近衛の本領  ~王族から王国を護るお仕事です~

t.maki

第一章 輔弼近衛復古編

第1話 辺境三男は逃げを覚える  ~生きるための最初の剣~


――剣なんて、好きで振ってたわけじゃない。


俺は辺境子爵家の三男として生を受けた。冬でも土の匂いがするような、湿った風の吹く土地だ。

夜になれば、森の向こうで遠吠えがする。

そんな辺境じゃ、剣より先にまず足が要る。子どもでも魔物に追い回される。

ゴブリンにもホーンラビットにもブラッディボアにも、ついでに母上にも追われる毎日だった。

うちの領主の妻(=母上)が鍬を構えて追いかける――それが我が家の日常だ。           ◇


特にホーンラビットは最悪だ。あいつはしつこい。見つかればいつまでも追いかけてくる。

俺は必死で逃げていたが、ホーンラビットなんてここらじゃ大人だったら鍬の一撃で仕留められる程度の魔物だ。俺が必死で逃げ回るのを、周囲の大人たちは――楽しそうに、いや、笑って見ていた。これでも領主の三男だぞ。少しは助けろよ。


追い回されれば、嫌でも脚は速くなるし、肺も勝手に鍛えられる。最初に覚えた「鍛錬」は、とにかく逃げ切ることだった。


十歳の誕生日に初めて父上から剣をいただいたときの嬉しさは忘れられない。それから大兄様とちい兄様に剣を教わった。練習は木剣とはいえ、当たれば痛い。だからいつも本気だった。初めて斬ったのは、日頃の恨みが積もり積もったホーンラビットだ。向かってきたところを剣を振り回して、めちゃくちゃに叩き斬った。大兄様は「斬ったというより撲殺だな」と笑い、ちい兄様は「刃が立ってない。修行しなおしだな」と言った。


剣が身についたのは、才能じゃない。追い詰められて転び、傷を負いながらも命からがら逃げ切った翌日も、また藪へ出た。そんな繰り返しの副産物だ。踏み込みすぎれば剣の威力を削ぎ、退きすぎれば刃が届かない。たとえば、角を持つ獣が土を蹴る音の半拍前――その“溜め”が来たときだけ、足を半足ぶん引く――その繰り返しで、“届く距離”が身体に残った。

           ◇


優しい家族だった。けれど、貧乏子爵家に三男坊の椅子はどこにもなかった。だから俺は早いうちから決めた。――道は、自分で切り開く。

……そう思ってからは早かった。


俺は自分の道を見つけるために色々なことに手を出した。まず、冒険者ギルドに登録して冒険者となり、もはや家業と言っていい魔物狩りや素材探し、他領に商売に行く商人の護衛等々。


「お前は冒険者でもなるつもりなのか?」という父上のぼやきを聞き流して、仕事に励んだ。

(……なるつもりじゃなくて、もう“なってる”んですけどね)


子爵家の三男でありながら冒険者まがいの真似をしている俺を、心配したのか父上は騎士学校への進学を勧めてきた。


「お前もアルフォード家の一員だ。冒険者よりも騎士の方が相応しいんじゃないか?」


冒険者は自由ではあるが、収入は安定しない。怪我でもすれば、あっという間に詰む。

騎士になれば、国軍に士官する道もひらける――らしい。


(……領軍に押し込まれるよりはマシかな。下手したら、給料ごと家に吸い上げられかねないし)

母上の財布の紐の固さはよく知っているのだ。


――こうして、俺の“逃げ足”は、王都へ向かうことになった。



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