ダンジョン崩壊と、英雄の凱旋
俺は五人(主に俺の弟子三人)に向かってゆっくりと歩み寄る。
そして泥だらけでへたり込む三人の頭を順番に(面倒くさがらずに)ポン、と軽く叩いた。
「お疲れ様。よく頑張ったね」
俺のいつも通りの、まるで訓練が終わった時と同じ、穏やかな声。
その一言が、限界ギリギリで張り詰めていた三人の少女たちの『何か』を、完璧に断ち切った。
「……っ!」
まず、クロエが。
「う……う…!師匠(バカ)!マジで、死ぬかと、思ったじゃねえか…!」
彼女は強がりも忘れてその場に突っ伏して声を上げて泣き始めた。
「にゃああああん!お兄ちゃん!怖かったにゃあ!」
次にララが。
我慢していた恐怖が(勝利の安堵で)一気に噴き出し俺の腰に全力で抱きついてきた。
「ひっ…!う、うわあああああん!ユートさん!わたくしたち、やりました、ウサ!」
最後にミミが。
俺の腕に、ララとは反対側からしがみつき泣きじゃくる。
(うおっ)
(あ、はいはい。またこれか)
俺は再び『幸福な美少女まみれ状態』に陥った。
右腕にミミ(兎)。
左腰にララ(虎)。
そして背後からは立ち上がったクロエが俺の背中に顔をうずめて(たぶん鼻水を拭いながら)抱きついてきていた。
(……重い。暑い。あと、ララの虎耳が、俺の脇腹に当たって、くすぐったい)
(だが…まあ、悪くない)
俺がこの温もりを仕方なく受け入れていると。
「……あ、あの…!」
気まずそうな声がした。
見るとボロボロの勇者・佐藤健太と聖女・セレスティーナが俺たちを遠巻きに(ドン引きしながら)見ていた。
「(あ、忘れてた)」
俺は(背中にクロエをくっつけたまま)二人に向き直る。
「助かった…!あんた、一体、何者なんだ!?俺は勇者の佐藤健太だ!こっちは聖女のセレスティーナ!」
健太が、折れた聖剣を杖代わりにしながら、俺に(警戒半分、尊敬半分で)名乗ってくる。
(知ってる。鑑定済みだ。レベル15のな)
「あ、あの…!わ、わたくしはセレスティーナと申します…!」
聖女(セレスティーナ)が、俺に怯えながら深々と頭を下げた。
「あの最後の、暴風の中の温かい『光』…。間違いありません。あれは神聖魔法による最高位の『広域防御結界』…!」
(この人…あの状況で、私たちごと、守っていた…!?)
(お、バレたか?まあ、こいつ(聖女)の魔力の『質』は本物だ。気づかれても仕方ない)
俺は、そんなセレスティーナの(的確すぎる)分析を完璧にスルーする。
「どうも。Fランク(今はDランクだったか)冒険者のユートです。こっちこそ、勇者様と聖女様が雑魚を掃討してくれたおかげで助かりました」
俺は、完璧な『人畜無害な一般人』スマイルを二人に送る。
「「は?」」
健太とセレスティーナが、同時に、固まった。
((は?今、この人、何を、言った…?))
俺の白々しい言葉に、俺の背中で泣き止んだクロエがキレた。
「(ゴスッ!)(後頭部に、拳骨)」
「(痛っ!?)」
「何言ってんだ、このボケ師匠!?」
「にゃあ!お兄ちゃんズルい!全部、お兄ちゃんが、やっつけたのに!」
「うう…!ユートさんが指示してくれたからですウサ!」
俺の弟子三人が、一斉に俺に抗議してくる。
「「((『師匠』!?)」」健太とセレスティーナが、俺と三人の関係性にますます混乱している。
(あー!もう!うるさい!)
俺がこのカオスな状況をどう収めようか考えたその瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
広間全体が、激しく揺れ始めた。
天井からパラパラと瓦礫が落ちてくる。
「!」
「な、なんだ!?」
(チッ。ボスが死んだから、ダンジョンの維持魔力が切れたか。お約束だな)
俺は冷静に分析する。
ガルーダが消えた玉座の後ろの壁がガラガラと崩れ、眩い光の『出口』が現れた。
(転移ポータルか。よし)
俺は、まだ抱きついてくるララとミミを引き剥がし、呆然とする全員の尻を叩いた。
「さあ、脱出だ!何をぼさっとしてる!崩れるぞ!」
「お、おう!」
「い、行きますウサ!」
「コネットさん!貴族の、皆さん!こっちだ!」
クロエとミミが、非戦闘員たちを誘導し始める。
(よし。ちゃんと育ってるな)
「……さあ、凱旋だ」
俺はこのクソ面倒だったダンジョン攻略が、ようやく終わることに安堵しながら、最後にポータルへと足を踏み入れた。
眩い光。
浮遊感。
そして次の瞬間。
俺たちの鼻を突いたのは、懐かしいアークライトの土と埃の匂いだった。
「空だ!」
ララが空を指差して叫ぶ。
紫の岩盤ではない、本物の青空がそこにはあった。
ポータルが開いたのは、アークライトの中央広場のど真ん中だった。
そして。
「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」
「「「「「「出てきたぞおおおおおおお!!!」」」」」」
俺たちを迎えたのは、万雷の拍手と歓声だった。
広場を取り囲むように、応援の騎士団やギルドの職員たち(コネットさん以外の)が集まっていた。
ダンジョンから解放された町民たちも、泣きながら手を叩いている。
「……お、おお。派手な、出迎えだな」
俺はこの凱旋ムードに少し気圧される。
だが、彼らの視線が誰に向けられているか俺はすぐに理解した。
「勇者様だ!」
「聖女様も、ご無事だ!」
歓声は、ボロボロになりながらも最後にポータルから出てきた、健太とセレスティーナに集中していた。
(……よし!完璧だ!)
俺は心の中でガッツポーズを取った。
(俺たち『スローライフ希望』は、戦闘のどさくさで泥だらけ。勇者パーティーに助けられたただのDランク冒険者だ。これなら、目立たない!)
俺はクロエ、ララ、ミミに「(おい、ずらかるぞ)」と目配せし、群衆の輪からそっと離れようとした。
(これで、俺の、スローライフが、戻ってくる!)
俺の計画が完璧に軌道修正されたと確信した、その瞬間。
「――待ってください!」
凛とした、しかし、切実な声が、俺の背中を引き止めた。
俺が振り返ると、そこには人混みをかき分けてきた聖女・セレスティーナが立っていた。
(……あ、クソ。一番、面倒なやつに、捕まった)
俺のスローライフへの道が、また遠のいていく音がした。
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