「その攻略法、デマですよねw」と笑われた俺のブログ。なぜかS級美少女配信者だけが信じて実行している件
ちくでん
一章
第1話 プログラマ・西岡蓮司
世界中のハッカーが挑み、誰一人としてプロテクトを破れなかった孤高のゲームプログラムがある。
『ダンジョン&マジック』。
巷で人気の、アメリカ発リアルタイムダンジョン攻略シミュレーションだ。
魔物の動きは生きているかのように精緻で、ダンジョンの構造は探索のたびに新しい発見があると評判も高い。
戦略性の高さから世界大会も開催され、プロゲーマーすら存在する人気作。
実際のダンジョン配信者にも人気で、「エンタメ性で現実のダンジョンより上」という者すらいる。
このゲームには謎が多い。
開発元のREN社はこれ一作しか出しておらず、開発者も顔を出さない。
中身は高度なプログラム技術の宝庫と噂されるが、その技術を盗もうにも、鉄壁のプロテクトが何者も寄せ付けないのだ。
世界中のハッカーが挑み、誰もが挫折したその難度ゆえに、一部では
――だが、実は一人だけ。
極東の島国にて、その壁を突破するという偉業を成した男がいた。
◇◆◇◆
西岡蓮司、三十歳。元大会社のプログラマにして、現ニート。
彼は今、自室のデュアルモニタ上にて『ダンジョン&マジック』のプロテクトを、また一つ解除したところだった。
今回暗号となっていた認証キーは、開発チームのリードプログラマのインタビュー記事にあったマイナーなSF小説の一節。海外通販で原書を買い求め、一晩で読破した。物語は退屈だったが、キーとなる一文は輝いていた。
”真実はいつも隠れている。闇の中で目を合わせることができた者は幸せだ”
「良い言葉だ」
蓮司はキーボードを打つ手を止めて頷く。このパスコードを選んだ開発者は、よほどのロマンチストに違いない。真実の居る闇の中に、光を当てられると信じている。
「実際のところは光源を持ち込もうとしただけで阻まれることばかりだが……思想は嫌いじゃない」
開発者に敬意を表しつつ、ひと仕事を終えた彼は、左側のモニタで動画配信サイトに飛んだ。
『きゃー☆ レッドスライムの奇襲です!』
映し出されたのはアイドルダンチューバー『クロエ』の、ダンジョン攻略配信だった。
蓮司が見始めた途端、いきなりのピンチ。彼は慌てた。
「あれっ!? もう始まってた!?」
配信開始にはまだ間があるはずだったが、コメント欄を見て察する。どうやら移動中に魔物の群れと遭遇し、急遽配信を早めたらしい。
「くっ……、知っていれば解析を早めに切り上げて、見に来ていたのに……!」
地団駄を踏んで悔しがる。そう、蓮司はクロエの大ファンなのである。
『どんどんレッドスライムが増えてきます! でもクロエにお任せあれー☆』
「いや、その位置取りは悪手だ」
蓮司の指は無意識にキーボードを叩いた。デュアルモニタに解析結果が表示される。
『Pattern:B-3 / Next:MagmaSplash / Delay:+0.2sec / Optimal:→0.5step』
プログラムが弾き出した答え。半歩右が最適解。
『えいっ☆』
クロエの魔法が放たれる。
命中。だが――。
『あちちちっ☆』
やはり。
カウンターのマグマがクロエを襲う。
蓮司の解析通りだった。
彼の解析によれば、あの位置では直後の範囲攻撃魔法『マグマ・スプラッシュ』の回避が0.2秒遅れる。最適解は、半歩右だったのだ。
(……伝えられないのが残念だ。俺はもうチャットができない身だから)
『あちちちっ☆ さすがS級ダンジョン『ウエノ08』、中層になってくると油断も隙もないですねー!』
”すぐヒールしないと!
”肌に火傷あとが残っちゃう”
”浅層が簡単だから初心者向けって言われてるけど、やっぱ奥はさすがのS級って感じだね”
盛り上がるコメントを見ながら蓮司は小さく息をつき、無言でスパチャのボタンを押した。いつも通りに最高額の投げ銭をする。彼は彼女の活動を静かに支える、大勢のファンの一人だ。
『わっ☆ 無言さま、いつも赤スパありがとうございます! 元気出ました、頑張りますね!』
”無言さまは今日も無言”
”目的わからなくて地味コワ”
”まーまーまー。クロエちゃんが潤うのは俺たちの幸せでもある”
『ふふ☆ みんな仲良くしてねー☆』
画面越しの笑顔が、彼のささくれた心を癒していく。自室というダンジョンに引きこもる蓮司にとって、彼女の存在こそが唯一の光だった。
「……よし。今日もクロエちゃんは可愛かった」
配信が終わった。
蓮司は満足げに頷き、エンディングを迎えたモニタから視線を外す。
デスクの上にはエナドリの空き缶が転がるが、キーボードとマウス周囲だけは塵一つない。そこが彼の聖域だ。
三年前、蓮司は会社を追い出された。原因は上司のミスを指摘したこと。
『バグを作ったのは課長です』
そう言った瞬間、彼の運命は決まった。正しいことを言っても権力を持つ者の機嫌を損ねれば終わり。それが社会のシステムだった。
(なるほど、このシステムは非効率だ)
課長の行う嫌がらせに付き合うのも面倒になり、当面の生活費はあることもあって、以来彼は会社に行かなくなった。
好きなゲーム『ダンジョン&マジック』の解析に没頭し、関連動画として流れてくるダンジョン配信を眺める日々。
食べて、寝て、解析し、時に身体を鍛える。そんな生活の中で蓮司は気づいたのだ。
『ダンジョン&マジック』の魔物と、配信者たちが戦う現実のダンジョンの魔物が、同じ
最初は半信半疑だった。
遊びで、動画配信中に呟いていただけだ。「この魔物、次は飛ぶぞ」などといったように。しかし、その予想がことごとく当たる。
なんどか繰り返しているうちに確信となった。
これは事実だ。魔物たちの動きは、ゲームと一緒。間違いない。
先ほどの的確な予測も、この知識に基づいているのだった。
かつてこの発見を使い、クロエの配信中に魔物の次行動を指摘していたことがある。
”凄いな。なんで魔物の動きを正確に予想できるんだ?”
好奇心から訊ねてきた視聴者に、蓮司は答えた。「ゲームで魔物の
すると皆は一斉に笑い出した。
”65535通りのパターン? そんなの覚えられるわけないだろ、嘘松乙ww”
”リアルとゲームを一緒にする奴、おりゅ?www”
笑われる理由がわからない。
65535パターンの記憶など、好きなことに関しての集中力と記憶力に優れた彼にとって問題にもならなかったし、行動パターンを実際に言い当てる事実も見せた。
反論するなら論理ですべきだ。なぜ皆、感情だけで笑うのだろう。
――そんな中、クロエだけが違う反応をしてくれた。
彼女は蓮司のコメントをただの荒らしと決めつけず、実際に試してくれたのだ。そして、驚きと喜びの声を上げた。
『キャッ☆ ホントだ、レンさんが言った通りに動く!☆」
その言葉は、雷のように蓮司の心を撃ち抜いた。
検証し、理解し、応答する。それは、蓮司が会社で拒絶された、純粋な『対話』そのものだったからだ。
彼女の行為は、単に場の空気を読んでのフォローだったのかもしれない。だが、それでも彼女は『対話』という建設的な選択をしてくれた。
それが切っ掛けで、蓮司はクロエに心酔した。
このとき彼はクロエの『優しさ』に救われたのだが、その自覚はない。
それでも、この出来事は彼に多大な影響を与えた。
「これ以上は、彼女の配信を荒らすだけだ」
と、ほんの少し相手のことを考えられるようになったのだった。
以来、蓮司はクロエの配信へのコメントを控え、ハンドルネームを変えて無言でスパチャを送るだけの一ファンとなった。
静かに赤スパだけを置いていく彼は、いつしか『無言さま』と呼ばれるようになったのだ。
「カップメンでも作るか」
ザ・シーフードにお湯を入れてから、蓮司はキーボードに手を乗せた。
3分間、ゲームの解析も並行して進める。
蓮司の指がキーボードの上を踊り、モニタにコードが流れる。
一つの時間を二車線で使う行為は、効率的で美しい。
効率的で美しいといえば、彼が解析中の『ダンジョン&マジック』のプログラムも同じだった。
画面に表示される16進数の羅列。
その奥に潜む、美しい構造のソース。
今日も『ダンジョン&マジック』の解析に精を出す彼だ。
未だ残るプロテクトの奥に潜むブラックボックス(解析不能域)が、彼の探究心に火を点けていた。彼の解析能力を以てしても、あと一歩届かない。
その深淵さがむしろ楽しくて、蓮司は機嫌よくキーボードを打つ。
「……普通はアクセスコードに癖があるものなんだがね」
これまで数えきれないほどの『扉』をこじ開けてきた。
それは単なるパスワード破りではない。開発者との、静かで、しかし熱を帯びた対話そのものだった。
最初の壁は、開発元の住所を暗号化した文字列。これは挨拶代わりだ。
次に出てきたのは、円周率の小数点以下50桁目から10桁を素因数分解した数字の羅列。なるほど、数学が好きなのか。ならばこちらも、オイラーの等式を基にした鍵で応答する。
多岐に渡る分野からパスワードを集めてきては、回答していく。
これは、もはやハッキングではない。考古学に近い。
無機質な0と1の羅列という地層を掘り進め、そこに隠された開発者の思考、哲学、そして遊び心という名の『化石』を発掘する。その瞬間の歓喜こそが、蓮司を三年間も突き動かしてきた原動力なのだ。
だが、今対峙しているこのブラックボックスは、これまでとは明らかに異質だった。
暗号化のアルゴリズムは前人未踏の領域。下手に手を出せば、こちらの攻撃を逆用して焼き払ってくる。
それはもはや、人間が作ったプログラムとは思えなかった。
自己進化する生命体。あるいは、神が残した設計図の一部。
だからこそ、蓮司は笑う。
指が灼けるような速度でキーボードを叩きながら、彼の口元には歓喜の笑みが浮かんでいた。
(面白い……面白いじゃないか!)
常人には理解不能なコードの奔流の奥に、彼は確かに『それ』の息遣いを感じていた。
この神の如きプログラムの心臓部に、この手で触れてみたい。
その純粋で狂気的な探求心こそが、西岡蓮司という男の本質だった。
ボサボサの髪がモニタの光を反射する。
万年ジャージ姿。
太ってるわけではなくむしろ筋肉質な細身なのに、どこか病的に見えるのは、モニタを見ながら眼鏡をクイと上げる仕草が、あまりにプログラマのそれだからか。
「よし、3分」
突然の切り替え。
カップ麺に一瞬で意識を移せるのも、ある意味で超人的だ。
蓮司がコンマのズレもなく蓋を開け、麺を啜ろうとした、そのとき。
『ヤバババです☆ テレポートトラップに引っ掛かって、深層に飛ばされてしまいました!』
クロエの悲鳴と共に、臨時配信が始まった。
”ウエノ08の深層ってSクラスだろ? テレポトラップはヤバくないか?”
”あそこってテレポあった?”
”初めて聞いた、ヤバいぞ”
コメント欄が騒然となる。
クロエが飛ばされたのは報告例のほぼない、ダンジョンの深層だったのだ。
「クロエちゃん!?」
蓮司も思わずモニタに掴みかかったが、すぐ冷静さを取り戻しネット検索を始める。マップだ。まずは飛ばされた先を把握する必要があるだろう。
――が。
”マップ、誰かマップを!?”
”バカ! S級の深層マップなんか誰も持ってねーよ!”
検索結果は振るわない。ダークウェブまで潜ったが、得るものはなかった。
(……くっ!)
歯噛みする蓮司。モニタでは苦戦するクロエチームの配信が流れたままだ。
「クロエちゃん、魔物に攻撃が通りません!」
「ダメです☆ 深層の魔物は硬すぎます! 逃げましょう!」
クロエが判断し、クルーのフォローに入って逃げる隙を作る。
「でもマップがないと、どこへ逃げればいいか」
「ともあれ通路へ! こんな広間で囲まれたら死んじゃいます!」
クロエを先頭に、広間を駆け抜ける彼女たち。
だが通路には、より強力な魔物が待っていた。
「私が隙を作ります。その間に脇を駆け抜けて!」
ネットで話が拡散したのか視聴者が倍増し、コメント欄は悲鳴で溢れかえる。
”逃げてクロエちゃん!”
だが、逃げるほどに新たな魔物がリンクしていく。さながらトレイン状態だ。
蓮司は爪を噛んだ。
「違う、違うんだクロエちゃん…! そっちに逃げてはダメだ!」
躊躇いながらも、彼は久しぶりにチャットを打つ。
”その巨大ワイバーンの移動アルゴリズムは『A*(エースター)』じゃない、『ダイクストラ法』だ! 最短経路だけど処理が重い! 攻撃の予備動作が大きくなるんだから、そこを突いて回避しないと”
反応したのは、他の視聴者だった。
”無言さまが喋った!?”
”あれ、こいつ前に指示厨してたレンじゃね?”
”名前変えてたのか。てか、こんなときにまたそれかよ!”
もちろんクロエはコメントに反応する余裕などない。
『こっちもダメだわ、クロエちゃん!』
『あぶないです! 皆さん、固まって!』
彼女をフォローするスタッフも優秀な探索者たちだ。しかし、このS級ダンジョン『ウエノ08』深層の魔物は、そんな彼女らにとっても脅威だった。突然テレポーターで飛ばされた状況で、パニックに陥っていないだけでも大したものだ。
「くっ……! チャットで伝えるのは難しいか!?」
クロエに声は届かない。この非効率な流れは、最適化されていないソースコードのようだ。このままではエラー、すなわちクロエの死しか待っていない。
戦闘で大きく揺れる画面の中、スタッフたちが次々負傷していく。
『ダメダメ大ダメージ☆ きゃああああーっ!』
そのとき、蓮司の頭に不意の疑問がよぎった。――なんで俺は、正解がわかるのだ?
なんだろう、この感覚は。
この通路の構造、天井の高さ、曲がり角の角度……。まるで、何度も歩いたことがあるかのように、マップが脳に焼き付いている。俺は、ここを知っている?
見覚えなんてあるはずがない。彼は現実のダンジョンに無縁の生活をしていたのだから。
――だが。
”クロエちゃん、その曲がり角を右に。魔物が入れないセーフティーエリアがある”
気がつけば蓮司はコメントを入力していた。確信があった。絶対そこに、セーフティーエリアがある、と。
”またおまえかよ!”
”しったか乙! 無言さまは黙ってろ!”
コメントが増える間にも、魔物はさらに集まってくる。
”ウエノ08の深層とか、やっぱSランクなんだ!”
”もうだめだ!”
蓮司は唇を噛んだ。
なんとかして、彼女にこの情報を伝えなければ。――そうだ。これがある!
最大スーパーチャット。文字を目立たせるだけでなく、電子音声で喋ってくれる特殊機能。非常に高価で使う者もほとんどいないが、今こそ使う時だ。
”走れ。そこを右だ。すぐにセーフティーエリアがある”
ピココン、と文字と読み上げ。
今月分の食費が一瞬で消える。だが躊躇はなかった。必要な投資だ、クロエちゃんが消えたら、俺の日常が壊れる。
『わ、わかりました。み、右ですね!?』
蓮司の言葉が伝わった彼女は、スタッフと一緒に通路を右に急いだ。
”うおおおお、本当にセーフティーエリアだ!”
”マジかああああ!”
”なんだおまえ、神か!?”
蓮司はホッと息をついた。
「……よかった。本当によかった、クロエちゃん」
クロエたちが座り込み、安堵の息をついてる画面がしばし流れ。
そのあいだ配信画面を凝視していた蓮司は、なるほど、と呟いた。
――そうか、このウエノ08深層は、『ダンジョン&マジック』の『未実装エリア』にそっくりだったんだ。
彼が独自に解析したソースの中にだけ存在する、未公開のマップ。開発者を除けば、世界でこのマップを知るのは蓮司だけだった。
『ありがとうございます、えっと……無言さん、じゃなくてレン、さん……なんですよね?』
だが集中を始めた今、蓮司の耳には推しであるクロエの声すら届いていない。
彼は配信映像に心を奪われていた。
「そうだ、あのモニュメントはゲームデータにもあった……。だが、そこに『紋様が刻まれてなどいなかった』」
紋様――モニュメントに刻まれたそれは、ある2進数だった。
キーボードを叩いてそれを解析すると、暗号キーが浮かび上がってくる。なんてことだ、まさか――。
「まさか、『ダンジョン&マジック』のブラックボックスを解析する鍵が、現実のダンジョンの中にあるだなんて……!」
”やるなおまえ!”
”命の恩人!”
”クロエちゃんを救ってくれてありがとう!!”
山のような感謝の言葉も、彼の目には入らない。
さっそく暗号キーを使って、ブラックボックスを解析する蓮司。しかし解析した先には、また新たなブラックボックスがあった。
だが、蓮司は燃える。この三年間、心血を注いできた『解析』に大きな進展があったのだ。
(この先の鍵も、リアルダンジョンの中に……?)
彼は確かめずに居られなかった。
なので、配信を止めることも忘れて部屋を飛び出していたのだった。
――『ウエノ08』に向かって。
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今回の新作、1話毎が平均6000文字を超えています。しゅまん!(´・ω・`)
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