第26話 チート・ツールの威力

 永田町で、有楽町線に乗り換えた。スマートフォンで、秘かに、新しく作成したSNSのアカウントを見た。


 五日経っても、小桜動物園の炎上は止まない。ライオンのケージに取り付く前に、杉浦がSNS上で投稿した内容は、善人を気取りたい人間にとって、格好のネタだった。


 過去に、前経理部長が資金を横領したという正しい情報。内部告発した人物が、ライオンに食われて死んだという誤った情報。杉浦が神格化されていく現実。


 誤った情報を包含した、ネット・ニュースが流れるまで、時間は掛からないだろう。より多くの大衆が、杉浦の味方になるだろう。


 杉浦の復讐は、成功したのだろうか。


 桜田門駅に着いた。腕時計で時刻を確認しつつ、警察総合庁舎別館の四階に向かった。


 ドアを開けると、あらゆる人物の視線が、私に集中した。何食わぬ顔で、自席に戻った。

 植村が、私の姿を、頭の天辺から爪先まで、眺めた。


「城ケ崎、暴走女に恋人でも、できたのか。恋人の好み通りに、イメチェンしたとか? 城ケ崎に、そんな従順な面があったのか」


「セクハラ行為として、後で通報するから。心の中で、女性の服装を詮索するにとどまらず、口に出す行為は、不快です。植村が変態の格好をしても、私は、心の中で批難するにとどめるように、努力するから」


「あくまで、努力だろう? 城ケ崎は、絶対に口に出すだろうな」


「今、忙しいから、放っといてよ」


 私の全身を観察し続ける植村の視線が、鬱陶うっとうしい。

 念のために用意していた、ヘアカラー・スプレ―を机の抽斗ひきだしから取り出した。植村の頭頂部を目掛けて、ヘアカラー・スプレ―を噴射した。植村の髪が、金髪になりつつあった。


「城ケ崎、何をするんだ!」


 植村が、噴射物を浴びて、咳き込んだ。

 上手く髪が染まらず、植村の髪は、金髪と黒髪が入り混じった状態になった。

 たまらず、噴き出した。腹を抱えて笑った。笑い過ぎて、涙がにじんだ。


「植村の髪が、プリンみたいな色になっている。咄嗟とっさに、変装が必要になる時があるかと思って用意していたけど、こんな活用法があるとは」


「ふざけるなよ! 俺の髪は、どうなったんだよ!」


「二度と私に減らず口を叩かないようにね。洗えば落ちるから、どうぞ、トイレに行って来て下さい。今後も、何かあれば、植村の髪を金髪にするから。トイレの鏡で、じっくりと自分の髪を眺めて下さい」


「これは、何のハラスメントになるんだ? 後で、城ケ崎の暴走行為を訴えるからな!」


 捨て台詞を吐きながら、植村は、男子トイレに向かって、走り始めた。同僚たちは、植村の頭頂部を気にしながらも、無言で見送った。


 腕時計を見ると、時刻は六時五十五分になっていた。急いで、スマートフォンを操作し、《英雄の逆襲》のアプリを起動させた。


 七時になった。アプリの画面の右端に、城が描かれたマークが出現した。マークを押すと、仮想空間へと旅立った。自分の陣営が、仮想空間上の戦場に、移動した。

 スマートフォンの画面上で、私は、高台に構えた陣営から、城を見下ろしていた。強固な城は、兵士を寄せ付けなかった。城に向かって、河が流れている。堤によって造られた河は、決壊される時を待っていた。


 白起は、えんえいの戦いで、楚の首都のえいを落とした。一連の戦いの中で、白起は、郢の近郊のけいじょうを陥落させた。

 楚は、けいじょうに、重兵を配置させ、秦の南下を防いだ。白起は、西高東低となっている地形に、利を見出した。けいじょうの西に百里の堤を築き、長い河を造り上げ、鄢城まで通した。造り上げた堤を壊し、河に溜めた水を、鄢城まで流した。鄢城の北東角の城壁は瓦解し、城の中の軍民数十万人が、溺死した。


 仮想空間全体のマップを表示した。


 東を意味する右側に、けいじょうがあり、秦の敵が陣営を構えている。西を意味する左側には、堤によって築かれた河があり、秦の味方が陣営を構えている。《苛烈》のメンバーは、当たり前のように、左側に集まっていた。


 各同盟は、採集を行う。秦軍の味方は、採集した材料で堤を築き上げる。秦軍の敵側は、採集した材料で、けいじょうの城壁を補強する。各同盟が採集した材料の量で、鄢城の運命が変わるイベントだ。

 採集地点を攻撃しやすくなるため、けいじょうに近付くほど、秦の味方側の採集地点のレベルが上がる。鄢城から遠ざかるほど、秦の敵側の採集地点のレベルが上がる。


 解析結果によると、《蛇》が依頼を受けたチート・ツールは、採集量を向上させる機能を持っているらしい。採集地点レベル十で材料を収集すると、採集時間を十分から一分に短縮される機能を有している。


 アプリ画面の上部には、戦闘開始まで、カウント・ダウンが行われていた。

 カウント・ダウンが、一分を切った。

 同盟チャットに、盟主から連絡が入った。


『採集地点の最高レベル十を中心に狙いましょう。他の採集地点と同量の材料を、最短の十分で採集できます。戦闘が発生した時は、お互い助け合いましょう』


 同盟チャットに、次々とアイコンが浮かび、闘志溢れる投稿が続いた。


『絶対に、勝つぞ!』

けいじょうを崩壊させよう!』

『白起に勝利の栄光を!』


 目まぐるしく表示されるアイコンの中に、ほかほかのメロンパンの写真は、なかった。


「リーダー」の中身の七瀬は、《苛烈》に所属していたはずだ。何故、現れないのだろう。

 加入メンバー・リストを見た。全ての加入者を探しても、「リーダー」の名前は見当たらなかった。

 アイコンにも目を走らせた。ほかほかのメロンパンの写真のアイコンも、見つからなかった。


 七瀬は、《苛烈》を脱退したのだろうか。追放されたのだろうか。


 アイコンの写真や名前を変えた可能性もある。他の名前とアイコンを引っ提げて、《苛烈》に加入し続けている可能性もある。


 七瀬は、《苛烈》に所属するプレーヤーを仲間と呼んでいた。《英雄の逆襲》を自らの居場所だ、と叫んでいた。

 七瀬は、居場所を失ったのだろうか。仲間を失ったのだろうか。それとも、今日も元気に暴れているのだろうか。

 七瀬の泣きじゃくっていた姿が脳裏をよぎり、胸の内に暗雲が立ち込めた。


 無理やり、七瀬から意識を切り離し、戦闘動画の撮影準備を始めた。スマートフォンの設定の中から、コントロール・センターを選択した。コントロールをカスタマイズし、画面収録の項目を押した。

 採集地点十の近くを巡回し、あり得ない速さで採集を終えるプレーヤーの動画を撮影する、と決めていた。動画を撮ったとしても、チート・ツールを使用した証拠となる可能性は低いが、何もしないよりは、ましだ。


 戦闘開始までのカウント・ダウンが、十秒を迎えた。録画ボタンをタップした。


 撮影が開始された。


《苛烈》のメンバーは、一目散に、レベル十の採集地点を目指し始めた。私も、四つの部隊を採集地点に向かわせた。


 マップを使用し、目的地の採集地点を観察した。レベル十の採集地点に、秦の大軍が向かっていた。加速アイテムを使い、進軍速度を速めた。


 四つの部隊が、各々の採集地点に辿り着いた。私のプレーヤー名である「推し活天国」が、採集地点に表示された。十分間は、敵の攻撃から耐える時間だ。

 周囲のレベル十の採集地点に取り付いた部隊を観察した。既に、レベル十の採集地点は、秦の敵軍から、攻撃を受けつつあった。


 アラームが鳴った。私が詰めている採集地点に、敵が進行して来る。アラームは、残り一分で敵が来る、と通告していた。

《苛烈》に入ってから、初めての戦闘だ。果たして、約三十万円の課金の効果は、どれほどだろうか。


 敵軍が襲撃した。アプリ内のメール・フォルダに通知が現れた。新着メールは、私の圧勝を通告していた。画面上で、敵軍が去って行った。

 メールの詳細を見た。敵軍は、五日前の私ほどの戦力だった。死傷者も、負傷者も、一名も出さずに、私は勝利していた。

 課金の力を認めざるを得ず、やり場のない悔しさが、胸に押し寄せた。今の境地に、課金せずに、辿り着きたかった。


 周囲のレベル十の採集地点の観察に戻った。


 異常事態に気付いた。隣のレベル十の採集地点で、材料の収集を行っていた部隊が、陣営に戻り始めている。

 私が敵軍に意識をらしていた、一分の間に、レベル十の採集地点で、材料の収集を終えている。


《パンダ》改め《コアラ》が販売した、チート・ツールが使用されている。

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