第8話 草原に灯る小さな焔
族長の幕舎を出ると、外の空気は驚くほど澄んでいた。
風が冷たく、草原の匂いが強くなる。
ティムールは深く息を吸った。
「……戦の座、か。」
自分の胸に置かれた言葉の重さを、
今ようやく感じ始めていた。
「おいティムール!!」
幕舎の外で待っていたバルトが、
両手をぶんぶん振りながら走ってくる。
「お前……すげぇことになったな!」
「そうか?」
「そうだよ! 普通は何年も戦って、功績作って、
それでやっと“戦の座”に座れるんだぞ……!
お前、十代だろ……?」
バルトは呆れ半分、感動半分、
そして少しだけ震えていた。
「ティムール、お前……
草原で“名を持つ側”になっちまったんだよ……。」
ティムールは苦笑した。
「名なんて、風に乗ればすぐ消える。」
「いや、違う。
風が運んだら、消えないんだよ。
草原中に広がるんだ。」
バルトはそう言いながら、ティムールの肩を叩いた。
「お前の名前は……もう子供の遊びじゃねぇ。
大人たちが動き出す名前なんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、
ティムールの胸の奥で何かが静かに燃えた。
誇りか。
不安か。
覚悟か。
自分でもよくわからない。
ただ——前へ進むしかないという感覚だけがあった。
「……バルト。」
「なんだよ。」
「俺は、草原で終わる気はない。」
「は?」
「サマルカンドへ行く。
蒼い都で……俺は、俺の道を作る。」
バルトは目を丸くし、
次の瞬間、笑いながら頭をかいた。
「はぁ……お前って奴は。
一度言ったことは絶対に撤回しねぇよな。」
「撤回するつもりはない。」
「なら俺も……ついてくよ。」
ティムールは驚いたように目を向けた。
「お前、恐くないのか?」
「そりゃ恐ぇよ。
でもさ……」
バルトは草原を見渡し、
少しだけ誇らしげに言った。
「お前と見れるなら、どんな景色でも悪くない。」
ティムールはゆっくりと息を吐いた。
風が二人の間を吹き抜ける。
「ありがとう。」
「べ、別に礼を言われるほどのことじゃねぇし!」
照れ隠しのようにバルトはそっぽを向く。
そのとき、遠くの空で小さな焚き火の煙が上がった。
族長の本陣からの合図。
夜の見張りが始まったのだ。
「行こう、バルト。
今日から、俺たちは“戦の者”だ。」
「おう!」
二人は草原の闇へ歩き出した。
その足元に広がる影は、
少年のものではなく、
これから草原を揺るがす者の影だった。
その日。
ティムールの胸に灯った小さな焔は、
まだ誰も知らない未来の“大炎”の始まりだった。
——第2章『乱れる草原』へ続く。
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