第13話
翌朝、保健棟の白いベッドから起き上がると、昨日までの痛みは驚くほど引いていた。
(先生の治癒魔術、マジで効くんだな……)
ゆっくり伸びをしていると、扉の向こうから騒がしい足音が近づく。
「ライガ君!! 退院できるって聞いて来た!!」
アリシアが勢いよく飛び込んできて、次にガルド、そしてリュミナが続く。
「無理しちゃダメだからね!」
「階段とかあったら俺が支えるからよ!」
「歩けるか確認するだけでいいからね?」
「いや、俺ってそんな虚弱キャラだっけ?」
「違うけど!! 昨日のあれ見たら心配するでしょ!!」
アリシアがわけのわからない怒りで俺の肩を軽く叩く。
そのあと、ほんの少し潤んだ目で、こっそり安心した顔をしていた。
(……ああ、なんか戻ってきたって感じだな)
◇
保健棟を出て学園の廊下に出た瞬間、俺たちは静かなざわめきに迎えられた。
ヒソ……ヒソ……
視線、視線、視線。
「……おいガルド。俺、なんかついてる?」
「ついてる。昨日の青い光の余韻が」
「ついてねぇよ」
「冗談言えるなら元気だな」
アリシアが苦笑しながらも、不安げに周囲を見回す。
「でも……ほんとに見てくるね、みんな」
廊下の生徒たちは露骨にこちらを見たあと、慌てて視線をそらす。
中には興味丸出しで近寄ろうとする者もいた。
「うわ、情報の広まり早……まるで噂の伝播実験みたい」
リュミナが眉を下げる。
「まあ……昨日のあれを見てたやつがいるなら当然か」
俺の胸元――竜紋の位置が、なんだかむずむずした。
(お前、昨日目立ったもんな……)
「ほら行こう。ホームルーム始まるし」
アリシアが俺の腕を引っ張る。
まるで、俺がまた倒れそうに見えるらしい。
「歩けるって……」
「はいはい、大丈夫なのはわかってるけどね!」
なぜか納得していない。
◇
教室に入ると、さらに強い視線が突き刺さった。
「……マジかよ。あいつ、昨日の」
「あの青い光って本当に目の錯覚じゃなかったんだ……」
「事故だよな? 事故……だよな?」
噂話のひそひそ声が耳に入ってくる。
(あー……これはしばらく続きそうだな)
担任が教室に入ってきて、空気が引き締まった。
「席につけ」
全員が従う。
担任は無駄な前置きもなく、昨日の件に触れた。
「まず最初に。昨日の魔獣暴走については――“事故”として処理された」
教室がざわつく。
担任はさらに声を低めた。
「だが、だからこそ、軽率な行動は避けろ。
妙な誘いには……乗るな」
その「妙な」の部分だけ、わずかに重く響いた。
そして、一瞬俺の方を見た。
(……俺に言ってるな、これ完全に)
アリシアがひそりと囁いてきた。
「妙な誘いって……誰のこと?」
「口にできない相手だろうな」
ガルドが唸る。
「魔術師団か……それか王族か」
リュミナは目を伏せながら小さく言う。
担任が肩の力を落とし、ほんの少しだけ俺に視線を送った。
“気をつけろ”と言っているのだ。
(……ありがとう、先生)
その重さを感じ取った瞬間――
「失礼するわ」
教室の扉が開いた。
◇
銀の髪が揺れた。
涼しげな蒼の瞳。
長身で姿勢が良く、制服を綺麗に着こなした――上級貴族の少女。
ソラ・エルフェイン。
生徒会の副会長という立場に似合う、端然とした雰囲気。
(お、これが……ソラってやつか)
彼女は担任と短く会話を交わしたあと、まっすぐ俺の元へ歩いてくる。
(え、ちょっと待って。なんか用? 俺に?)
教室の空気がピキッと緊張した。
「アルヴェルディア君」
ソラはまっすぐ俺を見る。
その視線は冷たくも、決して敵意のあるものではない。
「昨日の件について、少し聞きたいことがある。
時間をもらえるかしら?」
「いやいやいやいや!」
アリシアが俺の肩を掴んで強引に座らせた。
「ちょ……アリシア?」
「ダメです! 怪しい!!」
次にガルド。
「そうだ! 怪しい!! なんでライガに直接来る!!」
リュミナも眼鏡を押し上げながら静かに言った。
「あなた、生徒会でしょ?
公式な事情聴取は別にあるはずよ?」
三方向から包囲されるソラ。
(なんだこの圧……)
だが、ソラは一切動じなかった。
「誤解しないでほしい。
私は彼を責めるつもりはないわ。
ただ“事実”が知りたいだけ」
淡々とした声。
嘘がひとつも混ざらない話し方。
リュミナがわずかに眉を上げた。
(あ、リュミナは納得し始めてるな)
「……まあ、教育的に妥当な理由ね」
「リュミナちゃん!? 寝返るの早!!」
「別に寝返ってないわ。ただ事実だけよ」
ガルドはまだ警戒している。
アリシアはさらに構える。
「ライガ君には、私達がついてますからね!」
ソラはその熱量に少しだけ目を瞬かせ、ふっと表情を和らげた。
「……そう。あなたたちが彼を守っているのね。
それは悪くないわ」
敵意はゼロ。
ただ、公正なだけの目。
「心配しなくていい。
私は、あなた達の敵ではない」
そう言い残して、ソラは静かに去っていった。
教室がざわつく。
(……なんかすごい人だったな)
「ライガ君、気をつけてね」
アリシアが真剣な顔で言う。
「うん、わかってる」
「本当にわかってるの?」
リュミナがじっと見る。
「わかってるって!」
「お前、わかってなさそうだからなぁ」
「ガルドまで!?」
◇
昼休み、中庭に場所を移して弁当を食べていると――
「なあ……ずっと見てね?」
「見てるどころか、書き込んでるな、あれ」
「あからさまね……」
遠くの植え込みの影で、魔術師団の二人がこちらを観察している。
「……ガルド。殴らんといてな?」
「わかってる。でもあいつらマジでムカつく……」
「気持ちはわかるけど、刺激したらまずいわよ」
リュミナの忠告通り、ただの食事でさえ監視されるという嫌な空気。
(これが……“妙な誘いに乗るな”の意味か)
担任の言葉が重く蘇る。
◇
午後の授業中、胸の竜紋が急に震えた。
「……っ」
手で押さえると、またあの脈動。
昨日と違う、もっと穏やかで――どこか懐かしいような感覚。
「ライガ君?」
リュミナが気づく。
「また反応したの?」
「ああ。なんか……前と違う」
「違う?」
「うん。“怒ってる”感じじゃなくて……」
探すような、呼んでいるような、そんな温度だった。
(……これ、何なんだよ)
答えをくれないまま、竜紋の波は静かに消えた。
◇
その日の夜。
学園の裏手にある森の暗闇で、魔術師団の魔導師たちがひそやかに集まっていた。
「……三日後、実験を“第二段階”へ移行する」
「対象はアルヴェルディアの少年だ」
「生徒が死なない程度に調整すれば問題はない。
事故扱いなら、何度でも繰り返せる」
「王子のご意向だ。“覚醒”される前に捕らえるぞ」
冷たい声が闇に溶けた。
◇
俺はまだ知らない。
学園に戻ってきたはずの日常が、
もう二度と“普通”には戻らないことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます