天河学園ミス研推究録 写像の檻
衣 谷 司 Kinuya Tsukasa
◆Prologue◆
昼下がりの
法学部棟の奥にあるカフェテラスは、講義終わりの学生たちが集まる、ちょっとした憩いの場だ。
法学部 法律学科 二回生、ミステリー同好会会長。
片手に持った判例集に視線を落としていた。
ざっくりと一つ結びの三つ編みにしている、背中までの黒髪は、光の縁だけ紅を宿し、
どこか“蠍の尻尾”のようにも見える。
長い睫毛が淡く影をつくり、考えるように眉が寄る。
彼女がこうしているとき、周囲の空気はどこか澄んで見える――
そんな風に噂されるほど、玲子は学内でも一際目立つ存在だった。
「ごきげんよう、会長」
軽やかな声とともに、椅子を引く音がした。
文学部 日本文学科 二回生。ミステリー同好会の書記、
ショートカットに丸いメガネ、小柄でどこか幼さの残る顔立ちの女性。
その声はいつも通り柔らかかったが、手にした紙ナプキンの端には細かな折り目が刻まれていた。
「ゼロ、どうしたの?」
本来の読みとは異なるが、ミステリー同好会の関係者だけが、彼女を『ゼロ』と呼ぶ。
玲子はティーカップから視線を上げ、
「今日は、その軽い調子……ちょっと無理してるわね?」
零はわずかに肩を揺らし――
やっぱりこの人には隠せないか と苦笑する。
「……さすが玲子。ほんと、見透かされちゃうわよね」
「私を会長って呼ぶくらいの話ってことでしょ? 聞くわ」
玲子の声は穏やかだが、その瞳だけが深い湖面のように真剣だった。
零はアイスココアのカップのフタに指をそっと触れ、小さく呼吸を整える。
「
玲子は軽くうなずく。
以前、横断型講義で教授の授業を受けたことがあったからだ。
「ここ最近、所在不明なんだって。講義は休講続きで、研究室にも現れた形跡なし。
大学も正式発表は避けてるみたいだけど……内部ではちょっとした騒ぎよ」
「……所在不明?」
玲子の瞳が静かに細くなる。
ちょうどその時、スッと影が差した。
「皆さん、ごきげんよう。何やら楽しそうですわね」
情報工学部 データサイエンス学科 二回生、
ミステリー同好会の副会長を請け負って(あるいは 負わされて?)いる。
いつも落ち着いていて、どこか霧のように感情の輪郭がつかみにくい女性。
肩までの黒髪が光を吸い、深い琥珀の瞳がまっすぐに二人へ向けられていた。
「ミレイ、ちょうどいいところに」
「はいっ? 楽しそうに見えたの?」
「ゼロさんの困り顔と玲子さんの静かな瞳――楽しいこと以外、考えられないですわ」
なんとも言えない表情を浮かべつつ、零は手短に事情を澪麗へ伝える。
「その教授、ただの所在不明って感じではなさそうですわね。
研究内容が研究内容ですし……」
ミレイも井戸崎 教授の名は知っているらしい。
玲子はクインマリーを一口飲み、思案するように言った。
「この前の犯罪心理学の講義に、絡んでいるのかもしれない……」
零はその講義ログを忘備録として記録していた。
「この後は講義がないから、今からとりあえず脳神経化学研究室に行ってみましょう」
玲子の言葉に、零もミレイも軽くうなずいた。
「その前に助っ人兼ボディガードを招聘しなくちゃ」
玲子はそう言って、スマホのアプリをタップした。
ものの五分もしないうちに現れたのは、そこそこイケメンの男性。
「姫様、お呼びでしょうかw」
玲子を守るナイト気取りで微笑む彼は、
天河学園 法学部三回生で、玲子の一つ上の幼馴染で、南部教授との議論の時に周りの学生に解説を入れていたのも彼だ。
玲子は小さく頷く。
「ええ。ちょっと、力を借りたい案件が発生したの」
「ならば僕の出番だね。姫様の安全は、この小松崎が保証いたします」
軽く胸を張る良に、玲子は肩をすくめ口角を上げる。
「先ずは、井戸崎 教授の脳神経化学研究室ね」
玲子が先頭で歩き出す。
続いて良が右斜め後ろから玲子に続く。
ミレイと零がその後を追う。
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