第12話
本日の挨拶回りは中村文具で終了なので会社に戻った。
小野さんという新たな萌え(土佐犬)を発見し、素敵なおばあさんとの出会いも果たし、美し美味しい和菓子も満喫できて大満足。
途中エイトクリエイティブという不満要素はあったものの、それを加味しても大変満足いく挨拶回りだった。
簡単な報告書を作り、大村課長へと渡し、私の任務は完全完了、ミッションコンプリートである。
戻ってみたら鈴木さんも帰ってきていて、出先でいただいたクッキーをみんなに配っていた。
私も佐藤さんからもらった栗まんじゅうを配らないといけないかと思ったけど、三個しかなかったため素知らぬふりをした。
どう考えても足りない物はしょうがない。
鈴木さんが配ったクッキーは御局様達に大変好評なようだ。
うちの課には御局様が三人いて、席も固まっているため、たまに非常にやかましい。
「あらー、まだ残ってるけど、誰も食べないのかしらー」
御局様のリーダー格である『
食べたいのなら素直に「これいただきますね」などと言えばいいのに、白沢さんを始めとする御局御三家はいつも回りくどい。
「誰も食べないなら、傷んでももったいないし、私、もらっちゃおうかなー」
「そうよね、腐らせてももったいないしね」
「あら、ちょうど三個あるわ。誰もいらないなら、私達三人でいただいちゃおうかしらねー」
白沢さんに続いて『井上 緑』さんと『
「こんなに食べたら太っちゃうけど、食べ物を無駄にしちゃいけないものねー」
「ええ、そうよね」
「さながら残飯処理ってところかしらね」
聞いているだけでイラッとする。
「これ美味しかったから誰も食べないならもらってもいい?」
とかなら可愛いと思うけど、こんな感じの遠回しなマウントにも取れる言動は心底可愛くなくて嫌いだ。
しかももらってきたばかりのクッキーだし、なんならそのクッキーは某有名焼き菓子店の物で私だってもう一個食べたいくらい美味しいのに、たとえ比喩だとしても「残飯処理」なんて言葉を使うことは不適切。
だけどここで「私も食べたいです」なんて名乗り出たら御局御三家にネチネチと言われ続けるのは目に見えているため無言を貫く。
御局様とは何パターンか存在していると思っている私。
第一パターンは自分にも他者にも厳しく、なにかとお小言が多い、嫌われ者を買って出ているタイプ。
このタイプはきちんと仕事をしてくれるし、言っていることは間違っていないため、言い方に難があるだけでさほど害はない。
基本的にお小言が長いため、自分に向けられた時はゲンナリするのだが、悪かったのは自分なため受け入れられる。
第二パターンは自分には甘々で他者には激辛タイプ。
このタイプは自分の失敗すら他者に押し付けがちで、その上でグチグチと文句や嫌味を言ってくるため、非常に嫌われる。
そして、このタイプは基本的に簡単な仕事しかしたがらず、年下で自分に逆らわないと思っている人間に平気で仕事を押し付けてくるため害でしかない。
なんで会社はこんな人間を雇い続けているのだろうか? と疑問すら抱くのだが、こういうタイプは若い頃チヤホヤされてきた人間が多く、根本的に上に媚びへつらうのが上手いため表面化しにくいのだ。
全くもって可愛くない!
第三のタイプは白沢さん達のような人達だ。
悪い方のおばちゃんパワー全開で、ちょっと厚顔無恥だし、遠慮を知らない。
本人達は遠慮しているつもりらしいが、周りから見たら無遠慮にしか思えない言動をとる。
仕事中でもなにか自分達の興味のある話を発見すると平気でペチャクチャお喋りタイムに突入するし、忙しくても「家事があるから」と定時になるとサッサと帰ることが多い人種だ。
家事も仕事もこなしているのはすごいことだと思うのだが、悪い方のおばちゃんパワー全開って部分があるもんだから素直に応援できない、ある意味気の毒な人達でもある。
そもそも好かれているおばさんは「御局様」なんて呼ばれない。
御局様とは皮肉を込めた呼び方であると思うのだ。
私もいつかは完全なるおばさんになる日がくるけど、できれば御局様なんて呼ばれない系統のおばさんになりたいものだ。
そんなこんなで就労時間も終わり、御局御三家もとっとと帰っていった中、私も帰り支度をしていたら、スーッと大村課長が近づいてきた。
「よかったらこれ食べない?」
渡されたのは先程のクッキー。
「こういうの、女の子の方が好きでしょ? どうもクッキーはさ、好きじゃなくて」
すると遠野さんも近づいてきた。
「課長もですか? 僕もなんですよ。クッキーより和菓子の方が好みでしてね」
「遠野さんもですか、分かりますよ、和菓子の方がなんというか安心しますよね」
そして私の手元にはあの美味しいクッキーが二個。
「じゃあ、いただき物で申し訳ないんですけど、代わりにこちら、召し上がってください。私は和菓子より洋菓子派なので」
そう言って栗まんじゅうを二人に手渡した。
「これ、あそこの店のじゃない! 並んで買わないといけない、秋だけの限定品だよ!」
佐藤さんがくれたのは、有名老舗和菓子店の秋限定栗まんじゅうで、普段売られている栗まんじゅうとはまた違った特別品だったそうで、遠野さんは大喜びしていたし、それを聞いた大村課長も喜んでくれた。
三人でその場で栗まんじゅうのプチお食事会が始まった。
個包装を剥がした栗まんじゅうはてっぺんに栗が埋め込まれ、全体的に白く、食べてみると渋皮ごと使われた栗が大きめにゴロゴロと入っていて、白餡とのバランスも絶妙で、これまで食べたことのある栗まんじゅうとは明らかに一線を画していた。
大村課長はそれを多方面から角度を変え眺めながら、感慨深そうに見つめた後に口に入れ、目を閉じてその味を噛み締めるように咀嚼している。
その横で遠野さんがハムスターかリス、もしくは男の前でだけ少食アピールする女子のようにチマチマと食べながらも、幸せそうなほっこりした笑みを浮かべている。
『タイプの違う萌えの二重奏! きちゃぁぁぁぁぁぁ! ごっつぁんですっっ!』
生きててよかった瞬間である。
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