第3話夜の襲撃、そして“竜紋”が燃える

学園長室での面談は――率直に言って地獄だった。


「キミの魔力値は……本当に“未知の領域”なんだよ、ライガ君。

 測定器が壊れたのも無理はない……」


「すみません……その、わざとじゃなくて……」


「いや、わざとできる方が問題だからね!?」


 学園長が笑顔で言うけど、その目は本気で怖かった。

 結局、


『しばらく学園側が君の扱いを検討する』


という曖昧な結論のまま解放され、そのまま宿舎へ帰されることに。


 アリシアとリュミナは心配して最後まで付き添ってくれたが、

「今日は休め」と言われてしまい、各自の部屋へ戻ることになった。


(……はぁ。疲れた。早く寝よう)


 そう思いながら夜道を歩いていた、その時だった。

 ――ビリッ。


(……ん?)


 肌に電気が走るような感覚があった。

 風は吹いていない。温度も変わっていない。

 でも、確かに“何か”が迫ってくる気配がした。


「……気のせい、かな?」


 いや、違う。

 どこかで……誰かに“狙われている”。

 そんな根拠のない確信が、胸の奥で警鐘を鳴らした。


(……まさか、あれか? 昼間の騒ぎが原因で……?)


 気づいた瞬間。


「──ッ!」


 反射的に横へ跳んでいた。

 次の瞬間、俺が立っていた場所に“何か”が突き立った。

 ズガァンッ!!


「!?」


 砂煙が舞い、石畳が割れている。

 暗闇のなかから、獣じみた影が姿を現した。

 牙、爪、巨大な体躯。

 学園では見たことのない、凶暴な魔獣だ。


「魔獣……!? こんな街中に!?」


 しかもただの魔獣ではない。

 その目は明らかに“俺”を狙っている。


(……誰かが仕向けた、とか……? いや、まさかな……)


 じりじりと後退する俺を追い詰めるように、魔獣が低く唸った。


「ガァルルルル……」


 怖い。

 正直に言うと足が震えている。

 魔力量はどうあれ、俺は戦闘経験ゼロの素人だ。


「……誰か、助け……」


「ライガァァ!!」


 声がした。

 振り向くと、アリシアが息を切らして駆け寄ってきていた。


「ま、待てアリシア!! 危ない!」


「何言ってるの!? ライガ君こそ危ないよ!」


 アリシアは迷わず剣を抜き、俺の前に立つ。


「わたしが相手する!」


「無理だって!! あれ、さっきの訓練場のゴブリンとかとは違う!!」


 そのとき。

 もう一人、夜風に溶けるように姿を現した。


「……面倒ね。こんな時間に起こされるなんて」


 リュミナだった。

 黒髪が夜闇と混じり、青紫の瞳が静かに光っている。


「魔獣一体だけ? ……言っておくけど、こんなの学校の教材にもならないわよ?」


「いや、お前ら……もう逃げてくれ……!!」


 俺の叫びは、二人には届かなかった。


「ライガ君、あと少しだけ踏ん張って!」


「すぐ終わらせてあげるわ」


 二人が構えた、その時。

 魔獣の動きが変わった。

 アリシアを──じゃない。

 リュミナでもない。

 俺だけを狙って突進してきた。


「えッ!? うわっ!!」


「ライガ君!!」


「ちっ……!」


 アリシアの剣が閃き、魔獣の肩を浅く切り裂く。

 だが魔獣は怯まない。そのまま俺へ迫る。


(……やばい……!)


 本能が告げた。

 このままじゃ死ぬ。

 でも脚が動かない。

 怖い。

 避けられない。

 その瞬間――


「──いや……来るなぁぁぁあああ!!」


 胸の奥で、何かが弾けた。

 熱い。

 全身が熱い。

 心臓が炎になったように鼓動し、

 頭の奥に“何かの声”が響いた気がした。

 ブワァッ!!

 視界が金色に弾ける。


「……え?」


 腕を見ると、皮膚の下で金の紋様が発光していた。

 まるで――鱗のような模様。


『──竜紋解放(ドラグ・リベレイト)』


(いま、なんて……?)


 次の瞬間。

 世界が、止まった。

 魔獣が俺へ飛びかかる姿が、スローモーションのように見える。


(……遅い)


 本当に遅い。

 さっきの訓練場よりもずっと“見える”。

 気づけば俺の体は勝手に動いていた。


「──あぁぁぁぁッ!!」


 右腕を振った。

 手に武器なんて持っていない。

 ただの拳だ。

 なのに。

 魔獣はその一撃で、空中ごと吹き飛んだ。

 爆発音のような衝撃。

 石畳が砕け、魔獣は大きな木にめり込む。

 アリシアが目を見開く。


「ラ、ライガ君……? 今の……」


 リュミナは呆気にとられたように、ぽつりと言う。


「……まさか、本当に“古代の血”……?」


(……俺、何やったの……?)


 拳を見ると、まだ金色の紋様が微かに揺らめいていた。

 そのとき。

 魔獣の背後から、黒い外套の男が姿を現す。


「……やはり、ただの学生ではなかったか」


「なっ……!?」


 アリシアが剣を構える。

 リュミナも魔力を練り始めた。

 だが男は俺を見据えたまま、低く呟いた。


「王族の命令は絶対。

 ――アルヴェルディア家の“遺児”を、ここで抹殺する」


「な……っ!」


 王族!?

 何で俺が!?

 どうして俺なんかが殺される理由に……?

 混乱する俺をよそに、男は魔物の背に触れた。


「……退くぞ。次は必ず殺す」


 魔獣の身体が黒い霧に包まれていき、完全に消えた。

 男自身も、霧とともに夜闇に溶けていく。


「待て!!」

 アリシアが追おうとしたが、リュミナが腕を掴んで止めた。


「やめなさい。あれは……今のわたしたちじゃ勝てない」


「でも……!」


「でも、じゃないわ。

 それより――ライガ君を連れて、急いで安全な場所に戻る」


 アリシアが悔しそうに唇を噛みしめる。

 リュミナは俺を振り返り、真っ直ぐな声で言った。


「ライガ君」


「……なに」


「あなた、本当に……“古代の力”を持ってるの?」


 俺は答えられなかった。

 だって――

 自分でも、わからないから。


「……わかんない。

 でも、あれは……俺の力じゃない。

 勝手に、体が動いたんだ」


 アリシアが震えた手で俺の腕に触れた。


「……怖かったね。でも、無事でよかった……!」


「そ、そんな大げさな……」


「大げさじゃないよ! あれ、本気で危なかったんだから!」


 そう言われると、急に足が震えだした。


(……あぶなかった。

 本当に、死ぬところだったんだ……)


 リュミナが冷静な声で言う。


「ライガ君。

 あなた、自分の身に何が起きているのか……確かめるべきよ」


 その言葉は、妙に深く、胸に刺さった。

 ――俺の身に、何が起きているのか。

 知るべき時が来たんだろうか。

 平凡でいたかった俺が、

 平凡のまま生きられなくなった瞬間。

 その夜だった。

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