【寓話】鈴の村/国の借金

くるくるパスタ

第1話 鈴の村

むかしむかし、山あいに「鈴の村」という小さな村がありました。


この村では、小さな銀の鈴がお金のかわりでした。お米がほしければ鈴を渡す。魚がほしくても鈴を渡す。みんな腰に鈴をぶら下げて歩くので、村はいつもチリンチリンと楽しい音に包まれていました。


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村のはずれに「空き箱じいさん」という変わり者が住んでいました。


このじいさん、不思議な術が使えるのです。誰かが「鈴がほしい」と頼むと、どこからともなく鈴を出してくれます。ただし、かわりに「空っぽの箱」を一つ作って、自分の棚にしまいます。


「この鈴はあげるんじゃない、貸すんじゃよ。いつか箱を鈴で埋めておくれ」


これが空き箱じいさんとの約束でした。


困ったことに、空っぽの箱は待っているあいだに少しずつ増えるのです。一つ借りたはずが、返すころには一つ半になっている。これを村人たちは「利息」と呼びました。


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村がだんだん大きくなると、あちこちで「交換」をする事が増えました。そうすると、鈴が足りなくなってきました。交換をしたくても、鈴が回ってこないので、うまく交換できないのです。


「鈴の順番待ちで、何も買えないよう」


みんな困ってしまいました。必要な時に鈴が無いと困るので、鈴を持っている人は慎重になって手放さなくなりました。村から鈴の音が減っていきます。


そこで村長さんが立ち上がりました。


「わしが空き箱じいさんからたくさん借りて、村に鈴を増やそう」


村長さんはどっさり鈴を借りて、道を直したり、橋をかけたりするお仕事を村人に頼みました。お礼に鈴を渡します。村に鈴が増えて、みんなまた買い物ができるようになりました。あちこちでチリンチリンと音が響き、村は活気を取り戻しました。


村長さんが借りたぶんだけ、空き箱じいさんの棚には「空っぽの箱」が増えていきました。これが「村の借金」です。


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あるとき、村に「しっかり者のガミガミどん」という男がやってきました。


「村長! 借金がこんなにあるぞ! 大変だ! どんどん増えるんだぞ! 急いでみんなから鈴を集めて、全部返すんだ!」


村人から鈴を集めて、空き箱じいさんに渡しました。鈴をしまうと、箱は消えます。でも箱は利息でちょっと増えていたので、鈴を全部入れても、箱は残りました。結局、村に鈴は無くなって、少しの空き箱だけが残りました。


交換ができなくなってしまったので、お店は閉まり、服も肥料も買えず、村はしーんと静まりかえりました。もうチリンとも聞こえません。


「借金がなくなったのに、どうしてみんな不幸になるんだ……?」


ガミガミどんは首をひねりました。


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そのとき、村のいちばん奥にある「大きな蔵」から、おばあさんが出てきました。村人たちはこのおばあさんを「蔵番ばあさん」と呼んでいました。


「村長さん、わたしが空っぽの箱を預かりましょう。わたしの蔵では、箱は増えないし、いつまでも預かれるんだよ。急いで返さなくてもいい」


蔵番ばあさんは、村長さんから空っぽの箱を受け取り、暗い蔵の奥にしまいました。


村長さんはまた空き箱じいさんから鈴を借りて、村に配りました。できた空っぽの箱は、蔵番ばあさんに預けます。


村にはまた鈴が巡りはじめ、お店が開き、子どもたちがチリンチリンと走り回る声が戻ってきました。


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「なあ、村長さん」とガミガミどんが言いました。「結局、借金はまだ山ほどあるじゃないか」


村長さんは静かに答えました。


「鈴は体の中を流れる血のようなものじゃ。多すぎても少なすぎてもよくない。大事なのは借金をゼロにすることじゃなく、村にちょうどいい鈴の音を保つことなんじゃよ」


**


それから村はずっと穏やかに栄えました。


村人たちはこう言い伝えました。


「借金が怖いんじゃない。鈴の音が消えることが怖いんだよ」


**


おしまい

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