【SF短編小説】星を食む少女と最後の花 ~銀色の葬送者は少年と微笑む~(約19,000字)
藍埜佑(あいのたすく)
序章 星を食む者
宇宙には、死が満ちている。
それは暗黒の虚空に漂う冷たい岩塊の群れであり、燃え尽きた恒星の残骸であり、かつて文明が栄えた惑星の凍てついた地殻である。しかし死は終わりではない。死は変容であり、循環であり、新たな始まりへの扉である。
少なくとも、星喰いたちはそう信じている。
恒星が寿命を迎えるとき、その内部では複雑な過程が進行する。
水素の核融合が終わり、ヘリウムが燃え始め、やがて炭素、酸素、珪素へと反応は進む。鉄の核が形成されると、もはや融合は起こらない。重力に抗う力を失った恒星は、自らの質量に押し潰されるか、あるいは外層を宇宙空間へと放出しながら膨張し、赤色巨星となって周囲の惑星を呑み込んでいく。
それが自然の摂理であり、宇宙の定めた秩序である。
しかし、その死が乱れることがある。
恒星の死は莫大なエネルギーを放出する。超新星爆発は一つの銀河に匹敵する光を放ち、ガンマ線バーストは何千光年もの彼方まで殺戮の光を届ける。その衝撃波は周囲の星間物質を吹き飛ばし、形成されかけていた星雲を散らし、生まれるはずだった星々の揺り籠を破壊する。
死が死を呼び、破壊が破壊を連鎖させる。
だから、星喰いが生まれた。
彼らがいつ、どのようにして生まれたのか、星喰い自身にもわからない。
宇宙が若かった頃、最初の恒星たちが死に始めた時代に、その死を整える存在として現れたのだという者もいる。宇宙そのものの意思が、自らを守るために生み出した免疫機構なのだという者もいる。
真実は誰にもわからない。
ただ、星喰いは存在し、その使命を果たし続けている。
その使命は死にゆく恒星の光を食べること。
その死を穏やかなものにし、解放されるエネルギーを自らの体内に取り込み、長い時間をかけて熟成させ、やがて新しい星の「種」として還すこと。
星喰いは宇宙の葬送者であり、産婆であり、循環の守り手である。
しかし、星系に住む知的生命体にとって、星喰いの訪れは終焉の宣告に等しい。
彼らの故郷の太陽が食べられれば、光は消え、熱は失われ、世界は闘と冷気に沈んでいく。だから人々は星喰いを畏れ、憎み、「死を運ぶ者」「滅びの使者」と呼んで忌み嫌う。
星喰いたちは、誰にも感謝されることなく、孤独に宇宙を渡り続ける。
それが、彼らの宿命であり、宿痾でもある。
◆
ルーチェは、宇宙の片隅で生まれた。
星喰いに「誕生」という概念がどれほど当てはまるのかはわからない。
ある日、彼女は突然在った。
意識があり、使命を知り、宇宙を渡る力を持っていた。
他の星喰いたちと同じように。
見た目は人間の少女に似ている。銀灰色の髪は星明かりを受けて淡く輝き、瞳は光そのものを含んでいるかのように透き通っている。年齢という概念は星喰いには存在しないが、人間の尺度で言えば十四、五歳ほどに見えるだろう。
しかしルーチェには、他の星喰いにはないものがあった。
問いである。
最初の「食事」を終えたとき、ルーチェの中に奇妙な感覚が生じた。食べた恒星は小さな黄色矮星で、周囲には三つの惑星が回っていた。そのうちの一つには、かつて知的生命体が住んでいた痕跡があった。廃墟となった都市、朽ちた建造物、砂に埋もれた機械の残骸。
彼らは、どこへ行ったのだろう。
逃げ延びたのか。それとも、太陽が衰える前に別の理由で滅んだのか。
最後の瞬間、彼らは何を思ったのだろう。
その問いは、ルーチェの中で小さな棘のように刺さったまま、消えなかった。
次の星を食べたときも、その次の星を食べたときも、問いは増え続けた。
この光を放っていた恒星を見上げて暮らした者たちは、どんな物語を紡いだのだろう。どんな愛を育み、どんな悲しみを知り、どんな希望を抱いたのだろう。
他の星喰いたちは、ルーチェを奇妙な目で見た。
星喰いは感情を持たない。
問いを持たない。
星を食べ、種を還し、次の星へ向かう。それが存在の全てであり、それ以上でもそれ以下でもない。疑問を抱くことは、使命を疑うことであり、存在そのものを揺るがすことである。
「お前は欠陥品だ」
星喰いの長老——彼らの中で最も古く、最も多くの星を食べてきた存在——は、ルーチェにそう告げた。
「問いを持つ者は、やがて食べられなくなる。食べられなくなった星喰いは、存在する意味を失う。意味を失った存在は、消える」
「消える?」
「宇宙に溶ける。塵となり、光となり、やがて何者でもなくなる。それが、問いを持つ者の末路だ」
長老の言葉は警告だったのか、それとも単なる事実の告知だったのか。星喰いには感情がないはずだから、おそらく後者だろう。
ルーチェは、自分が何者なのかわからないまま、宇宙を渡り続けた。
問いを抱えたまま。
答えを見つけられないまま。
◆
カリス星系の太陽が衰え始めているという報せを受けたのは、ルーチェが三十七番目の星を食べ終えた直後だった。
星喰いたちの間には、言葉を介さない情報共有の手段がある。宇宙のどこかで恒星が死に近づくと、その情報が波紋のように広がり、最も近くにいる星喰いがその任務を引き受ける。
カリス星系は、天の川銀河の辺縁部に位置する小さな恒星系だった。中心にあるのは黄色矮星で、質量は太陽の〇・九倍ほど。主系列星としての寿命を終え、赤色巨星への移行が始まっている。
通常であれば、あと数百万年は保つ段階である。しかしカリスの太陽は、内部の対流層に異常が生じていた。ヘリウム殻燃焼が不安定になり、脈動変光星のような挙動を示し始めている。このまま放置すれば、数十年以内に制御不能な膨張を起こし、惑星系全体を巻き込んだ破滅的な終焉を迎えるだろう。
ルーチェは、カリス星系へ向かった。
星喰いの移動は、人間の理解を超えている。光速の制約を受けず、空間そのものを折り畳むようにして、宇宙の果てから果てへと渡ることができる。その原理は、星喰い自身にもわからない。ただ「行こう」と思えば、そこに「在る」。
カリス星系に到着したルーチェは、まず太陽の状態を確認した。
予想通り、状態は深刻だった。表面には巨大な黒点が複数形成され、彩層からは不規則なフレアが噴き出している。光球の温度分布は不均一で、対流セルのパターンは乱れている。コロナには異常に高温の領域があり、そこから太陽風が激しく吹き出していた。
あと数十年。いや、数年かもしれない。
食べなければならない。
しかし、ルーチェは奇妙な反応を感知した。
星系内の第三惑星——かつて「エオス」と呼ばれた居住惑星——に、まだ生命反応がある。
それは異例のことだった。
星喰いは通常、知的生命体が去った後の星系を訪れる。彼らは恒星の衰えを察知すると、何世代もかけて移住の準備を進め、やがてその星系を離れていく。星喰いが到着する頃には、惑星は空っぽになっている。それが普通である。
しかしエオスには、まだ誰かがいた。
たった一人。
なぜだ。
なぜ、逃げない。
なぜ、死にゆく星に残る。
ルーチェの中で、また新たな問いが生まれた。
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