激戦・蜘蛛の女王と、三人の覚醒

ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


洞窟全体が、親玉(大蜘蛛)の凶悪な咆哮で震えている。

家ほどもある巨体。

無数の赤く輝く単眼。

振りかざされる鎌のような前足。

その圧倒的な『格』の差に、三人の少女たちは完全に飲み込まれていた。


「「「(((無茶だ(にゃ・ウサ)ーーー!?)))」」」


「ひっ…!あ、あんなの…!オークジェネラル(一ヶ月前のボス)よりぜんぜんデカい…!」


クロエがミスリル短剣を握りしめたまま完全に腰が引けている。


「にゃあああ!お姉ちゃん、ララの後ろに!」


ララが、本能的な恐怖で虎耳をペタンと伏せながらも、ミミの前に必死に立ちはだかる。


「あ…あ……(ガタガタガタガタ)」


ミミに至っては、先ほどの(コネットさんを救った)覚悟はどこへやら、再び腰を抜かして震えている。


(……はぁ。まあ、そうなるわな)


俺はそんな三人の(当然の)反応を一人だけ冷静に分析していた。


(敵は『タルテクト・クイーン』。Bランク上位。弱点は『火』と『氷』。だが、今のこいつらじゃ弱点属性の魔法を詠唱する『時間』が無い)


(厄介なのは、あの腹部の『毒液袋』と脚の『超振動』による糸の広範囲操作)

2周目の時、こいつの亜種の『糸』のサンプル集めに3日費やしたっけ。最悪の思い出だ。


(……で、問題は)


俺は自分の背後――ミミが必死に『シールド』で守っている非戦闘員たち――を一瞥する。

意識が戻ったコネットさん。

震える貴族と侍従たち。

助け出した数人の冒険者たち。


(こいつらを守りながら、だ)

(……はぁ。面倒くささカンスト級だろこれ)


ギシャアアア!


親玉が痺れを切らし、一番近くにいたララにその鎌のような前足を叩きつけてきた!


「にゃ!?」


(速い!)


ララが反応できない!


「――【高速思考:風の魔力障壁】!」


俺の誰にも見えない詠唱破棄のサポートマジックが入る。


ドゴオオオオオン!


ララの(アダマンタイト製の手甲が、蜘蛛の前足を(奇跡的に)受け止める形になる。


「にゃあああああ!お、重いーーー!」


ララは、必死に踏ん張るがBランク上位のパワーにミシミシと骨が軋む!


「ララ!」

「ララちゃん!」


クロエとミミが絶叫する。


「(……チッ!やはり、俺の隠密サポートだけじゃジリ貧か!)」


俺は、覚悟を決めた。


(スローライフは、もう知らん!)

(こいつら(弟子?)ここで死なせるわけにはいかない!)


俺は、このダンジョンが始まってからずっと『裏方』に徹していた、その『重い(面倒くさい)』口を開いた。


「――ミミ!!!」


「(ひゃっ!?)」


「ララに【ヒール】!詠唱継続!死んでも止めるな!」


「は、はいぃぃぃっ!」


ミミが涙ながら杖を構える!


「クロエ!」

「お、おう!」


「あのデカブツの目!八つ全部!お前のその(ミスリル)短剣で潰せ!」


「(((無茶だ(にゃ・ウサ)ーーー!?)))」

(ミミと(吹っ飛ばされそうな)ララの心の声がハモった)


「む、無理だ!あんな高いとこ!」


「【影移動】を使え!一ヶ月、教えただろ!ヤツの体の『影』を足場にしろ!」


「(あ、あれ、足場に、できるのか!?)」


「ララ!」

「(にゃあああ!腕が折れる!)」


「【獣化】!今、使わなくていつ使う!お前の全力でその鎌を押し返せ!」


「(……っ!)」


ララの虎目に火が灯った。


「「「(((やってやる(ぜ・にゃ・ウサ)!!!)))」」」


俺の矢継ぎ早の的確な(無茶振りな)指示。

それは、一ヶ月の地獄の(?)訓練で、俺の声を『絶対の(メシに、次ぐ)指針』として刷り込まれていた、三人の体を即座に動かした!


「(ユートが、言うなら、できる!)――【影移動】!」


クロエの体が、黒い影となって大蜘蛛の脚の影に跳ぶ!


「(お姉ちゃんと、お兄ちゃんのご飯は、ララが守る!)――【獣化】!にゃあああああああ!」


ララの体が黄金の闘気に包まれ、大蜘蛛の前足を力ずくで押し返し始める!


「(ララちゃんも、クロエお姉ちゃんも、死なせませんウサ!)

――【大地の癒し(ヒール・オール)】!」


ミミの杖から温かい光がララに注がれる!


「(よし、第一段階、クリア!)


俺は、背後のコネットさんたちを守りながら(もちろん、見えない魔力障壁で完璧にガードしながら)、指揮を続ける。


「クロエ、速い!目を潰せ!」

「(しゃああ!一つ目!二つ目!)」


クロエが大蜘蛛の頭上を縦横無尽に駆け回り、ミスリル短剣でその(無数の)目を次々と潰していく!


ギシャアアアアア!?


目をやられた大蜘蛛が、苦し紛れに暴れ回る!

狙いはララ!


「ララ、左に跳べ!」

「にゃ!」


ララが紙一重で回避!


「ミミ、詠唱!ヤツの足元に毒の液が来るぞ!」


「(え!?)…【広域浄化(リフレッシュ)】!」


ミミが咄嗟に浄化魔法を発動!

大蜘蛛が撒き散らした猛毒の体液が光に包まれ蒸発していく!


「(よし!ミミ、ナイス!)クロエ、そのまま脚の関節を狙え!」

「(多すぎるんだよ、脚!)」


「ララ、正面!ヤツの大顎が来るぞ!お前の一番硬い『額』で受けろ!」

「(額!?)」


「(お兄ちゃんの、バカーーー!)【虎咆拳】!」


ララが(ヤケクソで)額(?)から闘気の衝動波を放つ!

大蜘蛛の大顎と激突し、轟音が響き渡る!


「(……コネットさんが起きたか…)」


俺の背後で、ミミの回復を受けたコネットさんが意識を取り戻し、この地獄のような(しかし、神がかった)『連携バトル』を呆然と見上げていた。


「(あ……あれは、ユートさん…?な、何を指示してるの…?あの新人の女の子たちが、あんなデカい魔物と渡り合ってる…!?)」


「(……チッ!キリがない!)」


俺は舌打ちをした。

大蜘蛛の、再生能力が高すぎる。


クロエが潰した目が再生し始めている。

ララの闘気も切れかかってきた。

ミミの魔力も限界に近い。


(……このままじゃジリ貧だ)

(仕方ない。……『奥の手』か)


(俺が(バレないように)『時空魔法』でアイツの動きを一瞬止めて――)


俺が4周目の禁じ手を使おうとしたその瞬間。


「(……あ!)」


俺の【万物鑑定(ゴッド・アイ)】が、暴れる大蜘蛛の腹部に一瞬だけ現れた『魔力の、歪み』(核)を見逃さなかった。


(……あそこか!あの外骨格の僅かな亀裂!あそこがコアだ!)


(……だが、どうやって、あそこを、狙う?)

(クロエの短剣じゃ貫通できない)

(ミミの魔法は間に合わない)


(……ララ、か)

(ララの最大火力の一撃なら…!)


俺は叫んだ。


「ミミ!ララに残り全部の魔力を使え!『祝福(ブレス)』を!」


「(え!?は、はいぃ!)」


ミミが最後の力を振り絞る。


「クロエ!ヤツの全ての注意を引け!3秒でいい!」

「(3秒!?わかったよ!)」


「ララ!」


「(はぁ…はぁ…!もう限界だにゃ…!)」


ララの虎耳が力なく垂れていた。


俺は彼女に叩き込む。


「お前の一撃で全てが決まる!」


「(え…!?)」


「ヤツの腹!腹の下の傷!そこにお前の全力の、【虎咆拳】を叩き込め!」


「「「(((いくぞ(ぜ・にゃ・ウサ)!!!)))」」」


三人の心が最後に一つになった。


「(しゃああああ!こっちだ、化け物!)」


クロエが全ての目の前で目立つように踊る!


「(ララちゃん!ユートさん!皆!お願い!)――【祝福】!」


ミミの全魔力がララの体に注がれる!


「(お姉ちゃんの力…!ユート(おにい)ちゃんの声…!)」


ララがミミの魔力で最後の力を得る。

彼女は、大蜘蛛がクロエに気を取られたその一瞬の隙を突いた。

ヤツの懐に潜り込む!


「(……あった!お兄ちゃんの言ってた『傷』だにゃ!)」


「(いけええええええええ!)」


「――【虎】【咆】【拳】ッ!にゃああああああああああああ!」


ララの、小さな(しかし、ミミの祝福と俺の訓練の全てが込められた)黄金の拳。

それが、大蜘蛛の唯一の弱点に吸い込まれるように叩き込まれた。


ピシッ。


一瞬の静寂。

大蜘蛛の動きが止まる。


「……え?」


ララが自分の拳を見つめる。


ピシピシピシピシ……!


大蜘蛛の核から亀裂が全身に走っていく。


「(……やった、か)」


俺が呟いたその瞬間。


「(ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!)」


大蜘蛛は、最後の断末魔を上げ光の粒子となって爆散した。


「…………」 「…………」 「…………」


静寂が戻る。

残されたのはその場にへたり込む三人の少女たちと。


「はぁ…はぁ…。やっ、た…?」

「……倒したのか…?あの、デカブツを…?」

「……ララちゃん、クロエお姉ちゃん…!」


「「「(((やったあああああああああああ!(にゃ・ウサ)!)))」」」


三人は疲労困憊の中抱き合って勝利を喜んでいた。

俺はその光景を見て静かに頷く。


(……よし。今の連携ならDランクパーティーとして合格だ)


その瞬間だった。

激戦を終えた三人の体がまばゆい光に包まれた。


「「「え!?(にゃ!?)(ウサ!?)」」」

「な、なんだ、これ!?」

「体が、あったかいにゃ!」

「魔力が、戻って…!あふれてきますウサ!」


(……ああ。これか)

(格上のボスを倒した経験値ボーナスとスキルの覚醒か)

(……また、少し面倒くさい(強い)身体になっちまったなこいつら)


俺は光の中でレベルアップに戸惑う三人と、その光景を呆然と見つめるコネットさんたち(お荷物)を見て再び盛大にため息をついた。

ダンジョン攻略はまだ中盤だ。

俺のスローライフへの道は遠い。

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