第3話 邪神の吐息(毒ガス)と封魔の仮面(マスク)
『煉獄の処刑人』を配下に加えた俺たちは、ダンジョンの出口を目指して進んでいた。
後ろには、ゴーレムの肩に乗ってはしゃぐ信者たちと、涙を流して俺を拝むガリウス。
「おお、邪神様! あの凶悪なゴーレムを手懐けるとは!」
「しかも生贄なしで! なんと慈悲深き御心か!」
ガリウスの称賛を聞き流しながら、俺は脂汗を流していた。
出口から差し込む陽の光が、近づいてくる。
本来なら希望の光だ。だが今の俺には、それが「死刑執行の合図」に見えた。
なぜなら、俺は思い出してしまったからだ。
このダンジョンを出る時に発生する、「第二の強制イベント」を。
俺は歩きながら、こっそりノートを開いた。
案の定、新しいページが赤く脈動している。
『――永き封印より目覚めた邪神の体内には、千年の瘴気が溜まっている』
『地上に出た瞬間、邪神が吐き出す「死の吐息」は、風に乗って近隣の村々を壊滅させ、草木を枯らし、死の大地を作り出すだろう』
(……バカか俺は! 環境破壊もいい加減にしろ!)
俺は頭を抱えた。
書いた。確かに書いた。
「邪神ちゃんは息をするだけで周りが死ぬとか、歩く災害っぽくてカッコいいな(笑)」
当時の俺の倫理観はどこに行ってたんだ!
「邪神様? もうすぐ出口でございますぞ。さあ、久方ぶりの地上へ!」
ガリウスが呑気に促す。
距離にしてあと10メートル。
あれを浴びて深呼吸した瞬間、俺の肺から圧縮された毒ガスが噴射され、ふもとにある村が全滅する。
村人の笑顔、遊ぶ子供たち、全部ドロドロに溶ける。
(と、止めなきゃ。息を止めるか?)
俺は試しに息を止めてみた。
苦しい。幼女の肺活量じゃ30秒も持たない。
我慢して地上に出たとしても、そのあと盛大に「プハァ!」とやった瞬間に大惨事だ。
かといって、「村人が避難するまであと3日ここから出ない」なんて言ったら、信者たちが不審に思う。
(くそっ、詰んだか!? 俺の黒歴史のせいで、誰か死ぬのか!?)
出口まであと5メートル。
心臓が早鐘を打つ。
焦りで思考がまとまらない。
当時の俺の設定……何か、何か抑制手段は……!
その時、脳裏に一つの「落書き」がフラッシュバックした。
俺が美術の授業中、課題の静物画を無視して、ノートの裏に熱心に描いていた「装備設定のデザイン画」だ。
『邪神専用装備:
『設定:邪神の力が強すぎるため、普段はこのマスクで力を抑制している。口元を覆う漆黒のガスマスク型拘束具。スカルモチーフ』
『邪神は食事中も決して仮面を外さない。そのため、マスク内部には"吸気"と"排気"を精密に制御する魔導機構が組み込まれている。これにより、仮面を装着したまま飲食が可能(超クール)』
『補足:左右のパイプはただの飾り(意味はないけどカッコいい)』
(……あった! あったけど……!!)
俺は絶望した。
確かに性能は『あらゆる放出系スキルを無効化する』だ。これがあれば毒ガスは止まる。
だが、問題はそのビジュアルだ。
当時、「スチームパンク」に中途半端にかぶれていた俺がデザインした、究極に痛々しいマスク。
スタイリッシュで無駄にギザギザした歯のデザイン。
機能性のない謎のパイプ。
そして横に書き添えられたメモ『Coolness +666』。
(これを……? このゴシックドレスの幼女姿に合わせるのか……?)
「邪神様、光が見えますぞ!」
もう時間がない。出口は目の前だ。
村人の命か、俺の尊厳か。
天秤にかけるまでもない。
(くそったれ! 俺の尊厳なんてくれてやるよ! 持ってけドロボー!!)
俺は虚空に手をかざした。
「来い……!《封魔の仮面》!!」
シュゥゥゥ……!
黒い霧が渦を巻き、俺の手に「それ」が具現化した。
実物は、俺の落書きよりも質感がやたらリアルで……うん、まあ、客観的に見ればダサい。ダサいんだが――
……ほんの、ほんの少しだけ、やっぱりカッコいいと思ってしまう自分がいる。
くそ、こういう中二全開のサイバーギア、嫌いじゃないんだよ。
「こ、これは! 聖典に記された『黒き息吹の
ガリウスはふるりと肩を震わせ、瞳を細めた。
俺は震える手で、そのマスクを顔に装着した。
プシューッ。
マスクが俺の顔に吸着し、空気がフィルター越しに変わる。
「……すー、はー」
恐る恐る息をしてみる。
漏れていない。毒ガスは完全に浄化されている。
村は救われた。俺の社会的な死と引き換えに。
俺は安堵のため息をつき、振り返った。
そこには、サイバーパンクなマスクをつけたゴスロリ幼女という、渋谷のハロウィンでも見かけないような奇抜な姿があった。
しかも、黒い角まで生えている。
「……ガリウス。これはだな」
俺は言い訳をしようとした。
「風邪予防だ」とか「紫外線対策だ」とか。
だが、ガリウスたち信者の反応は、俺の予想の斜め上を飛び超えていった。
「おお……なんと……!」
ガリウスはその場にひれ伏し、マスクの「パイプ」を指差して震え出した。
「皆、見よ!あのパイプを! 大気中に溢れる『
「は?」
別の信者が叫ぶ。
「あの骸骨を模したマスク! あれは『死』をあえて身に纏うことで、我々から死を遠ざけてくださっているのだ!」
「なんという自己犠牲……!」
「ご自身の美貌を隠してまで、我々を守るために枷を嵌められたのだ!」
(……深読みしすぎだろお前ら!)
俺はマスクの下でツッコミを入れた。
違う。そのパイプは当時「なんかメカっぽくてカッコいい」と思ってつけただけの飾りだ。
スカルは「ワルっぽさ」のアピールだ。
そこに深い意味なんて1ミリもねえよ!
だが、信者たちは感動のあまり涙を流している。
「ああ、そのマスク姿も、背徳的で素敵ですぞ!」
「私たちも似たようなマスクを作って装着しよう!」
「教団の正装はマスクに決定だ!」
(やめろ! 変な流行を作るな!)
まあいい。結果オーライだ。
少なくとも、村は救われた。
俺が教団内で「マスクの君」という不名誉なカリスマを得たことを除けば、ハッピーエンドだ。
俺はマスク越しにくぐもった声で命じた。
「行くぞ……コーホー……」
(やべえ…完全に“某銀河の父親(?)”みたいな呼吸じゃねえか!)
俺たちは地上へ出た。
久々の太陽。青い空。
そして眼下に広がる、平和な村。
ノートの記述にあった「死の大地」は、どこにもない。
子供たちが走り回る声が聞こえる。
俺は拳を握りしめた。
勝った。2連勝だ。
この調子なら、どんな鬱展開もねじ伏せられるかもしれない。
「邪神様、地上へ戻られました。……まずはどこへ向かわれますか?」
ガリウスが恭しく尋ねる。
俺はノートの次のページを思い出した。
第2章のタイトルは『王都炎上』。
王国最強の騎士団が、邪神討伐のために動き出し、圧倒的な戦力差で返り討ちにあって全滅するシナリオだ。
当時の俺は「騎士団なんてただの噛ませ犬」としか思っていなかった。
だが、今の俺は知っている。
その騎士団の中には、実家に仕送りをするために頑張る新人や、近々結婚する予定の団員もいることを。
「王都へ行く。……ちょっと、助けなきゃいけない連中がいるんでな」
俺の戦いは、まだ始まったばかりだ。
次なる敵は、俺が「かませ犬」として書き捨てた、王国騎士団。
そして――俺が「カッコいい見せ場」のために用意した、理不尽な全滅イベントそのものだ。
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