで観客の称賛を全身で受け止めるかのようなポーズをとる彼の姿を眺めながら、蓮司はいぶかしんだ。
(ポイズンジャイアントがボス……。俺の観測データと違うな)
蓮司が倒したのはグレーターデモンだ。
攻撃パターン、HPの総量、行動アルゴリズムの複雑さ。どう考えてもグレーターデモンの方が
「……なるほど、そういうことか」
思考の末、彼は一人で納得する。
「これはシステムの『仕様』だな。ダンジョンというプログラムにおいて、公式に記録されるボスは『ポイズンジャイアント』と定義されているんだ。俺が倒したグレーターデモンは、いわば
プログラマーにとって、公式発表(仕様書)は絶対だ。
自分のローカル環境で何が起ころうと、公式に認定されたデータが正史となる。
「危なかった。俺がクリアしたなんて吹聴していたら、『仕様を理解していないユーザー』として笑われるところだった。未実装データを勝手に叩いたとなると、バグ利用と見なされてアカウントBAN(社会的な抹殺)をされかねない」
かつて、上司の書いたバグだらけのコードを指摘して疎まれた記憶が蘇る。正しいことを言っても、システムの管理者(権力者)に睨まれれば終わりなのだ。
「うん、黙っておくのが最適解だ。俺の目的はあくまでデータ収集とアルゴリズムの検証なんだから」
道理で、あの虹色の石はダンジョン入口にあった魔石専門ショップで買い取ってもらえなかったわけだ。バイトの青年に虹色の石を見せたが困惑顔してたっけ。店の奥から親父が出てきて、
「虹色の魔石なんて、見たことも聞いたこともねぇ」
そう一蹴されてしまったものだ。
今にして思えば、この世界のマーケットというシステムではまだ規格外(未登録)のアイテムだったんだろう。なにせ隠し要素かバグの類だ。データベースにない以上、価値はゼロとして扱われる。それは当然の処理といえた。
「公園で開かれてたフリーマーケットにて売り払うことができたのはラッキーだった、あれはシステム外の個人間取引だから、純粋に『見た目の綺麗さ』というパラメータで評価されたんだろう。なるほど、面白い」
その日の稼ぎで食べたチャーハンと餃子の味を反芻する蓮司は、どことなく満足げに頷いた。
――が、それはそれとして、もちろんハヤテが真のダンジョン踏破者であるはずがない。蓮司がボス『グレーターデモン』を倒して鐘が鳴ったと同時に、近くに居たハヤテがポイズンジャイアントを倒したことによる誤解というだけである。
『ハヤテさん! 歴史的ボス討伐の証、ドロップアイテムを見せていただけますか!』
『ああ、もちろん。……これが、S級ダンジョンが俺に与えた“答え”だ』
そう言ってハヤテが恭しく掲げたのは、拳大はあろうかという紫色の魔石だった。
『おお! 小さい欠片でも百万は下らないという最上級のレア魔石ですね、それが拳大サイズだなんて!』
『フッ……S級の頂きに立った者には、相応の“祝福”があるということさ。まあ、俺にとっては見慣れたトロフィーのようなものだけどね』
(そういや、ダンジョン&マジックでも紫魔石が最高クオリティだったか)
苦笑しながら蓮司は肩を竦めた。
だが、ダンジョン&マジックの開発者には、いつか教えてやりたい。グレーターデモンからは虹色の石がドロップするのだぞ? と。それとも、プログラム的ブラックボックスの奥には存在している情報なのだろうか。
「いや、そうか……まてよ? 今回の探索で得た情報をあのブラックボックスに当てはめていくと……?」
蓮司はスマホをポケットから取り出し、簡易エディターを開いた。
彼はいつでも検証できるように、『ダンジョン&マジック』のソースデータや解析中データなどを自分のスマホの中に移してある。
「ここにこのデータを代入して、あそこにはアレを」
ブツブツ言いながらスマホをタップする。
恐ろしいほどの集中力。すでに周りは見えていない。
しばらくスマホを叩いていた蓮司だったが、不意に笑顔を閃かせた。
「やった! これまで見れなかったソースデータの一部が開いた!」
それは、新しい未実装ダンジョンの情報だった。
またもやブラックボックスでわからない部分があるものの、どうやら先の『ウエノ08』よりも高難易度ダンジョンである気がする。
たとえば……そう丁度いま、テレビで流れている映像のような。
「ん?」
蓮司は気が付くままに、テレビを凝視した。
そこには『シブヤ』と世間で呼ばれているSS級ダンジョンの映像が流れている。
それは、よくTVで放送できたな、と思えるほどの衝撃映像だった。大きく揺れる画面の中で、怒声が響き渡る。
『逃げろ!』『だめだ、いまは背を見せられない!』『た、助けて……! うああああっ!』
強敵、巨大ワイバーンが何匹も飛び交っているダンジョン内の広間。
探索者たちが次々と蹂躙されていく。
一度カメラが落ちる。それを誰かが拾い上げ、再び戦闘を映し出す。血飛沫、悲鳴、怒号、焦燥。混沌とした地獄がそこにあった。
『これは……悲劇として知られる“シブヤダンジョン”の取材映像ですね』
アナウンサーが悲痛な面持ちで言うと、ハヤテは目を伏せ、わざとらしく沈痛な表情を作った。
『ええ……、見る度に胸が痛みます。多くの有望な探索者たちが、この場所で夢破れていった。だが、悲しんでばかりでは何も始まらない。誰かが、この絶望に終止符を打たなければならない』
ハヤテはゆっくりと顔を上げ、カメラを真っ直ぐに見つめた。その瞳には、決意の光が宿っている――ように、見えた。
『ウエノ08を踏破した今、その役目はこの俺にあると確信している。だからこそ、宣言させてもらう。俺は、このシブヤに挑む。超難関として名高い、超級ダンジョン『シブヤ』に! ――もう、誰も悲しませないためにね』
おおおおお! と、スタジオ内がどよめいた。
アナウンサーもコメンテーターも、番組の観客さえもが一斉に声を上げたのだ。
『凄い! 凄いニュースです! 日本初のS級ダンジョン踏破に留まらず、ハヤテ氏があの伝説の『シブヤ』に挑戦するとのことです!』
このときの瞬間最高視聴率は、日本のテレビ史の記録を塗り替えた。テレビだけでなく、ネット上でも同時に大騒ぎになっていた。
”Oh! KAMIKAZE!”
”さすがハヤテだ、探索に身を捧げている!”
”日本のスペシャルチームを発足させるつもりらしいぞ?”
”Japan's special team!? Wow, that's fun!”
”誰が参戦するんだろうな、楽しみだ!”
――が。
蓮司はこのとき、なんの感銘も受けずにただダンジョンの映像を見ているだけだった。
いま彼は、そこに映っているすべてにデジャブを覚えている。
それは、クロエの『ウエノ08配信』を見ていたときと一緒の感覚。
敵の動きがわかる。ダンジョンの構造がわかる。全てが頭の中に流れ込んでくる。
「このダンジョン……、たったいま解析を終えた、ダンジョン&マジックの新しい未実装域とそっくりじゃないか?」
超級ダンジョン『シブヤ』。
なるほど、魔物がウエノ08より強そうな上に数も多い。
だが、ここを後回しにしてまずあちらを倒し……、そうか、まずあそこのポイントを攻略してから奥に進んでいけば。
プログラマとしての直感が、最適解を弾き出していく。
「よし、決めたぞ」
次はここに行こう、SS級ダンジョン『シブヤ』に。
そうしたらきっとまた、ブラックボックスを開いていくヒントを見つけられるに違いない。
「このプログラムの先になにが待っているのか、突きとめてやる」
蓮司は嬉しそうに笑うのだった。
◇◆◇◆
「マ、マネージャーさん! ちょ、ちょっとこれ!」
「どうしたのクロエちゃん、そんな血相変えて。可愛い顔が台無しよ?」
とある昼下がり、春空の都内フリーマーケット会場。
仕事のオフで趣味の小物探しをしていたはずのクロエが、マネージャーが休んでいた車の元へと走ってきた。
「これを見てください」
と、車に乗り込みながら取り出したのは、虹色をした小さな石だった。
「あら珍しい色の石。良い買い物をしたわねぇ、クロエちゃん」
「ち、違います初子さん、これただの石じゃないんです」
「え?」
「……魔石、なんですよ」
「魔石? 虹色の?」
マネージャー、初子は「あはは」と笑った。
虹色をした魔石なんか聞いたことがない。ダンジョンが世に発生して約50年、世界のメジャーな記録にもないはずだ。
クロエは初子の笑いに応じず、真面目な顔をずっと崩さない。
「え、ホント? ホントのホンモノに魔石?」
「はい。初子さんも、私の『目』のことは知ってると思いますが」
「えええええー!? 虹色の魔石!? そんなワケわからないものが、なんでフリマなんかで売ってるの!?」
「全身ジャージのおにいさんが昨日売りに来た、って……」
「誰よそれ! 何者なの!?」
「わかりません。……でも、わかりにくいですがこの中には凄い魔力が眠っています。ドロップするとしたら、少なくともS級ダンジョンボス以上の魔物ではないかと」
S級ダンジョンのボスを攻略したのは、この日本ではただ一人のはずだった。
それは今テレビで一番ホットな男、城戸ハヤテ。
そのハヤテですら紫魔石のドロップだったと聞いている。だけどこの虹色魔石、紫どころの騒ぎじゃない。もっともっともっと、凄いものだ。
「……まさかクロエちゃん、そのジャージ男がハヤテさんより強い魔物を倒しているとでも言いたいの?」
「こう言ってはなんですが、ハヤテさんではS級のボスを倒せないと思うんです」
初子はゴクリと唾を飲み込んだ。
確かにここは上野公園。
S級ダンジョンウエノ08があった場所にも近い。
いや、でも。まさか。
「それにほら、私たちを助けてくれた『謎の声』の人」
「謎って……あれはハヤテさんたちだったんじゃないの?」
「ハヤテさんなら、もっと誇っています。私たちを助けた、って。あのときも絶対に姿を消したりはしません」
「それは……」
それは、そうかも。――と初子には答えられなかった。
可能性は認めていても、理性がそれを口にさせない。だって、誰が他に居るというのか。あんなS級ダンジョンの奥地で。
「いったい、何者なんでしょうか初子さん」
だから続くクロエの問いにも答えられるはずがなく、初子は虹色の魔石を眺め直す。
いったい何者か。
そこで西岡蓮司の名を出せる者は、このとき世界のどこにも存在しないのであった。
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ハヤテというライバルポジも出てきました。
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