第7話
竜紋のうずきは、朝になっても消えていなかった。
(……昨日より強くなってない?)
痛みはない。
けれど、胸の奥でじんじんと熱が脈打つ。
そのたびに、血液じゃない“何か”が全身を巡る感覚がした。
正直、めっちゃ怖い。
だが今日の午前授業は「魔術理論」。
教室の空気は静かで、うずきもなんとか誤魔化せた。
問題は──
「ライガ君、顔色悪いよ……?」
「うん、悪い。ぜったい悪い」
「……今日のあなた、魔力が揺れてる。変な波」
アリシアとリュミナが、揃ってこっちを覗き込む。
「ちょっと寝不足なだけ。昨日、ベッドが暴れ……はしないけど、まぁその……」
「ベッドが暴れるって何!!?」
「暴れてはない。例えだ」
「例えがひどいわよ」
内緒にしておきたかったけど、やっぱりバレる。
授業が終わると、二人はすぐに俺の席の横に立った。
「ねぇライガ君、図書塔行かない?
あなたの“ルーツ”について、何か手がかりがあるかもしれないよ」
「図書塔……?」
「古文書が揃ってるわ。王国の歴史、古代種族、血統魔法……
祖父の話を裏付ける情報が、必ずあるはず」
リュミナが淡々と言う。
(……そっか)
祖父の話が“ただの昔語り”じゃないのはもう確信している。
だからこそ──知りたい。
怖いけど、知りたい。
「……行く。気になるし」
「よし、決まり!」
アリシアの笑顔は太陽みたいで、少し安心する。
◇
学園の北側、尖塔が空を刺すように伸びる巨大建造物──「図書塔」。
入口は重厚な石造りで、扉の上には古代文字が刻まれている。
俺たちは受付を済ませ、塔内へ足を踏み入れた。
「静かに歩けよ。走るなよ。騒ぐなよ。
書物は千年以上前のが混ざってるからな。壊したら退学だぞ」
案内役のおじいさん司書が、ものすごい目つきで睨んでくる。
「り、了解です……!」
図書塔内部は薄暗く、吹き抜けになった中央を囲むように円形の棚が並び、
上階へ続く螺旋階段が塔の中心を貫いていた。
まるでダンジョンだ。
「ここ……すごいね……」
アリシアが感嘆の声を漏らす。
「こんな資料、学院外では絶対見られないわ。
国が管理しているのよ。王族の歴史も多い」
リュミナの言葉に、胸がざわついた。
(……王族、か)
昨日の祖父の話が脳裏をよぎる。
『王族は恐れておる。“竜の血”をね』
一族を“消してきた”権力の中心。
そこに俺が繋がっている可能性。
深呼吸して、二人の後について棚の間へ進む。
◇
「えっと、“古代種族史”は……三階かな?」
「三階の西側ね。案内図に書いてあったわ」
螺旋階段を登りながら、俺は胸の熱が強くなるのを感じた。
(……やばい、またうずいてる)
痛みではない。
だが、“何かが呼んでいる”ような感覚がした。
古い紙の匂い。
静まり返った空気。
その中で、俺の竜紋だけが主張するように脈打つ。
「ライガ君、また?」
「……うん。なんか、変な感じ」
「変な感じって?」
「ここに来た瞬間から……胸の奥がざわざわしてる」
アリシアが心配そうに覗き込む。
「それって……図書塔の“何か”に反応してるのかな」
「ありえるわ。
古代の記録には、血統魔法をトリガーに反応する魔力石や記述もあるし」
リュミナも真剣な目だ。
そのまま三階に到着し、古びた書棚の迷路へ入る。
棚には「旧王朝」「竜紋」「古代守護種」などの札が並んでいる。
(こんなにあるのか……)
「ライガ君、“竜紋”の棚、見てみたら?」
「うん」
棚の奥へ進んだとき──胸の竜紋が、一段階強く脈打った。
「うぉっ……!」
思わず胸を押さえる。
「ライガ君!?」
アリシアが駆け寄り、リュミナが素早く周囲に結界を張る。
「……強い反応。これは……偶然じゃないわね」
「なにか……呼んでるみたいに……」
視線の先には、一冊だけ布のような素材で包まれた古い本があった。
表紙には、かすれた金色の紋様──
まるで俺の胸の竜紋とそっくりな――円と線の組み合わせ。
「これ……」
「間違いない。ライガ君、それ開けてみて」
「わ、わかった」
そっと手を触れた瞬間。
きん……と、微かな金属音のような音が響いた。
同時に、竜紋の脈動がぴたりと止まる。
(え……?)
静寂。
まるで本が俺の気配を確かめて、反応を止めたような──そんな感覚だった。
「……開くぞ」
ページをめくる。
ざらついた羊皮紙に、黒いインクの文字が刻まれている。
『──アルドラズの血脈について。
古き竜を継ぐ者は、王族をも凌ぐ“守護の力”を宿す。
しかし、時の王はその力を恐れ、歴史より姿を消さしめんとする──』
読んだ瞬間、息を呑んだ。
「……これ」
「“古代守護種の血”……間違いないわね」
「ライガ君……これ、あなたの家系のこと……?」
アリシアの声が震えていた。
ページをめくると、紋章の図が描かれていた。
それは、見覚えのある形。
「……これ、アルヴェルディア家の紋章じゃないか?」
「そうね。少し崩れているけど、原型は一致してる」
(じゃあ、祖父が言ってたこと……全部、本当なんだ)
『お前の家は、王族より古い。
“竜の血”を守る一族よ』
頭が真っ白になった。
ただの昔話じゃなかった。
本当に、俺の家系は“王族が恐れた一族”だったんだ。
そのとき──
「っ……!」
胸の竜紋が再び熱を帯びる。
さっきより明らかに強い。
「ライガ君! 大丈夫!?」
「わかんない……っ。なんか、熱い……!」
「り、リュミナ!?」
「落ち着いて! 魔力が暴れようとしてるわ!」
リュミナが俺の胸に手をかざすと、
金色の魔力が、まるで呼応するように浮かび上がった。
竜紋が、薄く光る。
「っ……!」
図書塔全体の空気が震えたように感じた。
次の瞬間。
ページの上から、淡い光が舞い上がる。
「な、なにこれ……!」
「本の……“記憶”が反応してるのよ!
ライガ君の血が、古文書の魔力を起こしているの!」
「やばいじゃん!!?」
塔の上階から「何事だ!?」という司書の声が響く。
(やばいやばいやばい!!)
「ライガ君、手を離して!!」
「離したいけど離れない!!」
まるで磁石だ。
本が俺の手を離れない。
光が強くなる。
胸の紋章が熱を発する。
──そして。
ふっ、と光が消えた。
竜紋の熱も、すっと引く。
俺は床にへたり込んだ。
「……は、はぁ……」
「ライガ君!!」
アリシアが飛び寄り、リュミナも膝をつく。
「大丈夫……?」
「……たぶん。死んでない」
「死んでたら困るわよ」
リュミナもホッと息をつく。
そのとき──俺の手の中の本が、ぱらりと勝手に開いた。
最後のページに、手書きの文字があった。
『──次の継承者へ。
竜紋は“七度の鼓動”をもって完全となる。
その時、王権は揺らぎ、世界は二分されるだろう』
(……なんだよそれ)
胸の奥が冷たくなる。
アリシアとリュミナが、同時に俺を見る。
「“七度の鼓動”……?」
「今、何度目なの……?」
わからない。
でも、胸の竜紋がさっきからずっと脈打っている。
つまり──
「……始まってる。
俺の“力”が……本当に、動き始めてる」
塔の外では、夕日に染まった学園都市の鐘が鳴っていた。
その音が、妙に遠く感じられた。
(……戻れねぇな、もう)
そう確信した瞬間、胸の竜紋が、またひとつ脈打った。
まるで“次が来る”と言わんばかりに。
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