第2話 ある村人たちの死 後編
「重い…。」
「無理しないで。ゆっくりでいいよ。」
村の中央広場に、村中の死体が集められている。五体満足に残っているものなど、ほとんどない。胴体だけのもの、首だけのもの、腕だけのもの。無惨である。
「よいしょっと。」
そんな中でも、少女は懸命に死体を運んでいた。首、腕、足など、自分の持てるものを村中からかき集めてきた。胴体などの少女が持てないものは、青年が担いで運んだ。
「これで全部かな?」
「多分。全部よ。」
「あとは、君のお母さんと妹だけかな?」
「……。」
少女は、家に戻りたくなかった。家の前には、母と妹の死体がある。首は引きちぎられ、絶望の表情が顔に張り付いた死体がある。
「無理しなくていいよ。任せて。」
青年は、指をパチンと鳴らす。すると、目の前に家族の生首が二つ落ちてきた。
「ひっ…!?」
少女は後ずさる。
「ごめんよ。驚かせちゃったね。」
そう言うと、青年は懐から杖を取り出した。杖を死体に向けると、死体は宙に浮き、広場に溜めた死体の山へと向かっていった。
「お兄さん魔法使いなの?」
少女が問う。
「そんなところ。」
青年が答える。
「さぁ。始めようか。」
青年は、杖の先から炎を出すと、死体の山へ炎を投げ入れようとする。
「ちょっと待って!」
少女が待ったをかけた。
「なに?」
青年は不思議そうな顔をしている。
「何をするの?」
「火葬だよ。」
「あいつらと一緒にするの?」
少女は、死体の一角を指差す。そこには、村を襲った賊たちの死体があった。村の人々の反撃でわずかながら死んだのだろう。
「そうだよ。」
「やめて!」
少女は語気を強めて言う。
「あいつらは、村のみんなを殺したのよ!そいつらと一緒にしないで!」
少女は、我慢ならなかった。平穏だった村を破壊し、自分以外の村人全員を殺した奴らと、心優しい村の人々が一緒に弔われることが。
「そうだね。ごめん。」
青年はすんなり謝り、再び杖を振ると、賊の死体と村の人々の死体を二つの山に分けた。
「うっ……、うぅ…。」
少女の目から、涙が溢れた。今まで全く出てこなかった涙が、滝のように溢れ出した。村の犠牲者の多さは、賊の屍とは到底比較にならなかった。みんな死んでしまった。その事実が、少女に深く突き刺さっていた。
「酷いね。これは……。」
青年は、この世界ではこのようなことが度々起きていることを知っていたが、実際に目にするのは初めてだった。目の前に広がる酷い光景を前に、自分の無力さを嘆いていた。
「弔ってあげようね。」
少女に向けて優しく呟く。少女は頷くと、青年から炎のついた杖を受け取り、村人の屍の山に、火を放った。
「温かい……。」
少女が呟く。あたりはすっかり暗くなっていて、肌寒い夜であった。空を見上げると、数多の星が瞬いている。
「賊には、僕が火をつけよう。」
杖を一振り。賊の屍は燃え上がった。その炎は、村人の炎に比べて、か弱いものであった。
「あいつら、地獄に落ちる?」
少女は青年に問いかける。青年は、悲しくなった。母親と妹を失ったこの少女は、『母親と妹が天国に行けているか』を問う前に、『殺した賊が地獄に落ちているか』を問うた。少女の瞳には、復讐心と憎悪が燃えたぎっていた。
「そうだね。あれだけのことをしてたら……、かもね。」
「だよねっ!それで、お母さんたちは、天国で幸せに暮らすよねっ!」
青年の返事に、少女は嬉しくなった。家族を殺した憎い奴らが地獄に落ちる。こんなにも気持ちのいいことはない。そう思っていた。
「知らない方がいいことも、あるよ。」
少女に聞こえないように、青年はつぶやいた。青年は知っていた。この村が襲われた理由。こんな辺境の村を、なぜ賊が襲ってきたのか。
この村は、奴隷貿易によって経済が回っていた。この村には、基本男はいない。いても、村の見張りをする数名の戦士だけである。男たちは遠征出かけ、子供を攫い、月に一度奴隷を大量に持ち帰ってくる。攫われた子供たちは、森の奥に造られた監獄に閉じ込められ、定期的に貴族などに奴隷として売り捌かれる。森の奥に村の子供が入れないのは、子供にそれを隠し通すためだった。
成人するまで、この事実は伝えられない。何も知らない少女は、この村は悲劇に見舞われた被害者だと考えているだろう。
地獄に落ちるのは、果たして誰だろう。
「地獄は、大賑わいだな。」
小さく呟く。
「何か言った?」
少女が問いかける。村人たちがしていたことなど何も知らない、可哀想な少女である。
「なんでもないよ。」
「なによ、それ。」
賊は、依頼されていた。息子娘を奪った奴らを始末してくれ…と。始末が完了したと依頼主が聞いたら、跳んで嬉しがるだろう。これで復讐できた…と。
悲しい話だと青年は思った。恨み恨まれの連鎖。この鎖を断ち切るには、誰かが全てを我慢しなければいけないのだろうか。何をされてもやり返さない。そんな聖人が必要なのだろうか。
「そういえば、お兄さん。」
「なに?」
少女が問いかける。
「お兄さんは……、神様…なの?」
青年は目を見開いた。妙に感の鋭い子だと思った。
「どうしてそう思ったの?」
そう聞くと、少女はにこりと笑い、
「なんとなく。正義の味方な感じがしたから。」
そう答えた。青年はにこりと笑い、静かに言った。
「そんなことない。僕はね。死神だよ。」
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