時をさかのぼった兵士が絶望の未来を塗り替える
逢須英治
第1話 プロローグ
コンクリートと鉄骨でできた空間・元物流倉庫跡地に、12人の人間と一匹の鯨偶蹄目マイルカ科の海獣がいた。
彼らは武器・弾薬・エネルギーパック・防護具・マルチゴーグル・そして応急処置キット(IFAK)などの装備品を各自、万全か確かめていく。
全員が明日のパトロールに使う装備のロードアウトチェックを終えたら、矢浪はチームに解散を命じた。
矢浪は隊員が外し、まとめた装備に「チェック済」のテープを張りながら伝える。
「明日の作戦、残念ながら接敵した場合はまた戦闘になるだろう。何というか今日は悔いが残らないことをしておいた方がいいぞ!」
すると、若い隊員達はニヤニヤして「風俗に行けってことですか、隊長?」と馬鹿笑いを始める。
「じゃあ僕はマグロを20キロ食べようかな!」
デジタルボイスでシャチのディマジオがそういうと隊員が口笛を吹く。
「本当はセイウチが食べたいんだけど先月同盟を組んだから食べられないんだよね」
これで他の隊員は残らず爆笑し、「ナイスシャチジョーク!」と絶賛した。だがディマジオは大きくため息をつくと、一人で海につながるスロープに行き、ウォークマシンを外してその巨体を海水に投げる。
大きな水しぶきをあげ、アクアライン近くにある家に帰宅していったのだ。
矢浪はいまだに海洋哺乳類の取り扱いに困っている。
知性化を促す〈L粒子〉が最も劇的な変化をもたらしたのは海洋哺乳類であった。〈L粒子〉は脳のサイズに強く反応し、脳が大きいほどに高い知性化をもたらしたのである。特にエコロケーションを使う種は、機器なしにネットワークにアクセスするなど脅威的に進化を遂げていたのだ。
矢浪の後ろのEVセダン車〔サークレット〕がライトをパッシングしながらデジタルボイスで云う。マシン族のトラヴィスからも一言あるようだ。
知性化し意志を持った自動車、ロボットを最近は一緒くたにしてマシン族と呼ぶというのが流行だ。
「今のディマジオの言葉はジョークじゃないですよね? 本当に食べたいんでしょうね」
「ああ、そうだな。しかしそれを説明するとディマジオにいらない恥をかかせることになるかもしれない。シャチ族は妙なところでプライドが高いからな」
「あ~、それは人間でいうところの『地雷』ってやつですね」
「ああ、そうだな。ところでトラヴィス、マシン族はマシン族で連携を頼むぞ。4台、いや4人は出動してもらわないと作戦が成立しない」
「了解しました。と、言いたいところですが、3人のオーバーフォールが今夜いっぱいかかります。徹夜ですよ!」
いや、マシン族は睡眠いらないじゃねえ~か!
と突っ込みたかったが、マシン族は人間と差別されると怒りだす「地雷」がある。なので矢浪は「たのんだぜ!」というだけに留めた。人間の味方をしてくれる阿相インダストリーズのロボットが減る中、協力的なマシン族は貴重な人材なのだ。
ふと矢浪は、阿相インダストリーズの人間が高校の時にクラスにいたことを思い出す。
だが、高校の時の記憶はあいまいなことが多いので、気を引き締め、現実に集中する。
死人はなるべく出さない。これが今自分がすべきことだ!
明日は定期的に行われる、大田区から江戸川区の広域の東京湾周辺のパトロールを12チーム合同でやるのだが、最近は必ずと言っていいほど戦闘が起きている。そして命を落とす者も出ていた。
ハッカーの情報ではいま最も過激な【プラス】武装集団〈カーマイン〉と遭遇する確率が高いのだ。
装備のチェックを終えると矢浪は休む間もなく、所属する組織〈グリーンホーン〉の中央保管施設の地下に向かう。
幹部の一人・
矢浪はいまなお最前線で部隊を指揮しているが、組織として古参である。軍隊的には伍長的なポジションだ。兵士としての功績が多いが〈グリーンホーン〉ではスキルの有能さで階級が決まるので、矢浪の様に正体不明のスキルでは出世できないのである。
危険で報酬も少なかったが、矢浪は今仕事を放棄する気はない。
ハワイ系の【プラス】武装団体と、シャチ・セイウチ・スジイルカの海洋族、SHIRATOの製品で構成されたマシン族が合流し〈グリーンホーン〉が大きくなり、混沌としていく中で、今現場を離れることは組織の崩壊を招くという思いが強かったのだ。
〈グリーンホーン〉は間もなく自衛隊を凌ぐ、日本最大の武装集団となる。
2054年に透明な隕石カイロスが地球に分裂して落下、あらゆるモノに知性化をもたらす〈L粒子〉を広域に散布したのだ。
〈L粒子〉の影響で地上の生物・機械が大きく変化していったのである。
〈グリーンホーン〉は当初は〈L粒子〉で能力を得た【プラス】が互いに身を守り合う市民グループであった。
が、時代は複雑に混迷を深めていく。国・民族・宗教・動物・機械がそれぞれに主張をし合ったために、大きな無秩序状態を招くことになったのである。
カイロス落下の影響でこれまでに1950万人以上が命を落とし、一時は戦国時代さながらの群雄割拠の様相になっていた。
矢浪は〈グリーンホーン〉の結束を強めたいと思うと同時に疲れ果ててもいた。この終りの見えない〈L粒子〉がもたらした混乱に出口があるのか、最近はそればかり考えていたのである。
戦いで失った部下の事を思い出すと心が砕けそうにもなる。
井伊塚正蔵総括もかつては〈L粒子〉による人類の迷走に心を砕いていたが、最近は何を考えているのかわからない。
昨今では矢浪から井伊塚に面談を申し出ても都合が合わなかったが、今日は違った。
井伊塚から〈グリーンホーン〉の実行部隊本部に来てくれるというのだからありがたい。
しかし落ち合う先が中央保管施設というのは妙だとは思う。あそこはすでに使わなくなった〈L粒子〉関連の老朽化した武器が暫定的に保管されているだけだ。
歩いて12分――約束の中央保管施設の地下三階に降り立った。
そこに井伊塚正蔵はまだ来ていない。
だが棺桶のような大きさのボックスの上に、端末らしき装置がありランプが点滅していた。
矢浪はその端末が何であるのか気になり、つまみ上げると突如起動する。
それは古い3D通信機であった。通信機から立体映像が自動的に投影された。
「な、なんだこれは?」
立体映像で映ったのは、40歳半ばの豪華なスーツを着た灰色の髪の男であった。その風貌は精悍と言っていい。
2056年から17年の付き合いになる井伊塚正蔵である。
「なんだ? なんで映像でつないでいるんだ? これなくなったのか?」
「いいや。最後くらいはやはりお別れしようと思っただけなのだ。あと結局おまえの【プラス】の能力がわからず残念だったと伝えておこうと思ったのだ」
矢浪は井伊塚の様子がおかしいことに気づく。
「何が言いたいんだ、井伊塚?」
「そこの箱の中には私の〈スフィアフィールド〉で閉じ込めた核爆発があるのだ。今からそれを解除する!」
「なに!? こ、ここを吹き飛ばすのか」
「ああ、君には核爆弾を〈グリーンホーン〉の拠点に持ち込んで爆発させた汚名を着てもらう。さらばだ!」
「なんだと? い、いったい何のために!?」
矢浪は意味が分からなかった。だが井伊塚は昔から時折突然常軌を逸した行動に出ることが度々あった。
嘘だろう、本当に自分は死ぬのか!? しかも、大勢の〈グリーンホーン〉の仲間も巻き込んで!
突然の絶望に思考できなくなると、まもなく視界の全てが白く染まった。
井伊塚のスキルで閉じ込められた核爆発が解放されたのだ。
矢浪は41歳の人生を唐突に終えた。
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