第22話 紅い果実飴編 2 ー紅い果実は恋の香りー

✦ ✦ ✦


日が高く昇り、正午を過ぎた頃。

常世の最高位の二柱は、


人間界――

祈壇区へと続く石畳の階段を降りていた。


神気は薄れ、周囲の草木は見覚えのない形へと変わっていく。


夜姫は銀のポニーテールを嬉しそうに揺らし、

少し先へ跳んでは、何度も振り返っては笑った。


天照は、首元まで隠した人の装いに

まだわずかな違和感を纏いながら後を歩く。


「アマテラス様は、何を着てもカッコいいんです

 ね!今日はこれを見れただけで幸せです♡」


夜姫は満開の花みたいに、何度も見上げる。


天照は肩をすくめた。


「はぁ…お前は雑だな。

 ローブ羽織ればいいと思ってるだろ」


夜姫は頬を赤くしながら笑う。


「えへへ。だって、持ってないんです。

 私は常に、アマテラス様の隣にいたいので

 他はいらないんですよ!

 天照様は滅多にこっち(人間界)こないし!」


天照は溜め息。

その横顔は、照れか、不快か、そのどちらもか。


「お前…須佐男には気を付けろよ。

 俺だからよいものの……」


「大丈夫!一番はアマテラス様だけです!」


「じゃあアイツは何番だ」


「え?2番? あ、コックル達も?同じかな?」


また深い溜息。

( ──コイツは…)



───────────────


人間が多く賑わう、中央の広場、常降地区。


焼きたてのパンと果実の甘い香り。

テラス席、賑わう人々。

眩しいほどの“生”。


天照が問う。


「……で、何が食いたい」


「本当にアマテラス様は食べ物ばかりですねっ」


夜姫は頬を膨らませ──

次の瞬間、灰青の瞳に星が宿る。


「あのね!初めて常世に来た日!

 アマテラス様に初めて会った日です!」


天照の胸の奥を、何かがひとつ鳴らす。


夜姫は必死に言葉を繋ぐ。


「そのくる途中、祝福祭の屋台で…!

 真っ赤な果実に、飴が――

 ジュワ〜っと甘酸っぱくて!!」


身振り手振り全力。

天照は呆れ気味、

必死な手振りに、天照は苦笑を隠した。


「それが食いたいものか」


「はいっ!アマテラス様と絶対食べたいって!」


天照は小さく息を吐き、

だが声は柔らかかった。


「なら、行くか」


「やったぁぁ!!」


走り出す夜姫は今日も天照しか見ていない。


だから。


「前を見──」


ドンッ。


夜姫は勢いのまま、誰かにぶつかって転んだ。


差し出される青年の手。


天照はすぐ手を差し出したが

ほんの一瞬、遅かった。


若く低い声。


「大丈夫?」


夜姫より少し年上に見える青年は

躊躇なく夜姫の腕を引き起こした。


歳同じくらいの、

爽やかな笑顔が印象的な青年だった。


夜姫は慌てて呼びかける。

「すみません……どこも痛くないですか?」


青年の瞳が喜びに震えた。


「…覚えてる?僕だよ。

 祝福祭で飴をあげた…あの時の」


夜姫の灰青の瞳が揺れる。


「……歯がなかった子?」


青年は吹き出して笑った。


「歯なんて生え変わるよ!

 でも…やっぱり君だった。

 ずっと会いたかった。

 銀の夜の女神様…」


天照の表情が冷たく妍を増す。


青年は夜姫に問う。


「ずっと忘れられなかった。

 奇跡だと思った。

 その髪も、瞳も。

 君の名前を……教えて?」


夜姫は戸惑いの中、思わず唇が動いた。


「……夜姫」


その名を宝飾のように響かせる。


天照の眉が、わずかに動く。


「最高だ……

 僕は人間だけど、君が好きだ。

 ずっとずっと、この先もずっと!」


夜姫は真っ赤。

天照を見て、青年を見て、混乱は深まる。


「……なんで、私なんか覚えてたの?」


青年は夜姫の手を離さず、微笑む。


「無理だよ…忘れるなんて。

 だって君は、太陽が振り返るほど美しい」



気付けば――


いつの間にか二人を囲むように、人々が集まり始めていた。


「見て…あの髪…銀色?」

「天使?…違う、神様…?」

「隣の男なんて、彫像みたいだ…」


夜姫の銀の絹髪は陽光を受けて星屑のように煌めき、灰青の瞳は湖面のように澄み渡る。


そして、その隣に立つ男――

天照は、二メートル近い長身に、

光を受けるたび黄金にも見える短い髪。

琥珀の瞳は深く、鋭い。


どれほど人の姿へ落としたとしても、

隠しきれる存在ではなかった。


息を呑む気配が、二人の周囲で膨らむ。


「ほら、見ろよ……あの雰囲気、普通じゃない」

「触れたら消えそうな……」

「いや、触れたら焼かれそうだ」


ざわめき。

畏怖。

憧れ。

それぞれが入り混じった視線が二人へと注がれる。


夢中になって夜姫の手を握る青年が、

ふと気付いた。


広場を切り裂くように落ちる、

夜姫のすぐ背後から伸びる長い影。


ゆっくりと顔を上げた青年の瞳に映ったのは、


恐ろしいほど静かな、

圧倒的な存在――天照だった。


「ど、どうも……」


彫像のようなその男の表情に、感情は見えない。

天照が、口を開きかけたその時。


──


澄んだ神気が弾ける。


「あら……やっぱり、天照様?」


夜姫の知らない、透き通った神の声。


天照は面倒そうに目を細める。


「……水波女(ミズハメ)か」


───────────────


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