第14話 太陽宮への招待 初めての空


夜の宮が立つ蒼い大地に、

長い影と小さな影──合わせて六つ。


柔らかな常世の風が足元を撫でる。


天照はコックル達を一瞥し、短く告げた。


「行ってくる。」


それだけで充分だった。

コックル達は慌てて深く頭を下げる。


夜姫が一歩踏み出した時──

腕をそっと引かれた。


「……いいか?」


意味が追いつくまで、一瞬。

そして、顔が真っ赤。


天照は小さく笑い、


夜姫の身体をすっと抱き上げる。


小さな顔を両手で覆う夜姫に、

青空の下、囁くような失笑。


「須佐男はよくて、俺はダメなのか?」


首を必死に横へ振る銀髪。

頬はりんごのように染まる。


「なら、もっと掴まれ。落ちるぞ。」


ぎゅっ──

華奢な腕が太陽へ縋りつく。


その力に応えるように、

天照の指先は静かに夜姫を確かめた。


「夜には戻る。」


宣言は、約束よりも強く響く。


次の瞬間──風が弾けた。


大気が切り裂かれ、視界が揺らぐ。

夜姫は反射的に天照へしがみつく。


「う、うわぁ~~……!!

 すごい……!!」


声は震え、

灰青の瞳は輝き、

胸が高鳴りをやめない。


その初々しい反応に、

天照はふっと微笑む。


「太陽宮と夜の宮は都の端と端だ。

 歩けば日が暮れる。

 ──本気で飛ぶぞ?」


光が曲線を描き、

夜の宮がどんどん小さくなっていく。


神々の宝石のような日常が遠ざかり、

未知が風に乗って寄ってくる。


(天照様はいつも

 こんな景色を見ていたんだ……)


胸が少し痛む。

視座の高さが違いすぎる。


──


一瞬で東の空へ。

太陽宮が白壁をひらめかせる。


高度が落ちるほど、

夜姫の身体は強張る。


命がなくなる高さ。

恐怖が喉で震えた。


天照はすぐに気づく。


「そのうち同じように飛べるさ。

 星祭りは常世の都全体の祭りだ。

 ……お前の晴れ姿、楽しみにしてる。」


「……星祭り?」


「常世中が星空を祝う祭りだ。

主役もようやく現れたしな。」


夜姫の世界が広がる。

知らない未来が開けていく。


「……わたし、飛べるんですか?」


天照の眉が僅かに動く。


「当たり前だ。

 お前は俺の対だろ。

 自分を安く見るな。」


夜姫は見上げた。

琥珀の瞳は未来を見ている。


「こうして抱いて飛ぶのも──

最初で最後かもな?」


低く悪戯な囁き。


「……っ!?」


分かりやすすぎる落胆。


地に降り立った瞬間──


「ハハハハハッ!!」


太陽神が腹を抱えて笑った。

夜姫はただ真っ赤。


「お前、考えてること全部顔に出るな!」


そっと地へ降ろして

軽いデコピン。


……けっこう痛い。


夜姫の目が潤むと、

天照が焦る。


「あ、すまん、痛かったか?」


違う。

そうじゃないのに。


(この神は……案外鈍い)


困ったように頭をぽんと触れ

夜姫の手をそっと握る。


「……俺が飛び方を教えてやる。」


世界がまた明るくなった。


(天照様は、私に優しい)


理由は分かっている。

唯一の “対” だから。


それでも。


それだけで。


心は天にも届きそうに震えた。


太陽宮が聳える丘を、

初めて肩を並べて歩く二柱。


青空も太陽も

確かに二人を祝福していた。


──────────────────

いいね!フォローありがとうございます。

次回⭐︎

いよいよ天照のホームへ…

夜姫の「幼少期編」クライマックスに入ります。

光と夜の物語を、これからも共に見届けていただけたら嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたし


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