『Fランク探索者の俺、実は「運」ステータスがマイナス限界突破していたので、ダンジョンの魔物が勝手に自滅していきます ~配信切り忘れで、世界中が「これ全部ヤラセだろ!?」と大炎上~』

@pepolon

第1話 Fランク探索者の俺、配信切り忘れで世界中をざわつかせる

目の前に浮かぶ半透明のウィンドウを見て、俺――雨宮(あまみや)蓮(れん)は深いため息をついた。


【ステータス】

名前:雨宮 蓮

年齢:18歳

ランク:F(万年補欠)

体力:E

魔力:F-

運:-999,999,999(Error: Underflow... 表示限界を超過しました)


「……何度見てもバグってやがる」


 相変わらずの赤黒い文字。

 鑑定スキル持ちに見せたら、「ひっ、悪魔!?」と叫んで気絶されたこともある、俺の呪われたステータスだ。


 俺がいるのは、東京都八王子市に発生した『八王子第3ダンジョン』の入り口付近。


 薄暗い洞窟の壁は湿っており、奥からは獣のような唸り声が微かに響いている。


 本来なら、俺のような最弱のFランク探索者が一人で潜っていい場所じゃない。


 だが、俺には引けない理由があった。


「待ってろよ、華(はな)」


 脳裏に浮かぶのは、病院のベッドで青白い顔をして眠る妹の姿だ。


 『魔力欠乏症』。現代医学では治療法が確立されていない奇病。


 治すには、ダンジョンの深層で稀にドロップする『高純度魔石』を手に入れるか、それを買うための莫大な金が必要になる。


「よし……行くか」


 俺は気合を入れるために、頭に被った『安全第一』と書かれた工事現場用のヘルメットの顎紐(あごひも)をキュッと締めた。そして更に、防塵ゴーグルとマスクをつけた完全防備の変質者スタイル。


 頭装備以外はホームセンターで買った激安の作業着(ニッカポッカ)、そして首に巻いた吸水タオルだけ。


 剣や鎧なんて高価なものは買えない。俺の武器はこの身一つと、異常に発達した「危機察知能力」だけだ。


 探索を始める前に、俺はポケットから探索者必須アイテム『Dフォン(ダンジョンスマホ)』を取り出した。


「えっと、ギルドへの報告用に記録を残しておかないとな」


 最近のギルドはうるさい。「ちゃんと探索した証拠映像を出せ」と言ってくるのだ。


 俺は手慣れない手つきでアプリを起動し、録画ボタンをタップした――つもりだった。


《 D-Live 配信を開始します 》

《 タイトル:無題 》

《 公開範囲:全世界(パブリック) 》


 画面の端に小さく出た『ON AIR』の文字に、俺は気づかない。


 スマホの背面からピンポン玉サイズの『自動撮影ドローン』がふわりと浮かび上がる。


「あー、テステス。マイク入ってるか? ……よし、行くぞ」


 ドローンに向かって独り言を呟き、俺は薄暗い通路へと足を踏み入れた。


 この時の俺はまだ知らなかったのだ。

 この映像が、全世界に生配信されているなんてことには。

     ◇

 ダンジョンに入って十分ほど。

 俺の背筋に、冷たい氷を突っ込まれたような寒気が走った。


「――っ!?」


 来る。


 俺は反射的に、その場から半歩だけ右にズレた。その直後。


 ドゴォッ!!


 今まで俺が立っていた場所に、天井から巨大な鍾乳石が落下し、地面を粉砕した。


「あぶねえ……またかよ」


 俺は冷や汗を拭う。

 これが俺の日常だ。俺の『運』の数値はマイナス数億。


 歩けば天井が落ち、走れば床が抜け、くしゃみをすれば魔物が寄ってくる。


 だからこそ、俺の体は生き残るために勝手に動くようになっていた。「不運が起こる予兆」を感じ取って回避する、悲しき条件反射だ。


 だが、不運はこれだけじゃ終わらない。


 落石の音を聞きつけて、通路の奥から豚のような鼻息が聞こえてきた。


「ブモォオオオオオオッ!!」


 身長二メートルはある巨体。オークだ。

 しかも、手には巨大な鉄の棍棒を持っている。Fランクの俺がまともにやり合えば、一撃でミンチになる相手だ。


「げっ、オーク!? 無理無理、逃げるぞ!」


 俺は脱兎のごとく踵(きびす)を返した。

 だが、俺の不運ステータスが、そんな簡単な逃走を許すはずがない。


 足元の小石に躓(つまづ)き、俺は派手に体勢を崩した。


「うわっ!?」


 完全に無防備な背中を晒して転びかける。

 オークが好機とばかりに棍棒を振り上げ、俺の頭蓋骨めがけて振り下ろ――そうとした、その瞬間だった。


 俺が躓いた拍子に蹴り飛ばした小石が、壁のくぼみにスコンと入った。


 カチッ。


 何かのスイッチが入る音がした。


 シュパァン!!


 壁から勢いよく飛び出したのは、なぜか設置されていた『油が入った壺』のトラップ。


 それがオークの顔面に直撃し、割れた壺から大量のヌルヌルオイルがオークの足元にぶち撒けられた。


「ブギッ!?」


 勢いよく踏み込んだオークの足が、漫画のようにツルンと滑る。


 制御を失った巨体はそのまま空中で一回転し――


 ズドンッ!!!


 自分の体重と棍棒の遠心力を乗せたまま、後頭部から地面の突起に激突した。


 嫌な音が響き、オークは白目を剥いてピクリとも動かなくなる。


 光の粒子となって消えていくオークを見ながら、俺はへたり込んだまま呟いた。


「……た、助かった……」


 まただ。俺を殺そうとした何かが、勝手に自滅していった。


 俺は何もしていない。ただビビって転んだだけだ。


「はぁ……心臓に悪い。帰ったら塩まいとこ……」


 俺はよろよろと立ち上がり、埃を払う。


 そんな俺の背後で、宙に浮いたドローンが今の光景を克明に映し出していたことになど、気づく由もなかった。


 そして、俺のポケットに入っているスマホの画面上では、たった今入ってきた『最初のコメント』が表示されていた。


@名無しの探索者

> ん? 今の何だ?

> 転んだふりして、小石でトラップ起動しなかったか?

> いやいや、偶然だろwww

> でも、あのタイミングで?


 視聴者数:5人。

 伝説の『不運無双』配信は、こうしてひっそりと幕を開けた。

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