第32話 輔弼近衛は王子女を知る(宰相アルフレッド視点) ~器は嵐を受けて形となる~


「陛下! 工房で特級の剣が打てました! 炉を新調すれば、希少級も夢ではありません!」

 ――第一王子、レオン。熱は推進力だが、手順を焼き切る。


「ごきげんよう、お父さま。昨日の晩餐、あれを“王家の食卓”と呼ぶのは……ねぇ?」

 ――第一王女、セレナ。礼を整える才は確かだが、刃を含む舌でもある。


「剣でも税でもない、言葉です! 詩は意を運び、人を動かし、国を変えるんです!」

 ――第二王子、フェリクス。概念は風であり、風は帆を裂くこともある。


「陛下ー! 新作の『三層焦がし蜂蜜パイ』が完成したよ! 一緒に食べよう!」

 ――第三王子、エリアス。陽気は人をつなぐが、秩序をも溶かす。


「お父さま、お城はピンクがかわいいの!」

 ――末姫、エリシア。春は祝福だが、兵を眠らせる。


 ……揃った。儂が何十度も見てきた光景だ。

 それでも今日は違う。この嵐の只中に、新しい秤がひとつ、据えられている。


 視野の中央――赤い絨毯の上、若者がひとり膝をついている。昨日と同じように背は真っすぐだが、肩のこわばりは一段と強い。呼吸が浅い。それでも、場所を離れてはいない。


     ◇


 それが、第一歩だ。

 “揺れ”というのは、対処できぬから厄介なのではない。受け止める形がないから厄介なのだ。今、あの若者はその「形」になろうとしている。


 王が立たれる。声が空気を縫い止める。


「よいか、皆の者。お前たちがさらに遠くを目指すために、影もまた要る。――ゆえに、余は“輔弼近衛”を置いた」


 空気が変わる。沈黙が一瞬、石のような質量を持つ。


「この若者、アラン・アルフォードを、その任に就ける。王子女の影となり、耳となり、目となれ。理を量り、過ちを諫め、未来を導け」


 ……秤は据えられた。名門が忌避した席に、無垢と才を併せ持つ若者が座った。

 その代償が、あやつの理想そのものであることは許されぬ――だが、忌避の念だけでは政は動かぬ。動かすのは制度であり、器である。


     ◇


 儂は腹を決めた。潰すのではない。働かせるための枠を整えるのだ。


熱は枠に収めて国脈を鍛え、

艶は律に沿えて礼制を整え、

言葉は秤に刻んで政理を導き、

甘やかさは度に量って民心を潤し、

夢は時の理に編み込みて国を進める。


 奔流を止めることはできぬ。ならば流路を刻めばよい。揺れそのものを国の力へ変える器を置けばよい。


アレンの肩がほんのわずかに沈み、呼吸が一本、深くなった。良い。膝をついても、背は曲げるな――それが臣下の型であり、政の杖でもある。


 儂は静かに息を吐いた。

 最初は「見極める時」だった。今は「備える時」だ。嵐の中で折れぬ秤とするために、枠を刻む役を果たさねばならぬ。


鐘は、まだ鳴らぬ。

だが……次に鳴るのは、秤が自ら測り始める合図でなければならぬ。

――その時までに、器を整えることが儂の務めだ。



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