おじさん公務員と崩壊領域の調査②


 夕方、ぎりぎり日が落ちる寸前になって、ブランシェの調査隊が滞在中の集落に戻り、なんとか合流することに成功する。


 拠点になっている放棄された民家に入ると、疲れ切った私をブランシェは暖かく、グラハムは冷たい目線で出迎えた。


「無事だったんですね……本当によかった」

「ふんっ、どこぞで野垂れ死んでいても別に構わなかったのにな」

「しかし、マスター?どうやってここまで戻ってこれたんですか?」

「よくあるやり方ですよ。メリーベルバニーの坑道をたどって、帰ってきたんです」

「ほう、死んだ兎が食べる以外に生きている人の役に立ったとは――」


 昼間ならスルーしていたであろう、そんなグラハムの皮肉に私は苛立ちを覚える。彼らのおかげで戻ってこれた。そんな感じなくてもいい恩をメリーベルバニーに感じてしまっていたかもしれない。


 だから、私はグラハムにこう言い返した。


「――死んでる?いえ、私が見つけたのは生きたコロニーですよ」


 その瞬間、私の何気ない一言に、そこにいた全員が手を止めた。


 まるで空気が凍り付いたみたいに、誰もが私の顔を見つめたまま固まっている。


「なにッ!?新しいメリーベルバニーの生きた巣だとッ!?!?それはどこだ、今すぐに場所を教えろッ!!!」


 突然、グラハムのしわっぽい両腕に喉首をつかまれて、私は咳き込んだ。


「場所を言えッ、言わないかッ!」

「教授ッ、落ち着いてくださいッ!!」


 すぐにブランシェがグラハムをつかんで、私を窒息から救おうとした――にもかかわらず、年老いて非力であるはずのグラハムは、その腕を軽々しく振りほどいた。


 ――窒息への恐怖。間近に迫った死の恐怖。


 それにグラハムの血走ったまなこが、私に”秘密”を――別に秘密にするようなことではないはずだが、今日見つけたメリーベルバニーのコロニーの場所を吐かせた。


 そして、グラハムは私を解放した。


「げほっげほっ……い、いったい、なんなんですかッ!?」


 私は咳き込みながら、グラハムに抗議する。


 しかし、グラハムは冷ややかな目で私を見下しながら、冷静に言い放った。


「いいだろう、田舎学者に……いや違うな……無知な地方公務員に、帝国学会の教授が特別に授業をしてやろう」


 そして、ブランシェの腕を振りほどいて立ち上がると、


「我々はだと結論付けた――」


 そう高らかに宣言した。


 老教授の、あまりにも的外れな主張は、私を呆れさせた。一体、この老人はいきなり何を言い始めたのか?


「何をバカなことを。彼らはこの地方の固有種ですが、ほとんど普通の兎ですよ。


 牙もないし、爪もない。もちろん毒なんてもってません。


 彼らは正真正銘、モンスターではなく、普通の野生動物です」


 私の反論を、頑迷な教師はほとんど無視した。


「まぁ、地方公務員程度ではその程度の学識しか持たないだろう。


 だが、私が提唱し、すでに帝国学会でも定説となっている新説ではこうだ。


 ――『メリーベルバニーは特定の条件下で変種を産む。


 その変種は、強力な毒とモンスターを呼び寄せるフェロモンを生み出す。


 それらがメリーベルバニーの坑道を伝って、各地の集落へとあふれ出すことで”崩壊領域”は発生する。』


 これこそが”崩壊領域”の原因に関する帝国の公式見解であり、間もなく正式に発表されるであろう」


 どうだ、驚いただろう?――出来る限り胸を張って、ことさらに私を見下しながらグラハムは歪んだ自説の正当性を強調した。


 権威を振りかざすその態度に、私は怒りを覚えた。


 この教授は、自分でちゃんと調査をしたのか?メリーベルの大地を歩いたことがあるのか?標本でなく、生きたメリーベルバニーを見たことがあるのか?


「無茶苦茶いうのも大概にしてくださいッ!メリーベルバニーの変種なんて、私は見たことも聞いたこともないッ!!」


 私は、自分の足で歩いてメリーベル中を調査した。だから自信をもって、メリーベルバニーに毒とモンスターを呼び寄せる変種など存在しない、と断言出来る。


「――お前が見たことがないからなんなのだ。


 帝国の正式な調査で変種が見つかったと報告された。


 それがすべてだ。


 さっきも言ったが、これが帝国の公式見解だ。


 お前がなんと言おうと”真相”は変わったりしない。


 もういいだろう、ブランシェ。これ以上、この無知で、愚かで、侮辱的な地方公務員と一緒にいるのは耐えられない。


 すぐに調査隊から追い出してくれ――」


 さらに反論しようとしたその時、ブランシェが手を叩く。


「2人とも、今日はもう遅いのでそのくらいで。マスター、もう遅いですからご自身の宿舎にお戻りください。


 部下に案内させます」


 私はブランシェの顔をみつめた。彼女は、ただ首を横に振った。


「しかしブランシェ、あなたも信じているんですか?メリーベルバニーが犯人だなんて?」


 私の質問にブランシェは答えず、かわりに私は建物から追い出される。


 その後、ブランシェの部下に、元は民家だった宿舎まで案内された。そこですべてを忘れて眠りにつく……わけにはいかない。


 私には、確かめなければならないことがある。


「”偉大なる地母神よ、光を与えたまえ”」


 宿所を抜け出して、杖を灯りにして、夜の崩壊領域を進んでいく。


 途中で何体ものモンスターに遭遇したが、私は久しぶりに使った慣れない攻撃呪文でそいつらを蹴散らしていった。


 もちろん、こちらもそれなりに傷を負ったが、それでもかまうものか。


 汗が止まらない。嫌な予感がする。その予感が強くなる。


 やがて、昼に訪れたコロニーまでたどり着く。


 もう朝日が昇り始めていた。


 リュックからピュロンの実を再び取り出す。


 しかし、巣穴からは誰も顔を出さない。


 間違いなく、何か異変が起こっている。


 私は巣穴の中を覗き込み、――


「”偉大なる地母神よ、光を与えたまえ”」


 ――そして、呪文を唱える。


 そこには恐るべき光景が広がっていた。


 何体ものメリーベルバニーの死骸が見えた。次の巣穴も、また次の巣穴にも、その次の巣穴にも。


 どの巣穴もメリーベルバニーの死骸で一杯で、どこにも生きているメリーベルバニーはいなかった。


 かわりに地下には”巨大な魔法陣”、それだけが見つかった。


 それは絶対に”人の仕業”だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る