イグニス王国秘密情報局――転生した公爵家三男はいつのまにか王女様の専属近衛騎士兼、王国初の情報機関創設者になっていました――

冬木 慧

Chapter1『創設編』

1_01_平穏に生きたい系主人公は大体何かに巻き込まれる


 「え?俺が第二王女殿下の護衛ですか?」


 俺は突然のことに驚いて聞き返した。


 「護衛とはいっても学院内だけだがな」

 

 机の奥で椅子に座りながら話す男はエディンバラ公爵家当主、レジナルド・エディンバラ。

 鷹のように鋭い眼光に鍛えられた体躯、短い銀髪には威圧感がある。


 「今年は第一騎士団団長の息子も入学しているのに俺なんですか?」


 机の前に立って話しているのは俺、ルーク・エディンバラ。

 父譲りの銀髪と引き締まった身体に、母と同じ碧い瞳。


 「そうなんだが、何故か陛下がお前にするというからな。しょうがない」


 「しょうがないって、えぇ……」


 王女様の護衛などという重役をなぜ俺に……。


 「もしかしたら王立星詠院の意向もあるかもしれないな」


 「断れませんか?」


 「無理だな」


 「……ですよね」


 「理由がないからな」


 「……わかりました。引き受けます」


 そういうと父は安堵したように椅子に背を預けた。


 「断ると思っていたんですか?」


 「もしかしたら、とはな。お前はあまり何かに縛られるのを好かんだろう」


 「そうですね。せっかく三男に生まれたんですから今のうちに自由を謳歌したいですね」


 「お前にはすまないと思っている。分かっていると思うがエディンバラ公爵家の血を引く以上完全な自由はない」


 「分かってますよ。俺は自分の幸運に感謝しています。理解のある親バカな両親を持ったことに」


 父の申し訳なさそうな顔はあまり見て面白いものではないため、にやにやしながらそう言うと父は溜息を吐いた。


 「親に親バカとはなんだ」


 「どうせさっきのを断っていたら、父上のほうでなんとかしたんでしょう?」


 「……」


 俺が断っていたら父は公爵家当主という権力を最大限活用して断る理由を作っていただろう。


 「執務頑張ってください父上。では」


 苦い顔をしている父を置いて部屋を出る。



 執務室の扉を静かに閉め、歩き出す。


 ……第二王女殿下の護衛、か。


 この世界に転生して早十六年。

 

 物語だけの話だと思っていたことが自分の身に起き、もちろん混乱した、だがそれ以上に心が躍ったのを覚えている。


 転生先はよくある中世ヨーロッパ風ファンタジー世界だった。


 その世界の中堅国家であるイグニス王国公爵家三男だ。

 

 この国では基本的に長子が次期当主なので、次子は当主補佐兼スペアとなる。


 三子以降ほとんど当主になる可能性はない。

 

 だが、三男といえども幼少期から貴族教育を受ける。計算は勿論、読み書きや歴史、統治学といったものは前世の記憶があるおかげで面白いように吸収でき、周りからは要領のいい子だと思われている。

 

 もっとも、貴族特有の堅苦しい礼儀作法だけは苦手で、教育係には「ルーク様にも苦手なことがあるのですね」とよく笑われたが。


 公爵家ほどの上級貴族三子に用意される道はそう多くない。現状、俺の将来は政略結婚だろう。

 

 だが、せっかく転生したこの世界で楽しく生きたいのでまだ結婚はしたくない。

 

 そこで俺は、取り敢えずの時間稼ぎとして騎士学院に入ることにした。


 幼少期からある程度は剣術その他諸々を鍛えてきたので、騎士学院に三席で入学できた。


 主席はイグニス王国王立第一騎士団団長レオナルド・ラザフォード侯爵の子息、マクシミリアン・ラザフォード。


 次席がイグニス王国第二王女、シャーロット・ヴィクトリア・イグニス。


 普通に考えれば主席のマクシミリアンが護衛に就くはずだ。


 マクシミリアンからしたら憤慨ものだろう。入学は一週間後だが、もうすでに頭が痛い。


 「大丈夫ですか?ルーク様」


 いつの間にか自分の部屋についていた。


 部屋の前で律儀に待っていたのか、従者のエマがちょこんと立っていた。


 腰に届くほど長い金髪に、俺と同じ碧色の瞳。特徴的な耳からわかるようにエルフだ。


 エルフは長命で成長が遅く、エマも俺と同じ歳のわりに小柄だ。


 「大丈夫だよ。少し考え事をしていたんだ」


 「そうなのですね。……ルーク様の道を阻むものは私が全て切り伏せるのでご安心ください!」


 小学生みたいな子が笑顔で物騒なことを言うのは何とも言えない。


 「……変なもの切らないようにね」


 「はい!」


 危なっかしい妹を見ているみたいで偶に心配になる。


 「あ、ルーク様、修練の時間ですがどうしますか?」


 「もうそんな時間か。このまま一緒に行こうか」



 

 王都を出て俺たちは森に来ていた。


 森の奥地にあるここは、昔から俺が使っている場所だ。いい感じにひらけているので、隠れて鍛える時に役立つ。


 「今日は何からしますか?」


 「剣術からしようか」


 「はい!師匠!」


 エマは色々あって俺の従者になったが、少し前から剣術を俺が教えている。


 俺とエマは互いに剣を構え、森の静寂の中で対峙する。


 「いつでもいいぞ」


 俺の言葉を合図に、エマが動いた。

 彼女の小柄な身体が一瞬淡い光を帯びる。全身に魔力を巡らせ、身体能力を底上げする。これがこの世界で最も基本的な魔力の使い方――身体強化ブーストだ。


 残念なことに、この世界の魔力は手から火の玉を出したり、水を出したりすることはできない。


 魔力は魔道具のエネルギーや、エマが今やったように闘気のような使い方が一般的だ。


 「――」


 エルフ特有の俊敏性に身体強化が加わり、エマは一瞬で俺の懐に潜り込む。下段から突き上げるような鋭い一閃。並の騎士であれば反応すらできないだろう。

 

 キンッ!と甲高い金属音を響かせ、俺はそれを剣で軽く受け流した。


 「惜しいな」


 「くっ……まだまだです!」


 エマは休むことなく、嵐のような連撃を仕掛けてくる。その一撃一撃は重く、速い。

 だが、その全てを俺は最小限の動きで見切り、捌いていく。


 「今日の課題を言うのを忘れていたな。今日のテーマは魔力の指向性だ」


 「魔力の指向性……ですか?」


 戸惑いの声と共に、エマの動きが一瞬鈍る。その隙を見逃さず、俺は一歩踏み込んだ。


 「そうだ。エマは全身に魔力を垂れ流しているだけだ。それでは燃費が悪いし、最大出力も下がる」


 俺は身体強化をまだ使っていない。

 

 エマが振り下ろした剣を受け止める。力任せに押さえ込もうとするエマ。だが、俺の剣は微動だにしない。


 「なっ……!?」


 「よく見ておけ。魔力は使うべき瞬間に使うべき場所へ流すんだ」


 俺は腕にだけ、ほんのわずかな魔力を集中させる。それだけで、いとも簡単にエマの剣を弾き返した。

 体勢を崩したエマが、体勢を立て直そうと一歩下がる。


 ――その一歩が、遅い。


 俺は次に、足の裏にだけ魔力を集中させ、爆発させる。

 景色がぐにゃりと歪み、次の瞬間、俺はエマの背後に立っていた。


 「え……?」


 何が起きたか分かっていないエマの首筋に、俺は剣の切っ先を向ける。


 「これが魔力の効率的な使い方だ。全身を強化しなくても、脚力だけでも、腕力だけでも、瞬間的に強化すれば格上すら凌駕できる。更に応用すれば――」


 俺は剣に意識を集中し、刃の部分に魔力を纏わせる。


 「こうして武器に魔力を通わせれば、切れ味も強度も跳ね上がる。魔力刃っていう、ちょっとした応用技だ」


 俺は近くにあった大木へ、その剣を振り抜いた。

 ゆっくり鞘に戻すと同時に、ドゴンッ!と、大きな音を立てて大木が倒れる。


 「……すごい……すごいです師匠!」


 きらきらと目を輝かせるエマに、「エマもできるようになるよ」と頭を撫でた。


 実はこの効率的な魔力の使い方はあまり周知されていない。


 俺は前世の記憶があるので魔力というものに対して鮮明なイメージを持つことができた。


 ラノベやマンガで見ていた色々な方法を試すことができたからこそだろう。


 一種の転生アドバンテージだ。


 「まあ、基本の応用だけどな。もう一本いこうか」


 「はい!」


 エマの瞳に、さっきよりも強い輝きが宿っていた。

 

 こうして俺たちの午後の修練は、陽が傾くまで続いたのだった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る