ようこそ、トマト部へ !
クルムン
ようこそ、トマト部へ !
第1話 ようこそ、トマト部へ ! (修正)
土と砂利の上に、黒い外車が静かに停まった。
「わたし、本当に降りるの……?」
制服のワイシャツとスカートをきちんと着こなした少女が、足を組みながら尖った声で言った。
「はい、降りてください。」
「ほんまに、こ・こ・で・降りるん?」
「はい、こちらでございます。」
スーツをきっちり着た若い秘書は、少女の問いに淡々と答えた。
少女は窓を下げ、周囲を見渡す。見える景色は土と砂利、そしてまた土と砂利だけ。
荒れ地のような場所にぽつりと建つ小さな学校の建物を、彼女は見ないふりをした。
「なぁ……やっぱり戻るの、無理?」
「無理です。転校の手続きはすでに完了しておりますし、会長様も“新しい環境で学ぶのは良い経験だ”と喜んでおられました。それに、会長様を説得したのも、“人の少ない田舎の学校に行きたい”とおっしゃったのも、はよんお嬢様ご自身でしょう?」
ふじみや ひりんは、不満げに唇を尖らせた。
「……お嬢様が何を見てここに来たいと思われたか、知っているのは私だけでしょうね。」
「ち、違うってば……!」
「『田舎に転校してきた堕落令嬢! クラスにはヤンデレ後輩とわたしだけ……!?』という小説を読んで以来、毎日のように転校させてくれと……。その事実を隠して会長様を説得するお手伝いもしました。“例の”同好会がある学校、人が最も少ない学校、評判の良い学校、そしてお嬢様のための宿泊施設まで――」
「もう分かった! 行けばいいんでしょ!」
ボタンを押すと、後部座席のドアが静かに開く。ひりんは目をぎゅっと閉じ、車を降りた。
「お嬢様、ドアもお閉めいただけますか?」
「やだ! なんでわたしが!」
秘書は「仕方ありませんね」と言わんばかりに前席のボタンを押した。ゆっくりと後部ドアが閉まっていく。
「では後ほどお迎えに参ります。寒いのでお早めに中へ。」
「ちっ……最初から自分で閉めればよかったのに……」
少女は小声で文句を言いながら、砂利を蹴りつつ歩き出した。
四月。花冷えが始まり、冬を抜けたばかりの空気はまだ冷たい。
ひりんは制服の上に淡い桃色のカーディガン、膝上十センチほどの短いスカート、ふわふわのレッグウォーマー、そしてフラットシューズを履いていた。
小説のヒロインって、だいたいこうやって初登場するよな……。
彼女はわざとらしく目元を細めて笑い、誰もいない校門をくぐった。
「職員室、たしか……」
「えっ?」
職員室を探そうと振り向いた瞬間、階段を降りてきた少年と目が合った。
少年は、まるで“知っている人を見つけた”かのように驚いた顔をして、ひりんをじっと見つめた。
杏色の頬がみるみる赤く染まり、どもりながら声をかけてきた。
「そ、その……転校生さんで、合ってますよね……?」
「はい。そうです。どうして分かったんですか?」
さっきまで秘書の前で見せていた子どもっぽさは消え、ひりんの声は落ち着いていた。
「いや……せ、せおる(ソウル)から転校生が来るって、もう噂が広まっとりまして……。それも二年生やって聞いて……。わい、一年ですけど、この学校ちっちゃいさかい、噂は全部入ってくるんですわ!」
「ふぅん……」
ひりんは少年の顔をじっと見た。ふわふわした焦げ茶のパーマに、子犬のような輪郭。
……かわいい。
少年は真っ赤な頬のまま、しどろもどろに話し続けた。
「ねぇ。」
「は、はいっ?!」
「わたし二年、あなた一年。ため口でいいよね? いま職員室を探してるんだけど、案内してくれない?」
「えっ……い、行くのはええんですけど……その……」
少年は頭をかきながら、気まずそうに言った。
「そ、その……めっちゃすぐそこなんで、案内するのが逆に恥ずかしいんです……」
彼は左のドアを指さす。
ひりんもそちらを見ると、鉢植えがひとつ置かれた前に「職員室」と書かれた扉があった。
「……教えてくれてありがとう。じゃあ失礼。」
「っ……!」
ひりんはひらひらと手を振り、そのまま職員室へ入っていった。
少年はさみしそうにその背中を見送り、拳を握って自分の頭をぽかっと叩いた。
「あっ……あぁぁ! 知らんふりして校内ひと回りしとけばよかったぁ……! わいのアホ! アホ!」
ひりんが職員室に入ると、中の人々が一斉にこちらを見た。
皆がきらきらした目でひりんを見つめる。
そこへ、さらりとしたボブヘアの美人教師が近づいてきた。
「こんにちは! きみがひりんちゃんだよね? ふじみや ひりんで間違いなし?」
ひりんは少しボーイッシュな声に驚き、目を瞬かせた。
「はい。担任の先生ですか?」
「うん。そう。あまの みつる先生。担当は理科だよ。」
じっと見つめてくるひりんに、みつるは小さく笑った。
「もしかして、わたしの性別が気になる?」
「……はい。ちょっとだけ。」
心の中では“めちゃくちゃ”気になっていたが、表情には出さなかった。
みつるは職員室のドアノブに手をかけながら言った。
「それはそのうち分かるよ。それより、まずは教室だね。」
「えっ、どうやってそのうち――」
――ガタッ
「ん? なに?」
ドアを開けると、何かにぶつかって止まった。
「で、出たぁ!!」
「えっ? さっきの一年生。」
「ん? ふたり会ったんか? それより、なんで職員室の前で待っとるん。もう朝礼始まるで!」
少年は先生に頭を下げ、ひりんの方を向いた。
「待ってました! また道聞かれるんかなーて!」
また頬を赤くしながら、てれくさそうに笑う。
ひりんには少年の背中に、見えない子犬のしっぽがぶんぶん揺れているように見えて、思わず口元が緩んだ。
「それと……わい、一年ちゃうて、いぬりです。
お姉さん! みなせ いぬり!」
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