005-第01話:最強魔王と世の果ての龍姫⑤

オレは、答えを求めるように歩いた。

南大門へつづく石畳は見慣れているはずなのに、今日はいつもより遠く見えた。


四天王との謁見から数日。


決めた覚悟は揺らがない。

ならば――歩き出すだけだ。


外套を整え、息をひとつ吐く。

ひとりで出るつもりだったが――


「……兄者」


落ちついた声が背から届いた。


振り返ると、質素な外套のジオファルクが立っていた。

戦将の気配は隠しきれていないが、それでも庶民に見える装いだ。


「……来てくれたのか」


「兄者の旅立ちを見ずに、ジッとしているわけにはいきません。

 義弟として、それが筋です」


ジオファルクがうなずいたその横で、もうひとりが腕を組んだ。


「よぉ、長兄。黙って行くって聞いてよ。そういうのはナシだろ」


ギルヴァドスだ。

こちらも質素な服だが、態度だけはまるで変わらない。


「……おまえ、その服のほうが目立つぞ」


「うるせぇ。たまにはこういう格好もするんだよ」


ふたりの顔を見たとき、強張っていた肩から力が抜けた。


「……すまん。嬉しいが、名残が増えるだけだと思ってた」


「兄者。別れではなく、覚悟を見届けに来たのです」


「そうだぞ、長兄。背中も見せずに行かれたら、こっちは落ち着かねぇ」


ギルヴァドスがにやりと笑う。

否定する気は起きなかった。



***



そんなときだった。


「おいおい……あれで隠れてるつもりか?」


ギルヴァドスが大門脇の守護像を指さした。

その影から、ナナポフィアが申し訳なさそうに姿を見せた。


まず目に入ったのは服装だ。


庶民の服を真似ているつもりなのだろうが、色の合わせ方も留め方も独特で、一般の装いとは少しずれていた。

だが、その大胆さが彼女にはよく馴染んでいた。


本人が気づいていないところまで含めて、いかにもナナポフィアらしい。


つづいて、鍛えた身体の線が視界に入った。

若い兵の中でも均衡がよく、引き締まった体つきの中に、年齢以上の豊かな丸みがしっかり宿っている。


胸元も腰まわりも、布越しでも形がはっきりわかり、隠しても隠れきらない迫力があった。

戦場で鍛えた強さと、若い身体のしなやかさが同じ場所にある、そんな印象だった。


「……気配を抑えたつもりでしたが、見抜かれました。申し訳ありません」


「影に入るのはいいがよ。服も体も目立ちすぎだ。そりゃ見つかるっての」


「す、すみません……本当に」


ナナポフィアはオレの前に進み、頭を下げた。


「陛下……。せめて、お姿を一目だけでも、お見送りしたくて……」


「よい。顔を見せてくれただけで、オレは十分だ」


オレがそう言うと、ナナポフィアは胸に手を当て、呼吸を整えた。


義弟ふたり、忠臣ひとり。

それだけで、門前は本来の落ち着きを取り戻したように感じられた。



***



「……さて。そろそろ行ってくる」


「兄者。道中は、どうか御身を最優先に」


「早く帰ってこいっての。派手に宴やって迎えてやるからよ」


「陛下のご無事を……心から」


三人の声に見送られ、オレは大門の前へ歩み出た。


だが――足が止まった。

南大門が、閉じていた。


魔王城の南大門は、この数十年、一度も閉ざされていない。

治安が落ち着いて以来、開けたままが常で、閉める理由などなかったはずだ。


分厚い黒鉄の双扉が、今は動かぬ壁のようにそびえている。


オレは近づき、冷たい門扉へ手を添えた。

そのとき、向こう側からざわめきがかすかに伝わってきた。


……騒がしい。


怒号でも悲鳴でもない。

熱を帯びた声の集まりが、向こうの広場を埋めている。


そのとき、大門脇の兵舎から門番が駆けてきた。


顔を見れば、すぐに思い出す。

お忍びのとき、何度も出入りを黙ってくれた男だ。


「ま、魔王陛下……! ど、どうしてこちらへ……!」


「落ち着け。そんなに構えるな。今日はただの旅支度だ」


軽く手を上げると、門番は深呼吸して姿勢を正した。


威圧はしない。

今は壁を作る場面じゃない。


「門を閉じた訳を聞きたい。……外で何が起きているのか、教えてくれ」


門番は一瞬だけ言葉を選び、オレを正面から見据えて告げようとした。



*** つづく。

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