焚き火に映る、少女たちの告白
「……何か、俺に手伝えることがあるかもしれないから」
俺の、静かだが、真摯な言葉。
それは、焚き火の暖かな光と共に、少女たちを包み込んだ。
パチ、と火の粉が爆ぜる。
ララとミミは、俺の言葉の意味を測りかねるように、ただ俺の顔を見つめている。
姉のミミは、妹のララをぎゅっと抱きしめ、その瞳には再び警戒の色が浮かびかけていた。
(……ダメだ。まだ、この子たちには早すぎたか)
俺が、少し焦りすぎたと反省しかけた、その時だった。
「……そっか」
静寂を破ったのは、意外にも、クロエの声だった。
彼女は、食後の満足げな表情を消し、さっきまでの快活さが嘘のように、真剣な目で焚き火の炎を見つめていた。
「……ユートが、そこまで言うなら、ボクも、ちゃんと言っておかないとダメだよな」
「クロエ?」
クロエは、ララとミミに向かって「ちょっと、ごめんな」と前置きすると、俺に向き直った。
「ユート。お前、ボクがなんで『闇蛇の牙』の連中に追われてたか、ちゃんと聞いてなかっただろ?」
「……ああ。お前が『裏切り者』と呼ばれていたことと、何か『アレ』を渡せ、と言われていたことくらいしか知らない」
俺は、あの森でのやり取りを思い出す。
クロエは、自嘲するように、ふっと息を吐いた。
「……ボクさ。もともと、アークライトの盗賊ギルドに所属してたんだ」
「盗賊ギルド…」
「うん。まあ、表向きは『情報屋』兼『斥候ギルド』ってことになってたけど。実態は、裏仕事も請け負う、グレーな組織だった」
クロエは、自分の過去を、まるで他人事のように淡々と語り始める。
「ボクは、そこで一番の『斥候』だった。誰よりも早く、誰よりも隠密に。ギルドマスターにも、結構、信頼されてたと思う。……あの日までは」
彼女の声に、初めて、悔しさが滲んだ。
「ある日、ギルドマスターから、大事な『依頼品』を隣街の貴族まで届けるよう、極秘に頼まれたんだ。でも、その情報が、どこかから漏れてた」
「……『闇蛇の牙』にか?」
「たぶん、な。護衛についてくれた仲間…ボクが、一番信じていた先輩が、ボクを裏切った」
クロエは、自分の膝を、強く握りしめた。
「そいつは、ボクが依頼品を横領して逃げた、ってギルドに嘘の報告をしやがった。ボクは、ギルドから『掟を破った裏切り者』として追われる身になって……あの森で、アンタに会った」
「…………」
俺は、何も言わずに、彼女の次の言葉を待った。
「ボクの、今の目的は一つだ」
クロエは、焚き火の炎の奥、暗い闇の向こうを睨みつけるように、鋭い瞳で言った。
「ボクの無実を証明すること。そして、ボクを裏切って、ギルドマスターの信頼を踏みにじった、あの先輩……『闇蛇の牙』と繋がってたアイツに、一矢報いることだ」
彼女は、そこまで一気に言うと、ふぅ、と息を吐き、いつものニカッとした笑顔(ただし、少し無理やりの)を俺に向けた。
「ま、そういう訳だ、師匠(ユート)。ボクは、結構、面倒くさい女だぜ? それでも、一緒に連れてってくれるか?」
それは、彼女なりの「覚悟」と、俺への「問いかけ」だった。
俺は、そんな彼女の覚悟を、真正面から受け止める。
「……クロエ」
「ん?」
「お前、あの日、俺の『和風ステーキ丼』を食って、なんと言ったか覚えてるか?」
「は? ステーキ丼? ……あー、『美味い』とか『弟子にしてくれ』とか…?」
「違う」
俺は、首を横に振る。
「お前は、こう言った。『こんな美味いメシが作れるFランクがどこにいる』。だろ?」
「あ……う、うん。言ったな。それがどうした?」
「俺は、その言葉の責任を取ってもらわないといけない」
俺は、ニヤリと笑う。
「俺のメシを『世界一』だと最初に認めた、一番弟子(自称)が、そんな中途半端なことで悩んでるのは、寝覚めが悪い」
「……え?」
「一矢報いる? 無実の証明? ……甘いな、クロエ」
俺は、焚き火の薪を一本くべながら、静かに、だが力強く、言い放った。
「やるなら、徹底的にだ。お前を裏切った奴らが、『どうか、許してください』と泣いて土下座するくらい、完璧に叩き潰す。……そのための『力』なら、俺が、いくらでも貸してやる」
「……!」
俺の、あまりにも物騒な(だが、心強すぎる)言葉に、クロエは、一瞬、呆気に取られた顔をし……やがて、堪えきれないというように、くくっ、と笑い出した。
「……あー、もう! 本当、なんなんだよ、お前!」
彼女は、目尻に浮かんだ(たぶん悔しさとは別の)涙を、乱暴に指で拭う。
「……『師匠』。やっぱり、アンタ、最高だぜ!」
クロエの告白は、重いものだった。
だが、俺たちの間にあった最後の壁を、完全に取り払ってもくれた。
その、張り詰めた、しかしどこか温かい空気が、残された二人にも伝わったらしかった。
俺は、再び、ララとミミに視線を戻す。
クロエという「緩衝材」のおかげで、さっきまでの過度な緊張は、彼女たちから消えていた。
「……さて」
俺は、声をかける。
「次は、君たちの番だ。……もちろん、嫌ならいい」
ララは、姉のミミの顔を、心配そうに見上げた。
ミミは、ララの頭を優しく撫でながら、震える声で、答えた。
「……わ、わたくしたちは……」
ミミの、兎耳が、恐怖を思い出したかのように、ペタンと伏せられる。
「わたくしたちも……『裏切り』に、あったんですウサ…」
「「!」」
俺とクロエは、顔を見合わせた。
ミミは、妹のララを(まるで、最後の宝物を守るかのように)強く抱きしめながら、涙声で、語り始めた。
「わたくしたち……ララと、ミミは…。昔、大陸の片隅にあった、『白亜の森』っていう、小さな獣人の国の……『王族』の、生き残り、なんですウサ…」
「(……やはり、か)」
俺は、あの奴隷商人の言葉が、ハッタリではなかったことを確信する。
「国、といっても、とても小さくて……森の民(獣人)が、静かに暮らしてるだけの、平和な場所でしたウサ。でも……」
ミミの声が、絶望に震え始める。
「人間の、国が……『魔物の討伐』って、言って…。わたくしたちの森を、焼きました……」
「……!」
「父様も、母様も、みんな、殺されて……。わたくしたち、姉妹二人だけで、必死に逃げて……。それで……」
そこからは、妹のララが、姉の代わりに、歯を食いしばりながら続けた。
「……逃げてる途中で、『あのクズ(奴隷商人)』に、捕まったにゃ」 ララの小さな手に、怒りで爪が食い込んでいる。
「アイツら、『王家の血』だって知ってから、ボクらを『特別な商品』だって…! 鉄の檻に入れて、毎日、殴って……!」
「……それが、あの路地裏の…」
クロエが、苦々しげに呟く。
「アイツら、言ってたにゃ…。『王家の血』は、高く売れるって…。特別な趣味がある貴族に売るんだって…! お姉ちゃんを、そんな目に遭わせるわけには、いかなかったから…ララ、ずっと…!」
(……だから、あんなに、必死に、盾になっていたのか)
俺は、あの路地裏で見た、痩せ細った体で姉を庇い続けた、小さな虎の姿を思い出す。
ミミが、泣きじゃくりながら、最後の「願い」を口にした。
「わたくしたちの、願いは……もう、国を取り戻したいとか、そんなことじゃ、ないんですウサ…」
「ただ、平穏に……。静かに、暮らしたい……。あんな、怖い思いも、痛い思いも、もう、したくない…」
「それと!」と、ララが付け加える。
「いつか、ボクらと同じ、『白亜の森』の生き残りの同胞を、探したいにゃ! この世界に、ボクら二人だけじゃないって、信じたいから!」
それが、彼女たちの、たった一つの、ささやかな願いだった。
焚き火の光が、涙に濡れる姉妹の頬を、優しく照らしていた。
俺は、静かに、目を閉じる。
(……スローライフ、か)
俺が望んだ、平穏な日常。
それを、目の前の、この小さな姉妹は、俺なんかとは比べ物にならないほど、心の底から、渇望している。
俺は、静かに、目を開けた。
俺の、4度目の人生における「やるべきこと」が、今、完全に定まった。
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