平凡だと思っていたら、俺だけ“古代最強種族の血”が濃すぎた件
新条優里
第1話平凡なはずの適性検査
――俺は、平凡だ。少なくとも、ずっとそう思って生きてきた。
「次、レオン・ヴァルシュト! 前へ!」
教師の怒鳴り声が、巨大なホールに響きわたる。ここは学園都市エルシェント、その入学初日に行われる「総合適性検査」の会場だ。
魔力量、身体能力、闘気、属性適性──全部まとめて数値化してくれる、夢のような……いや、俺からすれば悪夢みたいなイベントである。
「ふん、見てろよ。BクラスだのCクラスだのと一緒にされてたまるか」
金髪をかき上げたレオンが、堂々と測定台の上に片手を置く。取り巻きの連中が
「さすがレオン様だ」「ヴァルシュト家の嫡男だもんな」とか持ち上げていて、見てるこっちがむず痒くなる。
やがて測定器の魔石がまばゆく輝き、数字が浮かび上がった。
「魔力量、350。歴代でも上位の数値だな」
教師が淡々と読み上げると、周囲から一斉に歓声が上がる。
「マジかよ、300超えだって!」
「王都の騎士団でも通用するレベルじゃね?」
「やっぱレオン様パねぇ!」
うるさい。だがまあ、騒ぐのもわかる。
魔力量の平均値は50前後。入学者の中で百を超えれば有望株、200なら将来確定と言われている。その中で350は、たしかに化け物だ。
「当然の結果だな」
レオンが鼻で笑い、こちらを一瞬だけ見下ろしてくる。その視線の先には、壁際で小さくなっている俺──ライガ・アルヴェルディアがいる。
「……はぁ。帰りたい」
思わず本音が漏れた。
アルヴェルディア。王国と同じ姓を持つ名家の一つ……らしい。
らしい、というのは、当人である俺がいまいち実感できていないからだ。うちはたしかに古くから続く家系らしいが、今は没落寸前の地方貴族。金はないし、コネもない。
ついでに言うと、才能もない。
「おい見ろよ、あれがアルヴェルディアの坊ちゃんだってさ」
「マジ? あの国名と同じ姓の?」
「でも噂じゃ、魔力量ゼロに近い落ちこぼれなんだろ?」
「看板だけ立派とか、一番きついよなぁ……」
聞こえてる。全部聞こえてるからな、お前ら。
まあ、事実だから反論できないんだけど。
物心ついた頃から、俺は何度も簡易測定を受けている。結果はいつも平均以下。剣を握ってもすぐ息が上がるし、魔法は初級の火球すらまともに撃てなかった。
だからこそ、今日の適性検査は地獄だ。
王都中から集まった同世代のエリートたちが数値を叩き出していく横で、俺は最後の方に名前を呼ばれるのを待つだけの木偶人形。
「次、アリシア・フェルン!」
「はいっ!」
元気な声がして、俺の前の席に座っていた少女が駆け出していく。金色のふわりとした髪に、透き通るような緑の瞳。鎧ではなく動きやすい軽装だが、腰にはちゃんと剣を帯びている。
アリシアは、幼い頃からの幼なじみ……ではない。
今日初めて会った。けど、さっきからやたらと俺に話しかけてくる社交性モンスターだ。
『同じ組なんだね! よろしく!』
『アルヴェルディアってことは、もしかしてすごい家の人?』
『あ、ごめん、変なこと聞いた?』
そんな感じで、悪気ゼロの笑顔でグイグイ距離を詰めてくるタイプ。人見知りの俺には、正直ちょっと眩しい。
「魔力量、120。剣術適性、Bプラス。十分に有望株だ」
「やった!」
アリシアが両手を上げて喜ぶと、周囲からも温かい拍手が起きた。
「次、リュミナ・ノクティス」
静かな声とともに、今度は黒髪の少女が前に出る。長い黒髪を一つにまとめ、薄い笑みを浮かべた美人。さっきからアリシアと対照的に、ほとんど喋らず本を読んでいた。
測定器が淡い光を放ち、教師が目を見開いた。
「……魔力量、280。属性適性、光と闇の複合……だと?」
「へぇ。まあ、このくらいなら許容範囲ね」
リュミナが肩をすくめると、ざわめきが一段階大きくなる。
「光と闇の複合って、そんなの聞いたことねぇぞ」
「やっぱこの学園、レベル高すぎだろ……」
その空気の中で、俺だけが沈んでいた。
だって、この後に続くのは俺なんだから。
「最後、ライガ・アルヴェルディア。前へ」
きた。来てしまった。
足がすくむのを必死にごまかしながら、俺は測定台へ歩み出る。レオンが露骨に口の端を歪めた。
「やっと負け犬の番か。測定器が壊れないといいな」
「それはお前だろ、とか言えたらカッコいいんだけどなぁ……」
心の中だけで毒づきながら、俺は台の上に右手を置いた。
ひんやりとした魔石の感触。胸の奥がざわつく。
今までの簡易測定では、こんな感覚はなかったはずなのに。
(……なんだ、これ)
測定器の魔石が、淡く光り――
次の瞬間、目が潰れそうなほど閃光を放った。
「っ!?」
「な、なんだ!?」
ホール中が、どよめきと悲鳴に包まれる。測定器の表示盤に、数字が高速で刻まれていく。
10──50──100──200──500──800──1000──
「ま、待て! 止まれ、もういい!!」
教師が慌てて制止するが、数字は止まらない。測定器の内部から、パキパキと嫌な音がした。
1200──1500──2000──
「うそでしょ……?」
「桁が……桁がおかしい……!」
アリシアが青ざめ、レオンが呆然と口を開ける。
リュミナは、なぜか少し楽しそうに目を細めていた。
(やばいやばいやばい! 何これ! 俺なにした!?)
俺が慌てて手を離そうとした、その瞬間。
――バンッ!
すさまじい破裂音と共に、測定器が爆ぜた。
衝撃波が俺の髪をかすめ、粉々になった金属片が床に散らばる。
「測定器が……爆発した……?」
「お、おい、あれって上限1000のはずだよな!?」
「2000超えてたぞ!? いや、その先まだ行ってたよな!?」
生徒たちの叫びが、遠く聞こえる。
俺はというと、白い煙の中で固まっていた。
「……え、俺、やらかした?」
恐る恐るそう呟くと、教師が慌てて駆け寄ってきた。
「ラ、ライガ君、怪我は!?」
「いえ、その……多分大丈夫です……」
自分の体をさっと確認する。傷ひとつない。服がちょっと焦げ臭いくらいだ。
代わりに、教師の方が顔面蒼白になっていた。
「信じられん……魔力量の表示、途中で壊れたが……最低でも2000は超えていた……? いや、あの勢いだと3000、4000……いや、それ以上……?」
「そ、そんなバカな!」
「王族でも500とかだろ!?」
「何者なんだよ、あいつ……!」
ざわめきが、恐怖に変わっていくのがわかる。
やめてくれ。俺だって知りたいよ。
「ライガ君……君のことは、ひとまず学園長と相談する必要がある。後で別室に来てくれ」
「え、そんな大事に……?」
「大事にもなるさ。王国の歴史に載るかもしれない存在なんだ。君は」
やめてくれ。そのハードルの上げ方は本当にやめてくれ。
「ライガ!」
駆け寄ってきたアリシアが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「本当に平気? どっか痛くない?」
「あ、うん。俺は大丈夫。むしろ測定器の方がかわいそうだな……」
「そんな冗談言ってる場合じゃないってば!」
アリシアが頬をふくらませる。その隣で、リュミナが静かに言った。
「……ねえ、ライガ君」
「ん?」
「あなた、本当に“平凡”だと思ってたの?」
その瞳は、何かを試すように細められていた。
「だって、今まで何の才能もなかったし……」
「ふうん。じゃあ、それは今日から訂正ね」
リュミナは小さく笑い、崩れた測定器に視線を向ける。
「2000を超える魔力量なんて、聞いたことがないわ。普通なら伝説級どころか、教科書に載ってていいレベルよ」
「れ、歴史の教科書……?」
「少なくとも、ここにいる誰よりも“規格外”なのは確か。ねえ、レオン?」
突然振られたレオンは、悔しそうに歯ぎしりしながらも否定できない様子だった。
「……認めたくはないが、あの数字は、見間違えようがない」
「だったら、これからはちゃんとライガ君を“強者”として見てあげなさい。最初に馬鹿にしてた分も含めてね」
リュミナの言葉に、レオンは顔をしかめてそっぽを向く。
「ちっ……次の実技試験で、実力を確かめてやる」
あー……これ、絶対めんどくさいやつだ。
(なんでこうなった……?)
朝家を出た時には、こんな事態になるなんて考えもしなかった。
平凡で、埋もれて、誰にも期待されないまま卒業して──それなりの仕事に就いて、静かに生きていくはずだったのに。
「……平凡じゃ、なくなっちまったなぁ」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟く。
こうして、俺の「平凡な学園生活」の予定は、入学初日から盛大に軌道修正されたのだった。
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