おじさん公務員と不法侵入②
ブランシェは部下に宿屋の主人を叩き起こさせると、グラハム教授の部屋の合鍵を持ってこさせた。
”帝国司法官”にしては大胆過ぎる行動――いや、もはや小さな反乱とすらいえるような命令を、彼女はいともたやすく命じる。
ブランシェとグラハムの関係性が私にはぴんっと来ないけれど、しかし帝国の法を管理する司法官の不法侵入は、グラハムにバレれば大問題になることは間違いないだろう。
さっき非合法の開錠魔法まで使ってブランシェの部屋に忍び込んだ私が言えた義理ではまったくないのだが……。
「マスター、私が”崩壊領域”の調査を命じられメリーベルに赴任した時、すでにグラハム教授は、その原因がメリーベルバニーであると結論付けていました。
すぐに何かがおかしいことに気付きましたが、彼は一切の意見を受け付けなかった。
それどころか教授は、私たちにメリーベルバニーのコロニー探しを命じました。
現地ではグラハム教授の指示を受けるように命令されていたので逆らうことも出来ません」
世間話をするみたいに落ち着いて話をしながら、ブランシェは鍵穴に鍵を差し込むとがちゃりと回した。
私とやっていることは同じなのにこうも差が出るのかと感心した。だが、私はこのブランシェの行動に、ある違和感を覚える。
「――その後です。
この調査隊のメンバー全員が、メリーベル出身者で構成されていることに気付いたのは。
このあたりの出身者なら、一度はメリーベルバニーの坑道をたどってみたことがありますからね。
グラハム教授の目的は、最初から私たちにコロニー探しをさせることだったんです」
室内が無人であると最初から確信していたように、ブランシェはすぐに部屋を物色し始める。
「教授は今夜も飲みに行かれたそうです。厳格そうに見えて、お酒が大好きらしいですよ」
私の疑問に、ブランシェは先回りして答えた。
「それにしても、マスターには驚きました。
調査隊メンバー全員で探して、週にいくつかしか発見できなかったコロニーをたった一日で、しかもたった一人で発見されたのですから。
最初からマスターにお手伝いをお願いしておけばよかったな……」
「そのせいで、あのコロニーの兎たちは虐殺されてしまいましたが……」
私は目に焼き付いて離れないあの光景について、ブランシェに打ち明ける。ブランシェはそれを聞いて目を伏せる。
「……やはり、そうでしたか。
発見したコロニーのその後の運命について、私もうすうす気づいていました。
しかし、帝国がメリーベルバニーが”崩壊領域”の原因であると認定した以上、私には教授を止める術がありません。
メリーベルに来て、ずっと何かがおかしいとそう思い続けてきました。だけど、何もできなかった!
帝国がグラハム教授を、あの人の仮説を正しいと決めつけた以上、私に出来ることは何もないッ!!
そう思い込んでいた私の前に――
突然、救世主が出現しました」
ブランシェは――”優等生”だ。
私がメリーベルで魔術教師をしていた頃の生徒の中でも、彼女ほど優秀な生徒はいなかった。
成績優秀、品行方正、非の打ち所のない彼女が、こんな風に感情をあらわにするなんてよほど悔しかったに違いない。
「あなたのことですよ、マスター。
あなたのおかげで、私はグラハム教授に、帝国の決定に逆らう決意を固められました。
マスターに任せておけば大丈夫だと、そう思ったからです」
もうその時には、ブランシェの表情は”優等生”に戻っていた。
「それは責任重大だな――」
「えぇ、そうですよ。
責任を取ってもらいます、マスター」
――任せておけ。
そう宣言した後も部屋の物色を続け、やがて地図は見つかった。
グラハム教授に取り上げられて以来の再会だった。
紫の斜線の領域が”崩壊領域”のエリア。これは間違いない。
そして、赤い〇印はメリーベルバニーのコロニーを示している。
「私たちが発見した場所と一致します」
ブランシェもそう言っているので、これも間違いない。
――その上のバツ印。
これは、このコロニーはすでに”潰した”、という印だろう。
その数の多さに心を痛めながら、しかし今はその時ではない。
昨日、私が発見したコロニーにも当然のごとく×印が付けられていて、もう空白の〇印はほとんど地図上に残っていない。
……いや、違う。
それならば、どうしてこんなところに〇印がある?ここに〇印があるなんて絶対にありえないッ!!
「ブランシェ、落ち着いて聞いてください。
ようやく真犯人が暴けました。
このメリーベルで一体、何者が”崩壊領域”を発生させているのか、その謎がついに解けたんです」
「どういうことですか、マスター?真犯人とは誰の話をしてるんですかッ!?」
「説明している時間はありません。急いでこの場所に行かなければッ!!」
私は、地図の上のある〇印を指で叩いてそう宣言すると、ブランシェと共に宿を飛び出した。
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