地獄の特訓一ヶ月後と、増えた『家族』

あの焚き火の夜の誓いから、一ヶ月が経過した。


「クロエ、右翼に回り込め! 牽制(けんせい)が甘い!」

「ララ、デカブツ(オーク)のヘイトがお前に向く! 【獣化】のタイミングを合わせろ!」

「ミミ! 詠唱が0.3秒遅れる! ララが潰されるぞ!」


「「「(((鬼(おに)ーーー!!)))」」」


俺の、容赦ない(しかし的確すぎる)指示(コマンド)が、アークライト近郊の森に響き渡る。

俺たちのパーティー『スローライフ希望(ウィッシュ)』の、地獄の(と三人が呼んでいる)実戦特訓(レベリング)は、この一ヶ月間一日も欠かさず続けられていた。


そして、今。

目の前で、Cランクパーティーですら苦戦するという魔物『オークジェネラル』が、断末魔の叫びを上げて、轟沈した。


「……ふぅ。よし、討伐完了」


俺は、いつもの定位置(安全な高台の木の枝)の上で、インベントリから取り出した『冷えたお茶』を飲み干した。


「「「(((ぜえ……はぁ……はぁ……)))」」」


地面では、三人の少女たちが、泥と汗と(たぶん)オークの返り血にまみれ、肩で息をしていた。


だがその姿は、一ヶ月前ゴブリン相手に悲鳴を上げていた『ひよこ』たちとは、もはや別人だった。


「……やった……。やった、ぜ…! ユート!」


クロエがミスリル短剣を地面に突き立て、荒い息の中勝ち誇ったように笑う。

彼女の動きは、もはやEランクのそれではない。


(クロエは、俺の(剣聖としての)体捌きと、俺の(ラノベオタクとしての)『忍者知識』を叩き込んだ結果、完璧に化けたな) 彼女の職業(ジョブ)は、すでに『盗賊(シーフ)』から、上位職の『斥候(スカウト)』へとクラスチェンジしていた。


さっきの戦闘でもオークジェネラルの視線を完全に欺き、その巨体を翻弄(ほんろう)していた。

スキル【隠密】は当然として、その上位互換である【影移動(シャドウムーブ)】の初歩(しょほ)すら、使いこなし始めている。


「にゃあああ! ララの勝ちだにゃ!」


ララは、疲労困憊のはずなのに、元気いっぱいにガッツポーズをしている。


(ララは、単純明快な分、吸収が一番早かった)


俺が(これも3周分の知識で)改良した『虎斑(とらふ)の道着』と『肉球ガントレット』は、彼女の【獣化】スキル のパワーを一切逃さず拳に伝える。


その一撃は、もはやオークの盾すら粉砕する威力だ。

職業(ジョブ)も『格闘家』から『モンク』へと進化している。


「はぁ…はぁ…。や、やりました、ユートさん…。わたくし、ちゃんと…できました、ウサ…?」


一番、疲労困憊なのは、やはりミミだった。


彼女は、後方で『世界樹の杖』を支えにへたり込んでいる。


(だが、ミミこそがこのパーティーの『要(かなめ)』だ)


あんなに臆病だった彼女は、今やララが攻撃を受ける『直前』に、【聖域の盾(ホーリー・バリア)】を完璧なタイミングで展開できる。


これは、彼女のユニークスキル【兎の耳】が、単なる聴覚ではなく、敵の『殺気』や『魔力の流れ』すら察知する、予知に近い領域に達し始めている証拠だった。

職業(ジョブ)も『神官(プリースト)』から『白魔道士』へと、順当に進化を遂げていた。


(……うん。見違えたな)


俺の指揮(フルサポート)ありとはいえ、結成一ヶ月の新人パーティーがCランクの魔物を(ほぼ)無傷で倒したのだ。

この成長スピードは、はっきり言って異常だ。


(まあ、俺が、マンツーマンで、メシ(超回復)付きで、毎日スパルタしてるんだ。当然か)


俺が、一人で(師匠面で)満足げに頷いていると、泥だらけの三人が高台の下に集まってきて、俺を見上げていた。

その瞳は、一ヶ月前とは比べ物にならないほど強く、自信に満ちていた。

そして。


「「「(((メシ!!!)))(((腹減った!!!)))」」」

「「「(((肉!!!)))(((甘いもの!!!)))」」」


……自信以上に、『食欲』に満ち満ちていた。


(……はいはい。帰るか)


俺の『最強美少女パーティー育成RTA』は、今のところ順調すぎるほど順調だった。


「いやあ、それにしても今日のオークジェネラル、強かったな!」

「ララ、最後の一撃カッコよかったにゃ!」

「ク、クロエお姉ちゃんの動きもすごかったですウサ!」


ギルドへの帰り道。

さっきまでの疲労はどこへやら、三人は(これから食える『ユートのご飯』を想像して)完全に回復し、キャッキャとはしゃぎながら歩いていた。


そして、それ以上に深まったのは心の絆だった。

この一ヶ月、文字通り「同じ釜の飯を食い」「同じ(俺の)地獄の訓練を乗り越え」、四人(俺含む)はもはや「他人」ではなかった。


「おーい、ユート! 待てって!」


クロエが後ろからタタタッと駆け寄ってくると、なんの躊躇いもなく俺の背中に「えいっ」と飛び乗ってきた。


「うおっ!? こら、クロエ! 降りろ、重い!」

「やだね! 師匠は頑張った弟子を運ぶ『乗り物』だろ! あー、ユートの背中あったけえ。なんか落ち着くぜ…」


クロエは俺の首に腕を回し、背中で満足そうにすりすりと頬を寄せている。

一ヶ月前、俺の腕に絡むだけで照れていた乙女はどこへ行ったのか。


今や、この『師匠へのスキンシップ』は彼女にとって呼吸をするのと同じくらい自然なことになっていた。


「あーーー! クロエお姉ちゃん、ずるい! 抜け駆けだにゃ!」


それを見たララが黙っているはずもなかった。


「お兄ちゃんは、ララの! ララの『抱き枕』なのにゃ!」 ララは俺の右腕に正面から抱きついてきた。


「ぐっ…! ララ、お前…!」


俺は、顔を赤らめる。


(近い! 近いって! お前その『虎斑の道着(へそ出し)』で、真正面から抱きつくな! 色々と柔らかいモンが腕に…!)


ララは、そんな俺の葛藤(と理性の悲鳴)など知らず「えへへー、お兄ちゃんの匂い、落ち着くにゃー」と、虎猫のように喉を鳴らしている。


「あ……あ……」


そして、最後尾。

ミミが、その光景を羨ましそうに、しかし自分から行く勇気もなくモジモジと見ている。

その兎耳は、寂しそうにペタンと垂れ下がっていた。


(……はぁ)


俺は、背中にクロエを(おんぶし)右腕にララを(抱きつかせた)まま、空いている左手をミミに向かって差し出した。


「……ミミ」

「ひゃっ!?」

「お前も、来ないとはぐれるぞ」


「……!」


ミミの顔が、ぽわっとリンゴのように真っ赤に染まる。


「は、はいぃ! ですウサ!」


彼女はおずおずと、しかし一ヶ月前には考えられなかったほど力強く、俺の左手をぎゅっと握り返してきた。


(……俺の、スローライフは……)


右手に虎(妹)、左手に兎(姉)、背中に盗賊(弟子)。


俺は、アークライトの街門で、完全に『ハーレム主人公(物理)』の構図のまま、ギルドへと向かう。


「(……コネットさんの目が怖いんだよなぁ、最近……)」


「――はい。Cランク魔物『オークジェネラル』の討伐、確認しました。素晴らしい連携です」


ギルドのカウンター。


俺たちの(異様な)姿を、もはや「無」の表情で見つめながら、コネットさんが事務的に報酬の入った革袋を差し出した。

彼女の狐耳は、ピクリとも動かない。


(あ、これ、本気でキレてる(拗ねてる)時の目だ…)


「これで、パーティー『スローライフ希望』は、本日をもってEランクからDランクへの昇格を、正式に受理いたします。おめでとうございます」


「「「やったーーー!(にゃ!)(ウサ!)」」」


三人が、俺に抱きついたまま歓声を上げる。


「(一ヶ月で、F(新人)からDか…。まあ、俺が育てればこんなもんか)」


俺が、一人で納得していると、コネットさんは淡々と報酬の袋を四つに分けた。


「こちらが『パーティー共有資金』です。ユートさんが管理でよろしいですね?」

「ああ、頼む。食費と宿代、雑費はここから出す」


「そしてこちらが、クロエさん、ララさん、ミミさん、それぞれの『個人報酬分』です」


「「「(((きた!)))」」」


三人の目が、ギラリと光る。

俺は、一ヶ月前から彼女たちに「金銭管理」も叩き込んでいた。


パーティーとしての必要経費(主に俺の食材費)は共有資金から。

それ以外、自分たちの装備の修繕費や個人的な『おやつ代』『趣味代』は自分たちで稼いだ金(分配金)で、自分で管理させる。

これも、彼女たちの『自立』のための重要な訓練だった。


クロエが自分の革袋を受け取り、チャリンと重さを確認する。


「(へへん。結構、貯まってきたぜ。これで、あの店(ドワーフの髭)のオヤジに、ミスリルの『手入れ油』、一番高いやつ買ってやるか…!)」


ララも、自分の(虎柄の)がま口に金貨を詰め込む。


「(にひひ…。これだけあれば、市場の『全部乗せ串焼き』が五本は食べれるにゃ! お兄ちゃんに内緒で一人で食べるんだにゃ!)」


ミミも、小さな(兎の刺繍入りの)巾着を大事そうに握りしめる。


「(あ、あの…。これでユートさんにいつも作ってもらってるお礼に…。何か、甘い『蜜(みつ)』とか、買ってあげたいですウサ…)」


(……ララのやつ、絶対、全部食費に消えるな)


俺が、三者三様の(分かりやすい)金の使い道を想像して、苦笑いしたその時だった。


「さあ、お前たち!」


俺は、共有資金の袋を(インベントリに)仕舞い、三人の弟子(護衛)に向き直る。


「ランクも上がった。金も貯まった。……そろそろ、この街を出るぞ」


「「「!」」」

「「「いよいよ、旅立ち、か!(にゃ!)(ウサ!)」」」


三人の顔期待に輝いた。

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