空白の魔導書

東井タカヒロ

出会い(1)

日が沈み、酒場が依頼終わりの冒険者で賑わい始める。

 蝋燭で照らされる店内は淡いオレンジ色で満たされ、今日という日の終着を感じる。

 俺は舌触りが最悪な酒をゴクゴクと飲み干す。

 冷めた木の椅子と丸机で1人、依頼終わりの酒を飲んでいた。

「ふぅ……やっぱり、依頼終わりの酒は格別だな」

 この酒を美味いとは思ったことはそうはない。

 だが、ここの酒場の、この酒がこの街では一番マシだろう。


 中央大陸、カターレルナ中央諸国の最西部。

 特産品のエールビールも、美味しいとは言えない。

「味なんて、あるようでないようなものか」

 俺はツマミの塩豆を1粒かじる。

 俺って、いつまでこの日雇い生活を続けるのだろうか。

 死ぬまで……やるのだろうか。


「ご一緒に飲みませんか?」

 話かけてきたその男は、魔術師のような恰好をした青年だった。

「こんな俺でよければ」

 別に断る理由なんてなかったし、少し寂しいと思っていた時期だった。

 俺はそいつと酒を飲むことにした。

 それが、人生のほんの少しの楽しみになるなんて、あの時は知ることもできなかった。

 

「僕、ゲニーって言います。魔術師をしていて、『空白の魔導書オリジングリモワール』を探す旅をしています。あなたは?」

「俺はヘニオだ。しがない冒険者さ。生まれも、育ちもここのただのA級だ」

 「ただのA級って言いますけど、上澄みじゃないですか」

「誰もがA級は凄いと言うが、俺はただ依頼を毎日していただ。……もう7年目だ。時間が経てば誰でもなれる場所だ」

 そういう、誰でもなれるんだ。誰もが冒険者A級は凄いやつらだと思っているし、実際そういう奴もいるが、大半が依頼だけを積み重ねただけの冒険者だ。

「僕なんてまだB級ですから、早く追いつきたいです」

「その年を見るに、相当な実力者なのか?」

 ゲニーは少し照れくさそうに微笑んだ。

「よく言われます」

 才能ってやつだろうな。俺には羨ましいものだよ。そんな高そうなもの。

 

「ゲニー――って言ったか、空白の魔導書オリジングリモワールを探しているとか言ってたが、それはどういうものなんだ?」

 ゲニーは待っていたかのように話始めた。

 「空白の魔導書オリジングリモワールは、世界で初めて作られた魔導書で、その魔導書はどんな無茶苦茶な要求も書けば魔法に変換できるって言われてるんですよ!」

 「それは――凄そうだな」

 俺は軽く流したが、心のどこかで引っかかるものがあった。

 どんな無茶苦茶な要求も叶える魔導書。

 そんなものが本当にあるなら……何を願うだろうか。

 「それは――凄そうだな」

 

 だが、ふと頭にある1つの疑問が浮かぶ。

 ゲニーは魔術師と名乗ったが、何故を求めているんだ?

「ゲニーは魔術師じゃなかったか?なんで魔法の書持ちである魔導書を探しているんだ?」

 ゲニーがビールを1口で飲み干す。

 「確かに、魔術と魔法は違います。僕が魔術師であるのに、魔法使いの使う魔導書を探すのはお門違いも良いところです」

 「じゃ、なおのこと、なんで魔導書を探すんだ?」

「僕は、『魔法を魔術化』する魔法を、魔術にする研究したいんです。その為に、魔導書を探すんです」

「――俺は、あんまり頭がよくねえから、分からんけど、空白の魔導書オリジングリモワールとどう繋がるんだ?」

「今の魔法界に『魔法を魔術化』する魔法なんて存在しません。魔法を生み出す為に魔導書を探すんです」


俺はビールをお代わりし、また続きを聞こうと思った。

「俺は、こういう職柄ある程度知っているつもりだが、新めて聞こう、魔法と魔術って何が違うんだ?」

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