第7話 剣聖の課題Ⅱ イグナスとユリウス
村に現れた三人組――剣聖流の門下生、赤髪のイグナスと青髪のユリウス、そして場違いなほど派手な師範代アドレナ・ド・ドパミン。
彼らの姿は、静かな水面に大きな石を投げ込んだように、この村の穏やかな日常に波紋を広げていた。
「……これが辺境の村か」
先頭を歩くイグナスは短く逆立てた髪を風になびかせ、つぶやいた。
目に映るすべてが気に入らないという雰囲気だ。
「………………」
ユリウスはその隣を俯いて歩いていた。
薄い青色の髪が耳のあたりではね、前髪は彼の視線を隠すように揺れる。
無言で、ついてくるその姿は、イグナスとは対照的に感情が薄かった。
その後ろから、場の空気を壊す甲高い声。
「オ~ッホホホ! すてき! 土の匂い! これぞド・田舎の真骨頂ね!」
けばけばしい衣装に濃い化粧、金髪の前髪ぱっつんの師範代アドレナは、手に持った扇をぱたぱたさせながら大げさな足取りで進んでくる。
村人たちは遠巻きに視線を送り、あきらかに距離を取っていた。
俺はため息を飲み込み、迎えに出ていた村長と目を合わせる。
「……シンケン流の師範代って、だいぶ偉い人が来たね」
村長の声には、すでに疲れがにじんでいた。
「ええ、完全に想定外ですね」
俺も疲れたように返事を返す。
◇
村長が三人に形式的な挨拶を済ませると、俺は先生からの依頼通り、共同稽古の話を切り出した。
「先日、ケンジール様がこちらに寄られた折、門下生のお二人と村の子どもたちが一緒に稽古を――」
しかし、その言葉は途中で鋭く切り裂かれた。
「お待ちなさい!」
パチンッ!
アドレナが扇で俺を指す。
甲高い声が広場に響き渡った。
「あなた……まるでイマジンが感じられないのだけど?」
俺は、淡々と答える。
「ええ。俺にはイマジンはほとんどありません」
「まあ!」
アドレナは扇を大げさに広げた。
「〈身体強化〉もろくに使えない劣等者ではありませんの! そんな者と剣の稽古だなんて――。笑わせないでちょうだい」
――静まり返る広場。
その言葉は、俺ではなく子どもたちに突き刺さった。
「兄さんを馬鹿にしないでください!」
ショータが顔を赤くし、声を張り上げる。
「そうだ! アニキは村一番の剣士なんだぜ!」
パーコは拳を握りしめながら叫んだ。
「格好も言うことも、どっちも変な人なの」
リーロも抗議する。
だがアドレナはあざ笑った。
「オ~ホホホ! 剣聖であるケンジール様の薫陶を受けた、わたくしの弟子と比べる? 片腹痛いわ!」
抗議しようとする子どもたちの前に、イグナスが一歩進み出た。
「やめろ。時間の無駄だ」
冷たい声とともに、鋭い眼差しをショータに向ける。
その圧にショータは一瞬怯んだが、唇を噛みしめて、決して退かなかった。
「僕たちは兄さんに剣術を習って強くなってきたんです! 馬鹿にされて黙ってられません!」
「そうだぜ! オレたちの力も知らないくせに!」
アドレナは、青髪の少年に視線で促す。
ユリウスは小さくため息をつくと、背負い袋から訓練用の木剣を一振り取り出し、無造作にパーコへと放った。
「……なら、試してみればいい」
「ふざけるな!」
パーコは、木剣を掴むと、勢いよく飛び込んだ。
だが――。
「……――<
ユリウスの木剣が青白い氷を
カチンッ、と硬い音が響いた瞬間、パーコの身体が宙を舞った。
硬質な氷が衝撃を跳ね返したのだ。
パーコは体勢を崩したが、空中で姿勢を戻し着地する。
「くそっ……!」
「重心が偏りすぎている……」
ユリウスは淡々と分析する。
(パーコも速かった。だが、ユリウスはそれ以上だ。先生が期待を寄せているのもわかる)
「パーコ!」
ショータが悔しさで拳を握りしめた瞬間、彼の周囲の空気が激しく揺らいだ。
イマジンが溢れ出そうとしている――!
俺は急いで間に入った。
「落ち着け、ショータ」
静かに優しく言い、門下生一行を庇うように立つ。
「アドレナさん。俺たちは共同稽古を行いません。その代わり、俺にあなた方のお世話係を務めさせてもらえないでしょうか?」
「お世話係?」
「ええ。村での滞在が不自由ないように、雑用は俺が全部引き受けます。その代わりといっては何ですが、一つお願いが……」
俺はアドレナの瞳をまっすぐに見据えた。
「シンケン流の訓練を見学させてくれないでしょうか。田舎者にとっては、それが何よりの学びになります」
アドレナは一瞬だけ怪訝な顔をしたが、すぐに鼻で笑った。
「ふん、劣等者にできるのは雑用くらいですものね。よろしいわ。好きに見学なさいな」
「ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げる。
背後でショータが声をあげかけた。
「にぃさ――」
俺は振り返り、目で合図を送る。
――大丈夫だ。まかせておけ。
ショータたちは悔しそうに唇を噛み、拳を握りしめながらも、それ以上は言わなかった。
◇
その日から、俺のお世話係としての日々が始まった。
「アナタ、わたくしの靴が汚れてるわよ! すぐ磨いて!」
「はい、すぐに」
俺は言われるままに靴を磨き、水を汲み、食事の支度に走り回る。
「オ~ホホホ! お茶のおかわりはまだ?」
「今、お持ちします」
アドレナの嫌がらせに近い命令。
時には「劣等者の手で触られるなんて」と鼻をつままれたりもしたが、俺は表情ひとつ変えなかった。
「……妙な奴だな」
文句の一つも言わない俺を見てイグナスが、ぼそりと漏らすこともあったが、それ以上は追及してこなかった。
それから数日後の訓練中。
「ユリウス、手の調子はどうだ?」
イグナスがユリウスの左手を見ながら問う。
「気づいていたのか……。あの子のかなりの踏み込みに、とっさに魔法剣で防いだが、衝撃は殺しきれなかった。昨日まで違和感が残っていたよ」
「……そうか。ケンジール様が文で書かれていた『村の子どもと競い合う』というのは――」
そう言いかけた瞬間、アドレナの声が叩きつけられた。
「あなたたち、何をやっているの! そんな調子で年明けの武闘祭に勝てると思って? こんなド・田舎のガキなんて気にする必要ないの! 相手を倒すことだけを考えなさい! 他は雑音よ!」
イグナスがたまらず反論する。
「しかし師範代、ケンジール様の手紙には村の子どもたちと――」
――バシンッ!
乾いた音とともに、アドレナの扇がイグナスの頬を叩いた。
「そんなことだから、あの悪童に無様に負けたのよ! 私の指導を受けておきながら! 思い出しなさい、その惨めさを! あなたたちが本気でやらないから! だからいつまでも弱いままなのよ!」
激情に任せて叫ぶアドレナに、二人はただ沈黙し、悔しさを飲み込むしかなかった。
◇
日が暮れて、村が静まり返った頃。
俺はショータとパーコ、リーロに密かに声をかけ、人気のない広場へと呼び出していた。
「今日から特別訓練を始める」
「兄さん!」
「アニキ!」
渡した訓練用の木剣を二人が握りしめる。
その瞳は悔しさと、燃えるような闘志に揺れていた。
俺の本当の狙いは――雑用の合間に見学できる訓練だった。
イグナスとユリウスの剣筋、立ち位置、呼吸。
イマジンを用いた〈身体強化〉と、属性魔法に応じた剣技。
すべて目に焼き付けていた。
〈身体強化〉の際の呼吸法。
イマジンの流れを筋肉に集中させる技術。
魔法剣を生成する瞬間の集中の仕方。
そして、戦闘中の重心移動と間合いの取り方。
二人を訓練するアドレナの剣技や
アドレナに従う俺の姿を、子どもたちは辛い思いで見ていたかもしれない。
だが、これでいい。
俺には、子どもたちを守り、導く責任がある。そのためなら、どんなことでも受け入れられる。
「剣術だけじゃない。イマジンの訓練もだ。〈身体強化〉の仕組み、呼吸の整え方、心の置きどころ……基礎はもうできている。だからこそ応用に進む」
「やる!」
ショータは力強く頷いた。
「オレ、あのまま終わりたくないぜ!」
パーコもやる気十分だ。
「リーロもイマジンの訓練手伝うの!」
リーロも二人に付き合うようだ。
俺は木剣を構えた。
「よし。じゃあ始めよう。――先生が帰ってくる前に、あいつらを追い越すんだ」
夜風が吹き抜ける中、木剣の音が響き始めた。
アドレナたちの目を盗みながらの修行。それは小さな反撃の第一歩だった。
――こうして俺は、表では「劣等者のお世話係」として嘲られ、裏では子どもたちに剣と魔法を教えるという二重生活を送ることになった。
先生との約束を果たすために。
あの門下生たちに『本当の強さ』とは何かを見せてやる。
そして、先生が帰ってくるまでに――。
彼らを縛る重い鎖を、必ず断ち切ってやる。
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