7番線ホームからは帰れない ──23:58、カウントダウンが君を呼ぶ──

ソコニ

第1話 最初の5人

1

23時58分。ホームに響くアナウンスは、カウントダウンだけを繰り返していた。


「2分後、7番線に到着します。ご乗車をお急ぎください」


だが、この駅に7番線は存在しない。


黒崎は改札を抜けた瞬間、違和感を覚えた。いつも使う駅のはずなのに、照明の色が違う。蛍光灯の白ではなく、黄色く濁った光がホーム全体を覆っている。


「ねえ、ここ、どこ?」


甲高い声が背後から聞こえた。振り返ると、高校生くらいの少女が立っていた。制服姿で、大きな瞳を不安そうに揺らしている。


「駅だろ」黒崎は冷たく答えた。「お前も乗り遅れたのか」


「違う、私、確かに改札通ったのに——」


「静かに」


低い声が割り込んだ。30代半ばの女性だ。地味なベージュのコートを着て、髪を一つにまとめている。彼女は黙ってホームを見渡していた。


「なんだよ、みんな迷子か?」


ラフな格好の男が壁にもたれて立っていた。20代半ば、無精髭を生やし、疲れた目をしている。タケルと名乗ったその男は、煙草を取り出そうとして、ポケットの中で手を止めた。


「あの、誰か、これ見ました?」


最後に現れたのは、大学生らしい女性だった。スマートフォンの画面を全員に見せる。


「23:58、7番線ホーム集合。遅刻厳禁」


黒崎は自分のスマホを確認した。同じメッセージが届いていた。受信時刻は、改札を通る直前。


「なにこれ、いたずら?」美咲と名乗った大学生が声を上げた。「誰が送ったの?」


その瞬間、ホーム全体にアナウンスが響いた。


2

『ようこそ、7番線ホームへ。これより、最初のカウントダウンを開始します』


機械的な女性の声だった。だが、どこか歪んでいる。人間の声を無理やり機械に変換したような、不快な響き。


『制限時間は10分。ルールは単純です』


五人が息を呑む。


『10分以内に、誰か1人をホーム下に突き落としてください』


静寂。


それから、リナが叫んだ。


「嘘、でしょ——!?」


「落ち着け」黒崎が即座に言った。「いたずらだ。誰かの悪ふざけだろう」


「悪ふざけ? 人を殺せって言ってるのよ!」美咲が黒崎を睨んだ。


「だから、いたずらだと——」


『残り9分30秒』


アナウンスが冷たく時間を告げた。同時に、ホームの壁面に巨大な数字が浮かび上がる。赤い光で描かれた、カウントダウンの数字。


9:28


9:27


9:26


「ちょっと、出口は?」タケルが階段に走った。だが、階段の上には透明な壁があった。手で叩いても、蹴っても、びくともしない。


「非常ボタン!」美咲が叫び、ホームの柱にある赤いボタンを押した。


何も起きない。


京子だけが、黙ってホームの端に立っていた。彼女は線路を見下ろしていた。その目は、何かを確認するように、ゆっくりと周囲を観察している。


「くじ引きにしよう」


黒崎の声が響いた。


全員が彼を見た。


「何を言って——」


「時間がない」黒崎は腕時計を見た。「8分を切った。このまま何もしなければ、何が起きるか分からない。なら、公平にくじ引きで決める」


「ふざけないで!」美咲が叫んだ。「人の命を運任せにするなんて——」


「じゃあ、お前が決めるのか?」黒崎が冷たく見返した。「誰を落とすか、お前が選ぶのか?」


美咲が黙る。


「くじ引きなら、全員に平等だ。誰も責任を負わない」


「責任?」美咲の声が震えた。「人を殺すのに、責任を逃れようとしてるの?」


「俺は生き残りたいだけだ」黒崎は言い切った。「お前もそうだろう」


3

『残り6分』


リナが床に座り込んで泣いていた。「嫌だ、嫌だ、帰りたい——」


タケルは壁に背中をつけたまま、動かない。「俺は関わらない。勝手にやってくれ」


「何言ってるの!」美咲がタケルに詰め寄った。「これ、あなたたち本気なの? 本当に誰かを——」


「うるさいな」タケルが舌打ちした。「お前が正義ぶっても、時間は止まらないんだよ」


美咲の顔が青ざめた。


京子が口を開いた。


「落ち着いて」


静かな声だった。だが、全員の動きが止まった。


京子は穏やかに微笑んだ。「まず、本当にこれが現実なのか確認しましょう。誰か、線路に石を投げてみて」


黒崎が床にあった小石を拾い、線路に投げた。


石は線路に落ちた。


そして、消えた。


何の音もなく、石が空気に溶けるように消失した。


「……嘘だろ」タケルが呟いた。


『残り4分』


「どうするの!?」リナが叫んだ。「ねえ、どうするの!?」


黒崎が再び口を開いた。「くじ引きだ。これしかない」


「絶対に嫌!」美咲が叫んだ。「私は誰も殺さない!」


「じゃあ、全員死ぬぞ」黒崎が言い放った。「このアナウンスが本物なら、時間切れで全員が消える」


「だったら——」


「だったら何だ?」黒崎の目が鋭くなった。「お前、誰かを選ぶのか? この中で、誰が死ぬべきか、お前が決めるのか?」


美咲が言葉を失う。


『残り2分』


ホーム全体に、水滴の音が響き始めた。


ポタリ、ポタリ、ポタリ。


どこからか、水が滴る音。だが、誰も水滴を見ていない。音だけが、不規則に響く。


リナが耳を塞いだ。「やだ、やだ、やだ——」


タケルが壁から離れた。彼は京子を見た。


「なあ、あんた、さっきから黙ってるけど」


京子は穏やかに微笑んだまま、何も答えない。


「不気味なんだよ」タケルの声が荒くなった。「さっきから、じっと見てるだけで——」


『残り1分』


タケルが動いた。


4

「こいつ、さっきから不気味に黙ってた!」


タケルが叫び、京子の背中を押した。


京子の体がよろめく。


「やめて!」美咲が叫んだ。


だが、京子はホームの縁に立っていた。バランスを崩し、体が前に傾く。


黒崎は動かなかった。


美咲は手を伸ばしたが、間に合わない。


リナは目を閉じた。


京子が、落ちた。


その瞬間、時間が止まったように感じた。


京子の体が宙に浮き、ゆっくりと線路に向かって落ちていく。


彼女の顔は、穏やかだった。


そして、口が動いた。


「また、会えるわね」


声は聞こえなかった。だが、唇の動きで分かった。


京子の体が線路に触れた瞬間、異変が起きた。


彼女の体が、駅名標に吸い込まれていく。


まるでブラックホールのように、京子の体が駅名標の中に引きずり込まれる。骨が折れる音が、ホーム全体に響いた。グキリ、グキリ、グキリ。人間の骨が砕ける音。


駅名標が脈打った。


ドクン、ドクン、ドクン。


心臓のように、駅名標が膨らみ、縮む。


そして、静寂。


京子は、消えた。


ホームには、四人だけが残された。


タケルが床に座り込んだ。「嘘だろ……嘘だろ……」


美咲が嘔吐いた。


リナは震えながら、駅名標を見つめていた。


黒崎だけが、冷静に立っていた。


『カウントダウン終了。合格です』


アナウンスが響いた。


『お疲れ様でした。本日の乗車を終了します。次回の招集日時は、各自の端末に通知されます。それでは、良い一日を』


5

気がつくと、黒崎は自宅のベッドにいた。


時計を見る。午前6時。


「……夢か?」


だが、スマートフォンを確認すると、通知が届いていた。


【次回招集】5日後、23:58、7番線ホーム。生存回数:1


黒崎は首筋に手を当てた。


鏡を見る。


そこには、細く赤い線が一本、浮かび上がっていた。


第1話 終

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