2 不死の王

 突然の轟音や立つのもやっとな地震にハロウィンを楽しんでいた人たちやメアたちが慌てる中、地面のあちこちから青白い炎が噴き出す。


 青白い炎はなぜか熱くないし燃えないが、急に火柱なんて驚くし危ない。


 それに大きな音はやんだけど地震が起きている。

 演出だかなんだか知らないが、こんなことをやっている場合じゃないだろ運営。


 メアは内心で悪態をついた。


 意味不明な青白い炎と収まらない地震とで、周囲から悲鳴が上がる。


『君! その子の天使の装いを外せ! 天使と人間の取り合わせなど、死霊たちをおびき寄せるだけだ!』


 切羽詰まる声でメアに叫んだ彼が、


『冥界の門が開いて救いと魂を求める死霊たちが一斉にやって来たと分かるだろう! 私が抑えていたというのに、なぜ私がここに居るのかは分からないが!』


 訴えるように必死に叫び、その隣で噴き出した青白い炎が人のような形になって──


『状況が把握できていないようだから説明するが、死霊は我を忘れている者が大半だ!』


 漆黒の翼で叩くように青白い炎を消し飛ばす。


『姿を形作る前に形を崩せ! また集まって姿を形作るから油断するな! 解決策ではなく対処法だが、何もしないより被害を抑えられるはずだ! 今の私では能力もまともに使えない! 空腹のせいもあるだろうがな! 食べ物の借りは後ほど返す!』


 数枚残っていたクッキーを呑み込むように食べきった彼は、漆黒色をした皮膜の翼を大きく広げて鋭く羽ばたかせ、人の形になりかけていた近くの青白い炎をまとめて蹴散らした。


 酔っぱらいのたわ言だと片付けるには状況が状況で、何かの演出やパフォーマンスにしてもやりすぎだ。


 メアは狼狽えている姫子に「ごめんあとで弁償するね!」と真っ白な翼と頭の上にある『天使の輪』の飾りをもぎ取るように外す。


『どこマで本当か分かんナイけど! その格好がコスプレだとしてモ! アンタはマジのヴァンパイアだって判断するカラね?!』


 彼に大声を向け、友人たちに青白い炎は危険だから蹴散らせと伝えるメアに、


『こすぷれとはあれか?! 私が扮装していると思っていたのか?! 君が言った通りにヴァンパイアなんだが?!』


 彼は驚いたように真紅の目を見張って叫び返し、人型になりかけている青白い炎を漆黒の翼で消し飛ばす。


『ジャアもう名乗りでも挙げロよ! 格好つくだろ! 実名でも役名デモなんでもいイけど!』


 メアも次から次へと人の形を取ろうとする青白い炎を翼を叩きつけるようにして蹴散らし、怒り半分の怒鳴り声で聞いた。


『だから言っているだろう! 私はヴァンパイアだ! 同族なのに私の容姿も名も知らないのか?! 一体どういう状況なんだ本当に!』


 混乱している彼の言葉に、メアは舌打ちしたくなる。


 ヴァンパイアの一族、ヴァンパイアの祖とされる不死の王。

 幻想の存在とされていた者たちを『人間』にするために冥界に堕ちたと学校で教わり、身内からも色々と伝え聞くその名前が──


『ヴァンパイアさん! ちょっト聞くけど!』


 周囲の人たちや警備も青白い炎を蹴散らすことに専念し始め、彼らを横目にメアは声を張り上げた。


『アンタが回復して力が戻れば『死霊たち』を一掃できるってことデ合ってる?!』


 演出や何かのパフォーマンスではない。

 本当に異常事態が起きていると周囲に伝えるためにも、メアはあらん限りの大声で叫ぶ。


『扉を閉じることは無理だろうが、一時的に抑える程度なら、』

『それじゃあたしの血で回復して!』


 姫子も含めた友人たちは会話が聞き取れないためか狼狽え、彼も動揺したように動きを止めた。

 彼が動揺したのは、恐らく別の理由だ。


 動きが止まった隙を突くように青白い炎が彼の後ろで人型になり、


『見ての通り、あたしはヴァンパイアの血を引いてンノよ! アンタの血族ってやつだよ!』


 声を張ったメアは翼を素早く仕舞って地面を強く蹴る。

 勢いをつけて距離を詰めたメアの右拳が、彼に襲いかかる動きを見せた『死霊』の頭を撃ち抜いた。


 近付いた際の突風と頭を撃ち抜いた勢いで青白い炎は消し飛び、背後に迫っていた危機をメアの力で回避できたと理解した彼は、苦虫を噛み潰したような表情になる。


『……助かった、ありがとう。だが、今の力を見るに、君が純血ではないことも分かったから──』

『つべこべ言ってなイで回復しろ! この騒動を収めろ救世主!』


 救世主。

 その言葉を受けてか泣きそうに顔をゆがめて何か言いそうになった彼の口に、メアは左腕をぶつけるように押し当てた。


 ヴァンパイアの吸血行為は基本的に、食事か同族を増やすか眷属を作るためのもの。

 最初から同族である存在への吸血行為は、回復や能力増強のために力を分けてもらうことを意味する。


『食えって言ってんじゃないからね! 血が混ざってんなら最初から同族で眷属みたいなもんでしょ! 回復アイテムとして早く血を飲め!』


 友人たちや他の人たちにはさせられない。

 たとえこれが演出やパフォーマンスだとしても、……だったらなおさら自分がやらなければならない。


『早くしろ救世主! アンタが大昔に体張ったおかげで、大勢の人たちが助かったんだよ! だからみんなアンタのことを救世主って教わるんだよ! もう一回救世主になれヴァンパイア!』


 怒鳴るメアが左腕を強く押し当てると、泣きそうな表情になっていた彼は覚悟を決めたように真紅の目を鋭く細め、メアの腕を掴んで牙を立てた。

 牙を立てられ噛まれても痛みはなく、瞬きの間に体力や気力がごっそり持っていかれた感覚だけが残る。


『本当に助かった』


 ふらついたメアの肩を支える彼が、静かな口調で告げてくる。


『これで一晩は確実に抑え込める』


 メアを抱えてしゃがみ込んだ彼は、地面に片手をかざした。


 彼の赤い瞳の中で青白い光が浮かび上がったかと思うと、目の中にあったはずの虚ろな炎は彼の全身を包み込む。


 抱えて支えられているメアは熱くも燃えることもない。

 虚ろな炎に包まれてか白銀の髪が炎と同調するように揺らぎ、彼本人も陽炎のように揺らめく。

 メアは頭を支えられた姿勢で、不死の王かもしれない彼を見上げていた。


 貧血になっているのだろう、上手く回らない頭でメアが思ったことは、


 ──これでハロウィンの余興とか言われたら、運営と一緒にあとでぶん殴ってやるからね。


 まっすぐ前を向いているようでどこも見ていない彼の、無に近い真剣な表情が嘘ではないと祈りを込めた皮肉だった。


『君のおかげだ。世界中で救いと魂を求めている死霊たちを、扉の奥に──冥界に戻してやれる』


 虚ろな炎に包まれている彼が静かに声を発すると地震の揺れが収まっていき、あちこちで噴き出し人型になろうとしていた青白い炎も鎮火するように小さくなっていく。


『天使たちと聖戦でも起こすつもりか。天に向かうための救いと魂を求めるならば、今一度冥界で頭を冷やせ。私も状況を把握したらすぐさま戻る』


 彼が静かに話している間に、地震の揺れは完全に収まり、青白い炎も消えていた。


『お前たちの安寧を必ず取り付けてみせる。……待っていてくれ』


 祈るような静かな呟きと共に彼がまとっていた虚ろな炎は立ち消えるように消え、彼の真紅の瞳の中にも虚ろな炎はなくなっていた。


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