第8話 呉越同舟

「貴方様、あ~ん! 美味しいですか?」




「うん、美味しい! やっぱり鶴が作るご飯は美味しいよ!」 




「フヘッ! まだまだ沢山ありますから、お腹いっぱいになるまでお食べになってください!」




「……アナタ達、普段からそんな感じなの?」




 真面目さんが呆れた表情で僕と鶴に聞いてきた。僕は楽だし、鶴は幸せそうにしてるから気にもしなかったが、中学生にもなって自分で食べないのは確かに呆れられるか。




 僕の箸は鶴が今持っている為、代わりに鶴の箸を使おうとした。




「貴方様?」




 箸に手を伸ばそうとした瞬間、伸ばそうとしていた左手を鶴に掴まれた。顔では笑っているが、僕を見つめる瞳が「ジッとしてろ」と訴えている。今日の鶴はいつも以上に束縛が強い。いつもと言っても、一緒に住むようになってまだ三日だけど。




「それにしても……うん。どれも美味しいですね」




「当然です。これらの料理には、このお方に対するワタクシの愛情が込められておりますから。よく味わってくださいね?」




「はい。勉強させてもらいます」




 真面目さんが頭を下げて感謝を示すと、鶴は満足気に笑った。最初こそ真面目さんを嫌悪してたけど、すっかり仲良くなったようだ。やはり食事はただ腹を満たすだけじゃなく、こんな風に面識の無い相手と仲良くする効果もあるんだな。




 晩ご飯を食べ終えると、鶴と真面目さんは一緒に洗い物をしていた。肩と肩をくっつかせながら、時折相手にちょっかいを出す二人を見て、子を持つ父親の気分になれた。実際そんな光景が見れる頃には、僕はもう死にかけのジジイになってると思うから、元気な内に味わえて良かった。




 洗い物を終えた二人が再び席に戻る頃、時計の針は午後八時を指していた。外はすっかり暗くなり、夕方に聞こえていた外の音が聞こえなくなっている。




「もうこんな時間だね。帰る時は家まで送ってくよ、真面目さん」




「清水です。じゃあ帰る時は、お願いしますね」




 真面目さんは落ち着いた様子で紅茶を一口飲んだ。あのペースで飲み続けるのなら、飲み干す頃には午後九時近くなるだろう。ここは治安が良い方ではあるが、女の子が一人で夜道を歩くのは心配になる。




「それより、私はその鶴について聞きたいですね」




「ワタクシはお前について聞きたいですね」




 真面目さんは両肘をテーブルの上に置き、合わせた両手の上に顎を乗せた。




 それに合わせるかのように、鶴も肩肘をテーブルの上に置き、拳にこめかみを乗せた。




 なんというか、インテリヤクザと極道の妻みたいだ。




「鶴。木田君は見ての通り馬鹿です。中学一年からの一年間の付き合い程度ですが、彼以上に将来像が見えない人物はいません。興味本位で助けたアナタに家を乗っ取られてる実例もあります。この先、どんな災いを拾ってくるか分かったもんじゃありません」




「まず始めに、このお方がお馬鹿だという事には同感です。しかし、賢い人間の恐ろしさを身を持って知っているワタクシだからこそ、このお方の愚かで優しい親切心に惹かれたのです。このお方亡き後、この身が引き裂かれようとも悔いは無いほどに、ワタクシはこのお方と夫婦の関係でいたいのです」




 会話をしているのは二人のはずなのに、どうしてか口で出てくる言葉の一つ一つが僕の心を抉ってくる。単語の悪口ではなく、やけに長ったらしくてネチッこい悪口だ。




 これはあれだろうか。あるいは険悪な二人が共通の嫌う人物の悪口を言い合う事で親交を深めるネガティブの対話術だろうか。だとするなら本人を目の前にしてやらないでほしい。僕だって悪口を言われれば傷付くんだ。




「鶴。アナタが夫婦にどんな理想を抱いているのかは知りませんが、少なくともここにいる木田君とでは、理想の夫婦とは程遠いですよ? それでもいいんですか?」




「ワタクシとこのお方はまだ出会って四日目。良いも悪いも、これから先いくつも現れてきます。それこそが、ワタクシが理想とする夫婦の関係。好きになって、嫌いになって、また好きになる。それが実現出来るのは、ワタクシを助けてくださったこのお方しかおりません!」




「でも女連れてくるよ? 今日の私みたいに」  




「貴方様!!! まだ他にも女を誑し込んでいるのですか!?」




「えぇ、急に僕にバトン渡さないでよ……」




「どうなのですか!?」




「どう、と言われても……まぁ、確かにあと一人くらいかな?」




「ァァァ……!」




 声を吸い込みながら絶叫してる。どうやったらそんな声が出せるというのか。




 ふと、真面目さんの方へ視線を向けた。真面目さんの表情は平静そのものであったが、手元のカップから紅茶が少し零れていた。




 重苦しい空気が正しく地獄の空気に変わった。もう嫌だ。もう限界だ。真面目さんの紅茶が少し残っているが帰ってもらおう。




「よし。お開きにしよう。互いにこれ以上嫌な気持ちにならないようにさ。さぁ、真面目さん。帰ろうか」




「清水です。分かりました。その前に、少しお手洗いをお借りしてもいいですか?」




「ああ、いいよ。その間にカップ片付けておくから。鶴が」




「ワタクシがですか?」




「割烹着着てんだから当然でしょ」




 鶴はしかめっ面で僕を少し睨んだが、すぐに口元が緩んで、真面目さんのカップを手にして洗い場に向かった。彼女は駄目人間製造機の才能が大アリだな。




 そういえば、真面目さんが持ってきたあのキャリーケースには何が入ってたんだろうか? 

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