第17話 Sランク剣聖に土下座されて「弟子にしてください」と言われたが、断り方がわからない

「……ん」


 俺が重い瞼を開けると、そこには天国のような、あるいは地獄のような光景が広がっていた。


「あっ、気がつきましたか師匠!」

「よかった……。死んでしまったかと……」

「ワンッ(やっと起きたか、貧弱な主よ)」


 目の前に、三つの顔がある。

 心配そうに覗き込むエルザ(メガネ)。

 涙目で俺の手を握りしめているサングラスの女(レイナ)。

 そして、呆れ顔で俺の腹の上に乗っているポチ(犬モード)。


「……ここは?」


 俺は上半身を起こし、周囲を見渡した。

 そこにあるのは、黒焦げになり、さらに半分凍りついたボスの残骸と、更地になった樹海の一部。

 記憶が蘇る。そうだ、俺はこいつらの喧嘩に巻き込まれて……。


「師匠!」


 突然、サングラスの女が俺の目の前で正座し、深く頭を下げた。


「ご無事で何よりです。もし貴方に万が一のことがあれば、私は一生自分を許せませんでした……」

「あ、あの。貴方は……?」


 俺が尋ねると、女はゆっくりと顔を上げた。

 そして、芝居がかった動作でサングラスと女優帽を取り去った。

 現れたのは、誰もが知る国民的英雄の素顔。

 艶やかな黒髪、切れ長の瞳、陶器のような白い肌。


「改めまして。Sランク探索者、白銀玲奈と申します」


 知ってた。バレバレだったから。

 でも、俺はFランクらしく驚いたフリをする。


「け、剣聖様!? なぜこんなところに!?」

「貴方を……師匠を追いかけてきたのです」


 玲奈は熱っぽい瞳で俺を見つめ、少し頬を染めた。


「先ほどの戦闘で確信しました。貴方はやはり素晴らしい。私の斬撃と、彼女の爆裂魔法……本来なら相殺し合うはずの二つの力を、貴方は自らの身を触媒にすることで融合させ、威力を倍増させてボスに叩き込んだ」

「はい?」

「あの一瞬で、属性の相性計算と軌道修正を行うなんて……やはり貴方は、私が生涯をかけて追いかけるべき『武の頂』です!」


 言ってることが何一つ合ってない。

 俺はただ、死ぬのが怖くて土下座しただけだ。


「あの、買いかぶりすぎです。俺はただのFランクで……」

「ご謙遜を。……そこで、お願いがあります」


 玲奈は居住まいを正し、地面に額を擦り付ける勢いで土下座した。


「どうか、この不肖・白銀玲奈を、貴方のパーティに加えていただけないでしょうか! 荷物持ちでも雑用でも構いません! 貴方の背中を見て学びたいのです!」

「ええええええええ!?」


 俺は絶叫した。

 Sランクを荷物持ち? 日本中のファンに殺されるわ!

 それに、こんな超有名人がいたら目立ってしょうがない。


「む、無理です! 俺みたいな底辺と組んだら、貴方の評判が下がります!」

「下がりません。むしろ上がります」

「いや下がるって! お断りします!」


 俺が全力で拒否すると、玲奈はショックを受けたように肩を震わせた。

 だが、すぐに「ハッ」と顔を上げ、隣にいたエルザを睨みつけた。


「……そうか。この泥棒猫(エルフ)がいるから、定員オーバーということですね?」

「誰が泥棒猫ですか!」


 エルザがムッとして言い返す。


「私は師匠の一番弟子です! おにぎりの契りも交わした仲です! 新参者が割り込まないでください!」

「黙りなさい。魔力制御もできない半端者が」

「なんですって!?」


 バチバチと火花が散る。

 俺の胃がキリキリと痛む。

 ポチを見ると、「我、関係ないもんね」という顔で欠伸をしている。薄情な犬め。


 その時、俺のDフォンがピコンと鳴った。

 コメント欄だ。


@名無しの探索者

> 剣聖レイナ、ガチで弟子入り志願してて草

> しかも断られてるwww


@レイナファンクラブ会長

> 嘘だろ……あの高潔なレイナ様が、土下座までして……

> でも、さっきの連携(?)見たら納得せざるを得ない

> ヘルメット兄貴、頼む! レイナ様を受け入れてやってくれ!


@FPS廃人

> これもう「断ったら炎上する」流れだぞ

> 国民的アイドルを振った男として晒されるぞ


(……詰んだ)


 俺は天を仰いだ。

 ここで頑なに断れば、レイナのファンから恨まれる。

 かといって受け入れれば、俺の隠密ライフは終了する。

 俺は深いため息をつき、妥協案を提示した。


「……わかりました。正式な加入は認められませんが、『臨時メンバー』とかなら……」

「本当ですか!?」


 玲奈がパァッと花が咲いたような笑顔になった。

 さっきまでの氷のような表情が嘘みたいだ。


「ありがとうございます、師匠! 一生ついていきます!」

「いや、臨時だって……」

「ふふっ、やったわ。これで師匠の半径二メートル以内は私のもの……」

「なんか怖いこと呟いてない?」


 こうして、なし崩し的に最強のストーカーが同行することになってしまった。


「……むぅ。面白くありません」


 エルザが頬を膨らませて俺の袖を引っ張る。


「師匠、私を捨てたりしませんよね? メガネ、買ってくれますよね?」

「あー、はいはい。今回の報酬でいいメガネ買おうな」

「わーい! さすが師匠! 大好きです!」

「ワンッ!(主よ、我にも肉を忘れるなよ)」


 右にポンコツエルフ、左にヤンデレ剣聖、膝にフェンリル。

 端から見ればハーレムだが、俺にとっては地雷原だ。


「……帰ろう。もう疲れた」


 俺たちはボロボロの体を引きずりながら、ダンジョンの出口へと向かった。

 ちなみにレイナは「事務所NGが出るので……」と泣く泣く帰宅したが、エルザは「宿代がありません!」と堂々と俺についてきた。


     ◇

 

 その日の夜。俺のボロアパート。


「お邪魔します、師匠! わぁ、ここが師匠の秘密基地……思ったより狭……質素ですね!」

「うるさいな。座る場所そこしかないぞ」


 俺はエルザを部屋に上げ、鍵を閉めた。

 すると、足元にいたポチが待ちきれない様子で、ドロンと白煙を上げた。

 ボンッ!


「ふぅ……。やはりこの姿は楽じゃのう」


 煙の中から現れたのは、いつもの銀髪赤眼の幼女(Tシャツ着用済み)。

 彼女は慣れた手つきで冷蔵庫を開けようとしている。

 その光景を見たエルザは――


「…………へ?」


 持っていたコンビニ袋を床に落とした。

 メガネがずり落ち、目が点になっている。 


「い、犬が……女の子に……えっ、幻覚? 私、お腹が空きすぎて幻覚を?」

「幻覚ではないわ、メガネ女」


 ポチが振り返り、不敵に笑った。


「驚いたか? これが我、フェンリルの真の姿よ」

「ふぇ、ふぇんりる……!?」


 エルザの顔色が青から赤、そして白へと変わっていく。


「フェンリルって、あの神話級の!? 災害指定Sランクの!? 嘘ですよね!?」

「嘘ではない。ほれ」


 ポチが少しだけ魔力(覇気)を漏らす。

 部屋の空気がビリビリと震え、窓ガラスがガタガタと鳴った。


「ヒィィッ!?」


 エルザはその場に土下座した。

 あまりの速度に、額が床にめり込むようだった。


「も、申し訳ありませんでしたフェンリル様! 犬だなんて思って! 可愛いワンちゃんだなんて思って! 撫で回したりして!」

「うむ。貴様の撫で方は下手だったぞ。爪が当たって痛かった」

「ひぃぃ! 命だけはお助けをぉぉぉ!」


 ガタガタと震えるエルフ。

 それを見下ろしてドヤ顔をする幼女。

 俺は深いため息をついた。


「ポチ、いじめるなよ。エルザも立っていいぞ。こいつ、餌さえ与えとけば害はないから」

「害はないって……師匠、この方と暮らしてるんですか!? 心臓の強さが規格外すぎます!」


 エルザは涙目で俺を見上げた。

 どうやら彼女の中で、俺への尊敬(と恐怖)ランクがさらに上がったらしい。


     ◇


 数分後。

 落ち着きを取り戻した俺たちは、狭い部屋で車座になっていた。

 テレビからは、今日の俺たちのニュースが流れている。


『速報! 剣聖白銀レイナ氏、謎のヘルメット男のパーティに電撃加入か!?』

「……なんでこうなるんだ」


 俺はニュースを見ながら頭を抱えた。

 隣では、ポチが高級ステーキを手掴みで食らい、その横でエルザがおっかなびっくりカップ麺をすすっている。


「し、師匠……フェンリル様が私のカップ麺を見ています……。狙われています……」

「主よ。その縮れた麺、一口寄越せ」

「あげません! これは師匠に頂いた大事な食料です!」

「お前ら……頼むから静かにしてくれ……」


 俺の切実な願いは、ズルズルという麺をすする音と、肉を食らう咀嚼音にかき消された。


 最強の不運男、ポンコツエルフ、神話級の幼女。


 この奇妙な共同生活は、まだ始まったばかりである。

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