第9話 古代文字の翻訳
店の奥、姿見の前に立ったルクシアは、嬉しくなった。
そこに映るのは⸻もう、追放された“偽聖女”でも“罪人”でもなかった。
ルビーのような艶やかな赤紫の髪は、マダム・カーラの手によって柔らかく巻かれ、腰まで流れるそのウェーブは、気品とやわらかさを併せ持っていた。
長いまつ毛に縁どられた大きな瞳。頬には淡く血色が戻り、凛とした強さが宿る。
生まれながらの高貴さがにじむ顔立ち……これこそが、ルクシア・ウィンターローズなのだ。
そして、その美しさを引き立てているのは、身にまとう一着の服。
マダム・カーラの手によるワンピースは無駄をそぎ落としたシルエットで、優美なドレープが動くたびに揺れ、可憐さと上品さを見事に両立させている。
派手すぎず、かといって地味でもない。
⸻素敵……本当に……。
マダム・カーラに金貨を支払ったルクシアは店から出た。
店の前で待っていたロレンツォと御者のオリバーは、ルクシアの美しさに衝撃を受けている。
「ええと、なんというか……さすが元侯爵令嬢というか……すごいもんだな」
「驚きましたルクシア様。見違えました、なんて言葉は失礼ですね……きっと、これが本来のお姿だったのでしょう」
美しいなんて、ルクシアは言われ慣れている言葉だった。
けれど、なぜかロレンツォにはどう返していいのかもわからず、ただ小さく会釈して、照れ笑いをするしかなかった。
「外でお待ちしている間にオリバーから聞きました。ルクシア様は馬車の振動減少装置の設計をされたそうですね」
「ええ……まあ……はい」
「僕もその護送馬車に乗せていただけませんか? その快適さをぜひ試してみたいんです」
「…………え?」
「オリバー、あの時の貸しはこれで返させてもらうということで。目的地からの復路で、僕をまたこの街に降ろしてもらいたいんだ」
詳細は2人にしかわからないが、どうやら御者のオリバーはロレンツォに大きな借りがあるらしく「これでチャラってことでいいんだな?」とオリバーは承諾した。
御者席は1つしかない。なのでロレンツォは護送馬車の檻に入ることになる。
護送馬車にルクシアと一緒に乗ったロレンツォは「ここまで揺れない馬車は乗ったことがありません」と、とても感動していた。
「ロレンツォさん……この馬車は罪人用のものですから、乗っていると外から嫌なことを言われたりしますわよ」
「そんな言葉を言われ続けていたのですね、それはさぞおつらかったでしょう。じゃあそんな時は、外からの罵声が聞こえないくらい僕と大声で笑い話をしあいましょう。あはは!」
ロレンツォは、自分がどう思われるかなんてまったく気にしていないようだった。
ルクシアはロレンツォが一緒にいることに不快感はなく。むしろ心地よさすらあった。
馬車の揺れに合わせて、ロレンツォの袖口から銀のブレスレットが覗いた。
ルクシアはそれをなんとなく見つめていた。
「ルクシア様、これが気になりますか?」
「あっ……いえ……そういうわけでは……」
「我が家に伝わる太古の装飾品なんです……どうぞご覧になってください」
ロレンツォはルクシアの手を取り、その上にそっとブレスレットを乗せた。
それはきらびやかな装飾などはなく、使い込まれた静かな輝きをただ湛えていた。
よく見ると、内側に古びた文字がびっしりと刻まれている。
《モグ。これはなんて書いてあるのかしら?》
《アエルニアという国の、現在は使われていない文字です。王都大図書館所蔵の、魔法紙で作られた古代アエルニア文字辞典を使って翻訳いたします》
ルクシアはMOGに文字を翻訳してもらうと、ブレスレットをロレンツォに返した。
「ロレンツォさん、“血と誓約は、光よりも古し。形なき力は、言葉によりて結ばれる”ってどういう意味なのですか?」
ブレスレットを腕にはめようとしていたロレンツォの動きが、ぴたりと止まった。
「その言葉は、王と神との契約を表したものですが……僕も訳された言葉を教えられただけですし、学者でも古代アエルニア文字をスラスラと翻訳できる者はほとんどいません……ルクシア様はなぜ正しく読めたのですか?」
「それは……あの……王都大図書館に古代アエルニア文字の辞典があるので……」
「なんと……恐れ入りました、ルクシア様。機械の設計に、布の判別に、そして古代の文字すら……」
ロレンツォは言葉に詰まっていた。言葉を失う、とはまさにこのことだった。
「いや失礼……動揺しすぎて黙ってしまいました」
「驚かせてしまったようで……申し訳ございません。そんなつもりはなかったんです」
なんだかおかしなことをしてしまったような気がして、ルクシアは目を逸らす。
「……あなたは、自分がどれほど凄いことをしているのか、本当にわかってますか?」
ルクシアは顔をあげてロレンツォを見た。彼の目に宿る光が、ただの好奇心ではないことに、なんとなく気がついた。
ロレンツォはルクシアを見つめている。
……それはまるで、宝石の原石に出会った職人のような目で。
「ルクシア様……あなたは実に興味深いお方です」
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