第7話

竜紋のうずきは、朝になっても消えていなかった。


(……昨日より強くなってない?)


 痛みはない。

 けれど、胸の奥でじんじんと熱が脈打つ。

 そのたびに、血液じゃない“何か”が全身を巡る感覚がした。


 正直、めっちゃ怖い。


 だが今日の午前授業は「魔術理論」。

 教室の空気は静かで、うずきもなんとか誤魔化せた。


 問題は──


「ライガ君、顔色悪いよ……?」


「うん、悪い。ぜったい悪い」


「……今日のあなた、魔力が揺れてる。変な波」


 アリシアとリュミナが、揃ってこっちを覗き込む。


「ちょっと寝不足なだけ。昨日、ベッドが暴れ……はしないけど、まぁその……」


「ベッドが暴れるって何!!?」


「暴れてはない。例えだ」


「例えがひどいわよ」


 内緒にしておきたかったけど、やっぱりバレる。


 授業が終わると、二人はすぐに俺の席の横に立った。


「ねぇライガ君、図書塔行かない?

 あなたの“ルーツ”について、何か手がかりがあるかもしれないよ」


「図書塔……?」


「古文書が揃ってるわ。王国の歴史、古代種族、血統魔法……

 祖父の話を裏付ける情報が、必ずあるはず」


 リュミナが淡々と言う。


(……そっか)


 祖父の話が“ただの昔語り”じゃないのはもう確信している。

 だからこそ──知りたい。

 怖いけど、知りたい。


「……行く。気になるし」


「よし、決まり!」


 アリシアの笑顔は太陽みたいで、少し安心する。



 学園の北側、尖塔が空を刺すように伸びる巨大建造物──「図書塔」。


 入口は重厚な石造りで、扉の上には古代文字が刻まれている。

 俺たちは受付を済ませ、塔内へ足を踏み入れた。


「静かに歩けよ。走るなよ。騒ぐなよ。

 書物は千年以上前のが混ざってるからな。壊したら退学だぞ」


 案内役のおじいさん司書が、ものすごい目つきで睨んでくる。


「り、了解です……!」


 図書塔内部は薄暗く、吹き抜けになった中央を囲むように円形の棚が並び、

 上階へ続く螺旋階段が塔の中心を貫いていた。


 まるでダンジョンだ。


「ここ……すごいね……」


 アリシアが感嘆の声を漏らす。


「こんな資料、学院外では絶対見られないわ。

 国が管理しているのよ。王族の歴史も多い」


 リュミナの言葉に、胸がざわついた。


(……王族、か)


 昨日の祖父の話が脳裏をよぎる。


『王族は恐れておる。“竜の血”をね』


 一族を“消してきた”権力の中心。


 そこに俺が繋がっている可能性。


 深呼吸して、二人の後について棚の間へ進む。



「えっと、“古代種族史”は……三階かな?」


「三階の西側ね。案内図に書いてあったわ」


 螺旋階段を登りながら、俺は胸の熱が強くなるのを感じた。


(……やばい、またうずいてる)


 痛みではない。

 だが、“何かが呼んでいる”ような感覚がした。


 古い紙の匂い。

 静まり返った空気。

 その中で、俺の竜紋だけが主張するように脈打つ。


「ライガ君、また?」


「……うん。なんか、変な感じ」


「変な感じって?」


「ここに来た瞬間から……胸の奥がざわざわしてる」


 アリシアが心配そうに覗き込む。


「それって……図書塔の“何か”に反応してるのかな」


「ありえるわ。

 古代の記録には、血統魔法をトリガーに反応する魔力石や記述もあるし」


 リュミナも真剣な目だ。


 そのまま三階に到着し、古びた書棚の迷路へ入る。

 棚には「旧王朝」「竜紋」「古代守護種」などの札が並んでいる。


(こんなにあるのか……)


「ライガ君、“竜紋”の棚、見てみたら?」


「うん」


 棚の奥へ進んだとき──胸の竜紋が、一段階強く脈打った。


「うぉっ……!」


 思わず胸を押さえる。


「ライガ君!?」


 アリシアが駆け寄り、リュミナが素早く周囲に結界を張る。


「……強い反応。これは……偶然じゃないわね」


「なにか……呼んでるみたいに……」


 視線の先には、一冊だけ布のような素材で包まれた古い本があった。


 表紙には、かすれた金色の紋様──

 まるで俺の胸の竜紋とそっくりな――円と線の組み合わせ。


「これ……」


「間違いない。ライガ君、それ開けてみて」


「わ、わかった」


 そっと手を触れた瞬間。


 きん……と、微かな金属音のような音が響いた。


 同時に、竜紋の脈動がぴたりと止まる。


(え……?)


 静寂。


 まるで本が俺の気配を確かめて、反応を止めたような──そんな感覚だった。


「……開くぞ」


 ページをめくる。

 ざらついた羊皮紙に、黒いインクの文字が刻まれている。


『──アルドラズの血脈について。

 古き竜を継ぐ者は、王族をも凌ぐ“守護の力”を宿す。

 しかし、時の王はその力を恐れ、歴史より姿を消さしめんとする──』


 読んだ瞬間、息を呑んだ。


「……これ」


「“古代守護種の血”……間違いないわね」


「ライガ君……これ、あなたの家系のこと……?」


 アリシアの声が震えていた。


 ページをめくると、紋章の図が描かれていた。

 それは、見覚えのある形。


「……これ、アルヴェルディア家の紋章じゃないか?」


「そうね。少し崩れているけど、原型は一致してる」


(じゃあ、祖父が言ってたこと……全部、本当なんだ)


『お前の家は、王族より古い。

 “竜の血”を守る一族よ』


 頭が真っ白になった。


 ただの昔話じゃなかった。

 本当に、俺の家系は“王族が恐れた一族”だったんだ。


 そのとき──


「っ……!」


 胸の竜紋が再び熱を帯びる。

 さっきより明らかに強い。


「ライガ君! 大丈夫!?」


「わかんない……っ。なんか、熱い……!」


「り、リュミナ!?」


「落ち着いて! 魔力が暴れようとしてるわ!」


 リュミナが俺の胸に手をかざすと、

 金色の魔力が、まるで呼応するように浮かび上がった。


 竜紋が、薄く光る。


「っ……!」


 図書塔全体の空気が震えたように感じた。


 次の瞬間。


 ページの上から、淡い光が舞い上がる。


「な、なにこれ……!」


「本の……“記憶”が反応してるのよ!

 ライガ君の血が、古文書の魔力を起こしているの!」


「やばいじゃん!!?」


 塔の上階から「何事だ!?」という司書の声が響く。


(やばいやばいやばい!!)


「ライガ君、手を離して!!」


「離したいけど離れない!!」


 まるで磁石だ。

 本が俺の手を離れない。


 光が強くなる。

 胸の紋章が熱を発する。


──そして。


 ふっ、と光が消えた。


 竜紋の熱も、すっと引く。


 俺は床にへたり込んだ。


「……は、はぁ……」


「ライガ君!!」


 アリシアが飛び寄り、リュミナも膝をつく。


「大丈夫……?」


「……たぶん。死んでない」


「死んでたら困るわよ」


 リュミナもホッと息をつく。


 そのとき──俺の手の中の本が、ぱらりと勝手に開いた。


 最後のページに、手書きの文字があった。


『──次の継承者へ。

 竜紋は“七度の鼓動”をもって完全となる。

 その時、王権は揺らぎ、世界は二分されるだろう』


(……なんだよそれ)


 胸の奥が冷たくなる。


 アリシアとリュミナが、同時に俺を見る。


「“七度の鼓動”……?」


「今、何度目なの……?」


 わからない。

 でも、胸の竜紋がさっきからずっと脈打っている。


 つまり──


「……始まってる。

 俺の“力”が……本当に、動き始めてる」


 塔の外では、夕日に染まった学園都市の鐘が鳴っていた。


 その音が、妙に遠く感じられた。


(……戻れねぇな、もう)


 そう確信した瞬間、胸の竜紋が、またひとつ脈打った。


 まるで“次が来る”と言わんばかりに。

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