第11話 今度こそ襲来
「あっ、あのっ!」
忍は家から出て、4人が集まっている場所に走って向かう。
「んぉ、どーした忍。そんなに走って。トイレ詰まってたか?」
「あ、いえ……そうではなくて……」
この2人の事を聞きたいのに、この2人を前にすると言葉が出なくなる。なんだか、触れてはいけない物に触れようとするみたいに。
「……忍は2人の事が気になってるんよ多分」
「あっかかか楓さん!いやそうなんですけど、こう、なんか、心の準備みたいなのが必要じゃないですか!」
「えー?聞く?つまらんぞ多分」
「……僕、見ちゃったんです。事後のあの部屋」
その言葉に、皐月と美月の視線が忍に集まった。いつもの自分なら、ここで逃げ出している。
……でも、僕はもう、変わるんだ。
「……聞きたいです。お2人の、お話が」
「聞きたい、って言ってもなぁ」
「私達、昔から一緒に居ただけ」
現在、5人で机を囲んで座っていた。机は長方形で、いつも皆で座る時は皐月さんと奏さんが短い辺の所に座っていた。でも今日は皐月さんと美月さんが隣同士で座っている。
「一緒に居ただけじゃ、あれにはなりませんよ」
忍がバッサリ切り捨てると、皐月は困ったように顔を下に向ける。
「なんかあったかぁ……?美月を拾ってからずっと美月に守られっぱなしだったし……特には無いんだが」
「そこですよ!何ですか『美月を拾う』って!普通人は拾わないんです!」
「……私も拾われました」
「だよねぇ。僕、倒れてた瞬拾った」
「……すみません。ここに常識を持って来た僕が馬鹿でした」
かたやクソ強正体不明の百合カップル。かたや暗殺業に手を伸ばした虐待児とその保護者。
こんな場所に常識なんてありはしない。
「もっとこう、なんか、深堀したいんですよ。一応仲間じゃないですか。形式上は。だから、その、過去を知っておきたいなぁ……なんて……は、はは。僕が聞くことでもないですよね……すみまsn……」
「おい後半何も聞こえなかったんだが」
忍の声が段々と小さくなって、最後には何も聞き取れなくなってしまったので皐月は忍の頭を叩く。忍は壊れた機械のように体を震わす。
「す、すみません!わ、悪い癖で!でも、皆さんの事を知りたいのも本当で……!」
「悪いね。ご歓談中に」
忍が立ち上がってそう言っているのを、奏が遮る。奏が出て来たという事は、そういう事だ。
「敵だ。それに、今回は厄介だ」
「……ふむ。この様な場所に本当に居るのかね」
「はい。情報通りであればこの島の中央部に位置します」
死の島には、1人の中年男性と1人の秘書らしき女性が立っていた。
「あのチンピラの発信機がダミーの可能性、そして能力が覚醒した人物、又はその対象に触れていれば島に入れる、と言う情報の根拠は?」
「発信機は体内に埋め込まれているので取り出してダミーにすり替える事は現実的ではありません。情報は実際にこの目で確認致しました」
そう言って女性は1匹の目玉に翼の生えたこの世の物とは思えない生物を手の上に召喚させる。コウモリと目玉が合体した、みたいな。
「……その、最近覚醒した能力とやらかね」
「はい。便利ですよ」
「そんな事は聞いとらん。…んさて、久々に仕事だ。……此度も生きて帰ろうぞ。我が相棒よ」
「お望みの通りに」
そうして2人は、手を繋ぎ合わせながら島の中心部に歩を進めて行った。
「敵は『小さき戦鎚』とそのパートナーの2人だ。奴はその名の通り、小さい戦鎚……あれは金槌だな。それで戦う。トンカチだからと言って油断すると殴られて即死だ。気をつけてくれたまえ」
「……だれ?」
奏の解説に美月以外ピンと来ていなかった。そこに奏が補足の説明を入れる。
「……まぁ、要するに強い相手だ。今回ばかりは3人には待機してもらう。戦いの邪魔だからな」
「……」
3人は少し悔しそうな顔をするが、皐月は3人の頭を撫でる。
「大丈夫だ。お前らはすぐに強くなる。そしたら私達を助けてくれ。な?」
そう言って、皐月と美月は刀を手に取り、奏は2人にイヤホンを渡して部屋に入って行く。雰囲気が変わった。これは、完全に殺し合いの雰囲気だ。
そう思いながら、3人は奏の部屋に向かい、2人が映るパソコンの前に座った。
「皐月」
「何だよ」
美月は走りながら皐月の方を見る。皐月は気にしておらず、前を見ている。
「前戦った時、もう私に守られなくてもいい、って言ってた」
「……そりゃ、いい事だろ。美月にも迷惑かからないし」
「違う」
美月は急に足を止め、その場に立ち止まる。皐月もそれを見て、立ち止まる。
「私は、皐月を守りたい。皐月が危険な目に遭うのが、怖い。それだけが、いちばん怖い。だから、無理はしないで。絶対に」
「……無理なんかしねぇよ」
皐月は美月の頭を撫でる。
「無理なんかしなくても、美月が助けてくれるだろ?」
「……それは、勿論」
「ならいい。速く行くぞ」
そう言って、再び走り出した。さっきまでの心のモヤは、もう取り除かれた。
「……ふむ。向こうからお出迎えとは」
「能力を使いますか?対象の拠点は押さえておいた方が宜しいですよね」
「ではお願いしよう。それまで、私が全力で守るとしようかの」
そう言って、中年の男は腰から金槌を2本取り出す。柄の先には、どちらにも鎖が伸びている。
「さて、ひと仕事済ませようかの」
「……お前か。『小さき戦鎚』は」
「ふむ。その名で呼ばれる事もあるな。ただ、私の様な老体には少々荷が重いがね」
「はっ。荷が重いだ?そのちっちゃい戦鎚さんで一体何人殺して来た?」
「それを言っては、君のお隣の『白魔』さんも人の事を言えないんじゃなかろうて」
「……口が回るねぇ」
「年の功の故よ」
お互いに挨拶も済んだ所で、静寂が訪れる。先に動いたのは、美月だった。
「……ふんっ」
「おっと」
美月の一振を、金槌の頭部分で上手く挟んで止めた。皐月もそれを見てから斬り掛かるが、美月の刀は上手くいなされて鎖で皐月の刀が捕まった。
「……動かねぇ」
「ほれ、やり直しだ」
「「……!」」
お互いに弾き飛ばされ、上手く着地する。やはり、只者ではない。
『奴は鎖で攻撃を封じてそこに金槌を振ってくる。安易に踏み込むな。状況を作り出せ』
言葉は少ないながらも、この状況に対する的確な指示。奏は頼りになる。
2人が攻めあぐねてジリジリと間合いを詰めていると、中年の男は皐月に向かって攻撃を仕掛けた。反応が少し遅れた皐月は下がりながらの防戦一方になる。超接近戦故に、美月からの援護は期待できない。
「……くっ」
「先程までの威勢はどこへやら。これではすぐに殺されてしまうぞ?」
隙を突かれ、腹に重い蹴りの一撃が入る。皐月は派手に吹き飛び、地面に跡を付けながら横になる。
「さつ……」
「想い人を心配する余裕は、果たしてあるかのね?」
「……チッ」
美月はもう目前まで迫っていた中年の男の一撃を避け、カウンターを入れるがもう一本の金槌で止められ、その隙に腕に鎖を掛けられてそのまま投げ飛ばされる。
「……ぐぅっ」
「……何故政府はこのような小娘達に血眼になっておるのか……現世はわからん物よ」
そういって中年の男はスタスタと皐月に近付き、腕を持ち上げる。
正直、いくら『白魔』と呼ばれようとも、相方はただの一般人。それも『白魔』の想い人と来た。要するに、ただの足枷に過ぎない。
「この者であれば好きにして良い、とのお達しであったかな?であれば、すべき事は1つよ」
そう言って中年の男が皐月の制服に手を伸ばした時、後ろからの殺気に思わず振り返る。
「……ぬぅ……『白魔』のお目覚め…………やはりキーは皐月殿であった様だ」
そう言うと中年の男は皐月から手を離さず、ただ突っ込んで来る美月を見ていた。
「皐月に手を……出すな!」
美月が刀を振るおうと構えながら突っ込むが、その直線上に皐月が投げ飛ばされる。
「……!!」
美月は慌てて皐月をキャッチした。しかし、そのせいで両手が塞がり、その隙を突かれて金槌で後頭部を殴られる。そのせいで皐月を手放してしまったし、ダメージも受けた。
「ガッ……」
「戦場であれば仲間であろうとも構ってはならぬよ。小娘」
「だ、まれ……!」
美月は軽く脳震盪を起こしながらも刀を中年の男に向けて一閃するが、軽くバックステップで躱される。ついでに鎖で皐月も回収された。
「そろそろ私の相棒が君達の拠点を見つける頃であろう。あの偉大なる科学者様は運動神経が皆無と聞く。さすれば、後は君達だけよ」
中年の男は余裕を見せながら皐月の手に手錠をかけようとするが、横から無数の土のナイフが飛んで来る。
「ぬぅっ…!」
金槌を回して鎖を盾にして身を守る。収まった後に下を見ても、皐月は居ない。
逃げたか……と思ったが、背後から2つの大きな殺気。
「オラァ!!」
「しっ!」
「……近頃の子らは至極野蛮よ」
流石に受けきれないと判断した中年の男は皐月の刀を弾き、美月の刀を避けて距離を取る。
「へっ!私達を舐めんな!」
「本番はこれから」
何やら大量の土のナイフを用意しながら中指を立てる皐月に、刀を鞘にしまって本気の構えをする美月。
「……老体には厳しいな、全く」
中年の男は金槌を構えながら、そう呟いた。
時同じくして、皐月と美月の拠点の近くに移る。
「成程。ここですか」
能力を使っても上手く森を抜けなければたどり着けなかった。足跡が続いていた事が唯一の救いだ。
ただ、距離が離れているので捕まえるには近付かなくては。その為にも、直近の問題を解決すべきだ。
「……見えていますよ。そこの貴方」
女が木の後ろを見ながらそう言うと、1人の女が出て来た。身長はそこまで大きくない。特徴的な外見も見受けられないが、ここにいるという事は能力者で間違いない。警戒して……
「お"っ……」
いきなり腹に違和感が生じる。何だ?何の能力だ?どうしてこうなって……
「うわぁ……まだ意識ある……こういう時は、皐月さんが言ってた……えいっ」
「んぐぉ"ッッ!!!」
悲痛な嗚咽が響いた後、女はその場に倒れた。
「……本当に倒れた…………やっぱ、ポ**オ開発って凄いのかな……僕も今度自分の殴ってみようかな……うへへ」
忍は1人で妄想しながら女の足を引っ張って家に戻って行った。
『……やはり、こちらに増援は必要無かったな』
奏はそう呟きながら、ドローンを今も戦う2人の元へと戻らせた。
「……はぁ。どういう事だ?」
奏は目の前の画面に移る2人を瞬と一緒に見ていた。何でも、楓は外の警戒をするから瞬を見ていて欲しいと。
だが、面倒を見ている暇なんて無い。この映像を分析しなければ。こんな一方的な戦いなんて戦いとは呼べない。これはただの実験だ。色々考えていると、横で見ていた瞬が手のペンを右手左手に瞬間移動させて遊びながら言う。
「……これ、恐らくですが私の力の応用です」
「ふむ……確かに君は空間を操ると聞いたが……こんな事になるのかな?」
「それは……私がまだ魔法を使いこなせていないだけなのですが……分かりません」
画面には、3人の位置が攻撃の度にランダムに変わって攻撃する映像が流れる。否、ランダムでは無い。
中年の男が攻撃しようとした所に居た皐月と防御体勢を整えた美月の場所が入れ替わる。なので攻撃を受けた美月のダメージはほぼ無く、逆に皐月によって中年の男に打撃が入る。
逆に美月を攻撃しようとすれば、そこには土のナイフがあったり防御体勢を整えた皐月が居たりする。そして、美月がその隙に鋭い打撃をする。
しびれを切らした中年の男が距離を取ろうとすれば、皐月お手製の土のナイフと場所が入れ替わって中年の男は逃げられない。
なので3人の周囲には土のナイフが沢山転がっている。当然そうなれば中年の男も長くは無く、その場に傷だらけになりながら倒れ込んだ。
笑顔でドローンに手を振る2人を見て、奏はドローンを家に帰した。その数分後には、2人が中年の男を引きずって帰って来た。
「いやー、初めてやったけど上手くいった!」
「流石皐月」
その言葉に、瞬と奏はただ目を合わせて笑うしかなかった。
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