第11話 最強の矛盾と、パラドックス

「はぁぁぁっ!」


エリスの裂帛の気合いと共に、銀の斬撃が奔る。

聖女ルミナがそれを黄金の障壁で弾くが、その死角から巨大な影が迫る。


『ハイジョ!』


重厚な駆動音。

ジェノ君の鋼鉄の剛腕が唸りを上げ、ルミナへと襲いかかる。

ルミナがバックステップでかわすが、その着地点には既にエリスが回り込んでいる。


連携攻撃スイッチ!」


「くっ……! ちょこまかと!」


戦いは、意外なほど拮抗していた。

エリスの「神速の剣技」がルミナの注意を引きつけ、その隙にジェノ君の「圧倒的質量」が叩き込まれる。

速度と重量。対照的な二人の攻撃は、驚くほど噛み合っていた。


だが、俺には分かる。これは「拮抗」ではない。

ルミナがまだ、底を見せていないだけだ。


「し、師匠……」


俺の足元で、カイが震えている。

カイは戦いの次元についていけず、剣を握る手から血が滲むほど唇を噛み締めていた。


「俺は……どうすればいいんだ。なんでこんなことになっちまったんだ…」


「カイ、動くな。お前はそこで俺の背中を見てろ」


俺はカイを制しつつ、ヴォイド・ストレージから取り出した『黒歴史ノート(聖典)』を必死にめくっていた。

打開策。なにかないか。

このままではジリ貧だ。


「邪神、見ているだけですか? 貴方の仲間はこんなに必死に戦っているというのに」


ルミナがメイスでエリスを牽制しながら、冷ややかな視線を俺に投げる。


「……ふん。邪神が軽々しく動くものかよ」


俺は強がったが、内心は冷や汗まみれだった。

動かないんじゃない。動けないんだ。

俺の呪いのパッシブスキル『不動の王イムーバブル・ロード』。

回避という選択肢そのものを奪う。


「なら邪神の防御力で受け止めればいい」――そう思うかもしれない。

確かに俺の防御力なら、ダメージは受けても死ぬことはない。

だが問題は、その「後」だ。


当時の俺はこう考えていた。

『ラスボスがチョコマカ動いて避けるとかダサくね? 棒立ちで受けて、魔法一発で消し飛ばすのが最強だよな!』


……と美学じみた理由を語っていたが、

本当は、その設定に“避けられない理由”を押し込めていただけだった。


『不動の王』には、被弾した瞬間、“迎撃する”という危険な副作用があったのだ。

俺が相手の攻撃を受けた時点で、反射的に相手を殺してしまう。

だからこそ、エリスと対峙した時も被弾は避けたのだ。


もし俺がルミナの攻撃を受ければ、俺の意思とは無関係に、俺の魔力がルミナを消し飛ばす。


ルミナを……殺してしまうのだ。


俺がノートに目を落とすと、赤い文字がまるでその未来を肯定するかのように激しく点滅していた。


『ルミナは命を落とす』


『命を落とす』


『命を落とす』


『命を落とす』『命を落とす』『命を落とす』


(ふざけるなよ……! 俺は絶対に殺さない!)


俺の焦りを見透かしたように、ルミナが鼻を鳴らす。


「貴方のその膨大な魔力は飾りのようですね? 仲間を見殺しにするのが邪神の美学ですの?」


煽りが突き刺さる。どうする?

攻撃魔法を調整して…ぶっつけ本番か?

この距離ではエリスやジェノ君も巻き込みかねない。


(くそっ……! こんなことなら、もっと魔力制御の練習をしておけばよかった!)


いつもそうだ。

俺は面倒なことから逃げて、そのツケを今払わされている。

だが、後悔しても始まらない。

攻撃がダメなら、状態異常なら?


(そうだ……切り替えろ……排気モード!)


俺は思考を集中させた。


カチッ。


(出力を抑えろ! 0.01%!)


フィルターがバイパスされ、極限まで絞り込まれた毒ガスが放出口へ集約される。


「うおおおおおおッ!!」


プシュウウウッ!!


俺のマスクから、濃霧が噴射された。

それはルミナを包み込み、視界を奪う。

よし、これで怯めば……!


だが、霧が晴れた時。

そこには、涼しい顔で立つルミナの姿があった。


「……舐められたものですね。その程度の息吹、効きませんわ」


(なっ……!?)


ルミナの全身が、淡い光に包まれている。

『神聖魔法の才能は歴代最高。その祈りは奇跡を顕現させる』という記述は伊達ではない。

ルミナの黄金のオーラ。

身体能力を向上させ、あらゆる状態異常を無効化する聖なる奇跡そのものだったのだ。


「騎士団副団長ともあろうお方が、このような毒ガス攻撃に加担するとは。……教育的指導が必要ですわね!」


ルミナが裏拳のようにメイスを振るう。


ブンッ!


「ぐあっ……!」


風圧だけでエリスが吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドして転がった。


「エリス!!」


俺は咄嗟に詠唱する。


「《深淵より来たりし、常闇の慈愛よ!!》」


「《穢れし魂の鎖を解き放ち、汝、絶望の淵より蘇らん!!》」


「《我が漆黒の抱擁ダークネス・ハグを受け入れよ!! ……癒やせ、ラディアント・リバースッ!!極光再誕》」


まばゆい光がエリスと、ついでにジェノ君を包み込む。

瞬時に傷が塞がり、二人が再び立ち上がる。


「……! 邪神が回復魔法を……? ありえない…」


ルミナが目を見開いた。邪神が仲間を癒やす。

その事実は彼女の常識を揺るがせたが、同時に彼女の苛立ちを頂点へと押し上げていく。


「まったく……いらいらしますわ。いい加減しつこいですわよ、エリス様、お人形さん!」


ルミナの表情から「慈愛」が消えた。

彼女のメイスが、禍々しい赤黒い光を帯び始める。


「倒しては回復してのイタチごっこに付き合いきれません!」


ホーリー・バッシュッ!!聖なる一撃


ドゴォォォォン!!


轟音と共に、世界が歪んだ。

ジェノ君が前に出るが、もはや受け止めることすら許されない。


『ピガッ……!?』


バキバキバキッ!!


鋼鉄の腕がへし折れる音ではない。

ジェノ君の巨体そのものが、まるでプレス機にかけられたように圧縮され、半壊状態で弾き飛ばされた。


「ジェノ君!」


「くっ……!」


エリスが飛び込むが、ルミナは一瞥すらくれない。

ただの衝撃波。

メイスを振った余波だけで、エリスの体が木の葉のように舞い上がり、屋敷の二階のテラスを粉砕して中に消えた。


ガラガラガラ……。


「ぐ、うぅ……動け、ない……」


エリスの苦悶の声が微かに聞こえ、途切れた。


「《深淵より来たりし、常闇の……》」


俺は再び回復魔法を唱えようとした。

だが。


「させませんわ」


ルミナが、倒れたジェノ君の頭上にメイスを掲げた。


「貴方が回復魔法を唱えるより、私が鉄屑さんにトドメを刺す方が早いですわよ。どうされますか?」


「お、お前……!」


俺は詠唱を止めた。

卑怯だ。だが、今のルミナにとって「正義」を執行するためなら手段は選ばないのだろう。

俺が唇を噛み締め、拳を握りしめる様子を見て、ルミナの瞳に侮蔑の色が混じる。


「こんなに邪神を信じて……わけが分かりませんわ」


ルミナは俺を見た。

仲間も救えず、ただ突っ立っているだけの無力な存在を。


「そして貴方も……! 仲間を利用し、盾にし、自分は安全圏から見ているだけ……なんて醜い」


「お、俺は……!」


俺の目には、倒れたエリスとジェノ君が映っている。

心配だ。今すぐにでも駆け寄って治してやりたい。

その焦りと悔しさが滲み出た俺の様子を見て、ルミナは怒りを通り越して無表情になった。


「仲間を心配する振りですか……? もう結構です」


演技だと断じられた。

俺の言葉は、もうルミナには届かない。


不快感が限界に達したのだろう。

ルミナのメイスが、さらに強く赤黒く発光し始める。

俺はその光を見た瞬間、全身の毛が逆立った。


思い出した。

あの全てを破壊する赤い光。

あれは――


強制破壊戦棍プロット・ブレイカー』!


俺の脳内で記憶の扉が開いた。

あれは、俺が執筆スランプに陥った深夜、やけくそで作った最悪の武器。


設定:『ストレスにより攻撃力上昇。装備者のストレスが頂点に達すると、相手の防御力、耐久度、物理法則を全て無視する、理屈不要の破壊兵器となる』


(なんでそんな「作者の怠慢」が具現化してんだよ!)


当時の俺は、「もう敵の防御とか計算するの面倒くせえ! ストレス溜まる! 一撃で終わらせてえ!」とキレて、この武器ですべての敵をワンパン処理した。

そして、あまりに設定が投げやりすぎて物語が破綻しかけたため、「聖光教会の地下深くに封印された」ことにして退場させたはずだ。


「くそっ、どうすれば……!」


あの武器は、俺を殺し得るほどに成長している。

俺が死ぬか。

それとも迎撃が発動して、ルミナを殺すか。

どちらかしかないのか?


その時、ルミナがカイに向かって手を伸ばした。


「さあカイ、こっちへいらっしゃい。頭を強く打てば、洗脳も解けますわ」


「ひっ……! や、やめろルミナ! 俺は正気だ!」


カイが後ずさる。足が震えている。


(……いや、待て)


俺の手が、無意識に懐に伸びた。

指先が触れたのは、ざらついた紙の感触。

俺の黒歴史が詰まった、あの一冊のノート。


黒歴史ノート聖典


俺はこれに、ある「痛い設定」を書き込んでいた。


『この聖典は、アカシックレコードの写本であるため、いかなる物理攻撃、魔法攻撃によっても破壊することはできない。絶対不滅である』


(これに賭けるしかない…!)


「全てを破壊する武器」対「絶対に壊れないノート」

この矛盾が衝突した時、勝つのはどっちだ?


答えは決まっている。

武器は所詮、物語の中の小道具。


ノートはこの世界を定義する「原典」だ。

俺の黒歴史が、被造物に負けるわけがない!


「おいルミナァ!!」


俺は両手を広げて叫んだ。


「カイはお前のことなんて見てないぞ! アイツが本当に好きなのは、この俺だ!」


「……はっ?」


カイが「えっ?」と顔を上げ、ルミナの動きがピタリと止まる。

俺はさらに煽る。


「カイは毎晩、俺のこの美しい角を撫で回しては『ルミナよりずっと魅力的だ』と囁いているぞ! お前の出番なんて、もうどこにもないんだよ!!」


嘘八百だ。

だが、効果は劇的だった。


「…………死ねぇぇぇぇ! この邪神めぇぇぇぇぇ!!」


聖女ルミナが跳んだ。

純白のシスター服を翻し、身の丈を超える巨大なメイスを振りかぶる。

ターゲット変更完了。

殺意のベクトルが俺へ、一点集中する。


迫りくる巨大な鉄塊に対し、俺は「黒歴史ノート」を盾のように掲げた。


《不動の王》は回避行動だけを封じる。

この防御は“回避行動”でも“被弾扱い”でもない、 だから俺はまだ選べる――!


「はっ! ふざけてますの? そのような紙切れで!」


ルミナが嘲笑う。

メイスが加速する。運動エネルギーは設定無視の即死攻撃だ。

俺は歯を食いしばり、両手でノートを握りしめた。


「紙切れじゃない……! これは、この世界の『重み』だァァァッ!!」


ズドォォォォォォォン!!


世界が悲鳴を上げた。

鼓膜を揺らす轟音と共に、ノート越しに伝わる圧力が俺の腕を軋ませる。

地面が俺を中心に蜘蛛の巣状に砕け、足がくるぶしまで埋まった。


「ぐ、ぅぅぅぅぅッ!!」


接触点から、赤黒い火花が散る。

これらは「物理的衝撃」じゃない。


「破壊する設定」と「破壊されない設定」が衝突し、空間そのものが耐えきれずにキシキシと軋んでいるのだ。


「う、うそ……私の聖なる武器が……!?」


ルミナが押し込もうとする。

彼女は神聖魔法で身体能力を限界突破させている。

対する俺は、『腕力9999』の素のステータス。

拮抗すらしなかった。

ルミナがどれだけ力を込めようとも、俺の腕は、そしてノートは、一ミリたりとも動かない。


「み、認めませんわ! はぁぁぁぁぁッ!!」


ルミナが悲鳴のような気合いを上げる。

黄金のオーラが噴き出し、圧力が倍増する。

だが、無駄だ。

俺は一歩も退かない。


「ただの『武器』が……歴史に勝てると思うなよ……!!」


俺は冷や汗を流しながら吼えた。

そして――限界が来たのは、武器の方だった。


パキィッ!!


乾いた音が響き渡る。

ルミナの握る『プロット・ブレイカー』に巨大な亀裂が走った。


「あっ……!」


ガシャァァァン!!


砕けた武器の破片が、地面に散らばる。

理不尽な「破壊権限」は消滅し、ただの鉄屑へと成り下がった。


「な、なぜ……?」


ルミナが、手元に残った柄を見つめて呆然としている。

俺はノートを下ろし、ハッタリをかました。

今、この瞬間しか勝機はない。


「……おい、聖女」


俺はわざとらしくノートの埃を払い、ルミナを見据えた。


「なぜ、お前の聖なる武器が……こんな薄汚いノート一冊に負けたか、分かるか?」


「……っ」


ルミナが息を呑む。

彼女の目にはボロボロの、ただのノートが映っているはずだ。

だが、そのノートが「絶対破壊」を防いだ事実は覆らない。


「それはな……『重さ』が違うからだ」


「重さ……?」


「その武器の名は『プロット・ブレイカー』。……苦悩なく、過程なく、結果だけを求める安直な力だ。お前の愛も同じだ、ルミナ」


俺は一喝した。


「相手の苦しみも、成長痛も取り除き、結果だけを管理しようとするのは、愛じゃない。ただの『ショートカット』だ!」


「……ッ!!」


ルミナの顔が青ざめる。

図星だったのだろう。無意識下にあった「管理願望」と、その結果訪れる「カイの思考停止」のイメージが繋がり、彼女の戦意を挫いた。


「問おう。……カイは、助けを求めたか?」


カイを指差す。

カイはルミナを見つめ返した。

怯えではない。そこには、決意の光が宿っていた。


「……頼んでない」


「カ、カイ……?」


カイが立ち上がり、声を張り上げた。


「俺は……お前の『管理』が嫌だったんじゃない。お前が『笑わなくなった』のが嫌だったんだ!」


「え……?」


ルミナが目を見開く。


「昔のお前は……もっと、笑ってた。俺と一緒に遊んで、バカやって、怒られて……そういう『友達』だったじゃないか!」


カイの言葉が、戦場に響く。

それは中二病の演技でも、カッコつけたセリフでもない。

一人の少年としての、心からの叫びだった。


「俺は……昔のお前に、戻ってきてほしいんだ!」


「……友達……」


ルミナの瞳に、人間らしい光が戻る。

だが、それだけでは足りない。

俺の手元のノートでは、未だに赤い文字が点滅を続けている。


『ルミナは命を落とす』


『命を落とす』


『命を落とす』


(くそっ……! まだか! まだ運命は変わらないのか!)


世界は執拗にルミナの死を要求している。

彼女の心を、完全にこちら側へ引き戻さなければならない。


ルミナは揺れる瞳で、ふと周囲を見渡した。

そして、息を呑んだ。


『……………イ………イ……』


両腕どころか半身をひしゃげ倒れている鋼鉄のゴーレム、ジェノ君。

その傍らで、リナがボロボロ泣きながら、冷たい鉄の装甲にしがみついていた。


「うあぁぁぁん……! ジェノちゃん……ジェノちゃん……!」


言葉になっていない。

ただ、壊れてしまった友達の名前を呼んで泣きじゃくっていた。


そして、そのすぐ近く。

壁際に叩きつけられたエリスが、這うようにしてジェノ君の元へ向かっていた。

自分の怪我も顧みず、震える手でジェノ君の破損箇所へ触れようとしていた。


「……すまない、ジェノ君。私の盾になって……」


『ナ……カマ……ブ……ジ…… ヨカ…………』


ジェノ君の赤い瞳が、消え入りそうに明滅する。

人間と、魔物。

聖女の常識では「敵」でしかない存在同士が、互いを思いやり、傷を庇い合っている。


「な、なぜ……?」


ルミナの声が震える。


「あんな……ただの動く鉄屑に、なぜ涙を流すのです……?」


そこにあるのは、ルミナが求めていた一方的な「管理」や「支配」ではない。

不条理なトラブルを共に乗り越え、傷つきながらも互いを認め合う――奇妙だが、確かな「絆」だった。


「変わってるだろ……?」


カイが静かに言った。


「変なマスクつけた邪神に、ゴーレムに、カタブツの騎士に…そして俺。……みんな不器用で、変な奴らだ」


カイは俺の隣に立ち、真っ直ぐにルミナを見た。


「でも、優しいんだ。……俺が選んだ師匠場所は、ここなんだよ!!」


「……カイ……」


その言葉が、最後の一押しだった。

ルミナの手から力が抜ける。

握りしめていた拳が、パラリと開かれた。


「おい、アルテ……!」


エリスが俺の方を向いた。

彼女はジェノ君の装甲に手を当てたまま、悲痛な顔で叫ぶ。


「早く回復魔法を! このままではジェノ君が……!」


「分かってる!」


俺は詠唱体勢に入った。

だが、それよりも早く。


「お待ちください」


「え……?」


ルミナが、俺たちの前に進み出た。

その顔には、憑き物が落ちたような、静かな悲しみが浮かんでいた。


「負け、ましたわ」


彼女は膝をつくと、胸の前で手を組んだ。

その身体から、先ほどまでの攻撃的なオーラとは違う、柔らかな光が溢れ出す。


「カイの意思も聞かず……あのような絆を、暴力で引き裂こうとした……せめてもの、償いを」


光が波紋のように広がり、ジェノ君とエリスを包み込む。

聖女の奇跡。

ひしゃげた鋼鉄が元の形へと復元され、エリスの傷が瞬く間に塞がっていく。


『……ピピ……!シュウフク……カンリョウ』


ジェノ君の赤い瞳の明滅が、安定した光へと変わる。


「傷が……消えた?」


エリスが驚いて自分の体を見る。

完全に回復している。


バチッ!!


俺の手の中で、黒歴史ノートが激しく震えた。

ページに焼き付いていた不吉な赤文字が、ノイズと共に書き換わっていく。


『聖女ルミナは、邪神との戦いで命を落とす』

 ↓

『聖女ルミナは、邪神との出会いにより、和解する』


(……書き換わった)


「……ふぅ」


俺は全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。

勝った。

最強の武器も、運命シナリオも、全部へし折ってやった。


「……おい。大丈夫か」


背後から、声が聞こえた。

エリスだ。

彼女は俺の隣に静かに腰を下ろした。


「アルテ、見ていたぞ」


エリスは砕け散った『プロット・ブレイカー』の残骸と、へたり込む俺を見て、穏やかに言った。


「あの一撃を、一歩も退かずに受け止めるとはな。……『暴走特急を止める』という言葉、口だけじゃなかったようだな」


彼女の瞳には、明確な信頼の色があった。

俺はマスクの下で少し照れくさくなり、鼻を鳴らした。


「……ふん。我は自分の庭を荒らされるのが気に食わなかっただけだ」


「…ふっ…。そういうことにしておいてやるか」


エリスが小さく笑う。

これで一件落着――そう思った時だった。



「……それでも」


ルミナが顔を上げた。

その瞳から、狂気的な殺意は消えている。

だが代わりに、もっと深く、暗く、重い光が宿っていた。


「それでも、私はまだ認められません」


「……お?」


ルミナは立ち上がり、俺を真っ直ぐに睨みつけた。


「カイが私ではなく、あなたたちを選んだ理由。……そして、あの絶対的な武器を破壊した、あなたの『不条理な力』の正体」


彼女の視線は、もはや敵を見る目ではない。

理解できない現象を解明しようとする研究者のような、あるいは獲物を狙う狩人のような目だ。


「このまま帰るわけにはいきません。……私は、あなたを『監視』させていただきます」


「は?」


「あなたが本当にカイを導くに相応しい器なのか。それとも、カイをたぶらかす邪悪な詐欺師なのか。……この目で見極めるまでは、ここを動きません!」


ルミナはそう宣言すると、屋敷の庭の隅に、持参していたテントを慣れた手つきで張り始めた。


「ちょ、待て! 住む気か!?」


「監視ですから。24時間、あなたの一挙手一投足を記録し、少しでもカイに害なす行動があれば……」


ルミナは一度言葉を切り、鈴を転がすような――

けれど背筋が凍るほど透き通った声で告げた。


「その時は、神に背いてでも貴方を滅ぼしますわ」


「……ッ」


いや待て、さっきノートには『和解する』って書いてあっただろ!

なんでこんなことになってるんだ!?


「カイの意思を尊重して一旦引いた」だけで、俺への疑いは晴れていない……のか?

というかこれ、むしろ「カイを奪った元凶」としてロックオンされたんじゃねえか!?


「ふふっ…。よろしくお願いしますね。邪神様?」


「……好きにしろ」


俺はマスクの下で溜め息をついた。

物理的な殺し合いは回避したが、これはこれで、針のむしろだ。


こうして。

運命の改変という大仕事を終えた俺たちの屋敷に、また一人厄介な同居人(監査役)が増えた。


俺は地面に埋まった『プロット・ブレイカー』の残骸を見つめた。


『世界の修正力』


それが、俺の黒歴史アイテムや手抜き設定を使って殺しに来るというパターンが確立している。


次はなんだ?

今度はどんな「過去の俺」が、殺しに来る?


「……上等だ。全部まとめて、書き換えてやる」


俺は懐に残っていたチョコパイを取り出し、包装を破った。

指先が微かに震えている。

俺と世界シナリオとの戦いは、より複雑で、面倒な泥沼へと突入しようとしていた。




──────── ✦ ────────


ちょっと長かったけど、お付き合い頂きありがとう!

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