「暴走したらまた殴って止めてやるよ」
6LDKのゴミ屋敷掃除が終わる頃には夕陽が傾いていた。埃塗れになった二人は互いにシャワーを浴び、簡単な買い出しの後、剛力の用意した夕餉を囲んだ。
九品田は緩いスウェットに袖を通し、剛力は下着姿で胡坐をかいていた。
「ちっ、やっぱスーパーの下着はだせぇ。マジでテンション下がる」
「やっぱりパジャマは着ないんですね……」
九品田は自分の創作したフィギュアをいくつか手に取り、食事の脇へ並べた。視界にクリーチャーがいる食事風景に、剛力の顔が些か引きつる。
「な、なんだそれ」
「私の家族です」
アンティークのキャンドルホルダーを模した右手を持つ、クリーチャーフィギュアを指した。真中から分かれて男女が合体した体をしている。
「これが私の両親です」
「お前、結構やべぇと思ってたけど本当に結構やべぇな」
「パンツを額縁に入れる人に言われたくないです」
フィギュア棚の一角、背面の紐で吊るされたパンツ入りの額縁がエアコンの風で揺れていた。
「まぁいいや、食うか。いただきまーす」
剛力は勢いよく手を合わせ、スプーンを手に取った。テーブルに並ぶのはカレー、サラダ、簡単な煮物、そしてフィギュアである。
剛力は口の周りにカレーを付けたままスプーンを相手に向けた。
「つーか冷蔵庫でけぇのになんで空なんだよ、勿体ねぇ。スーパー近くて助かったぜ」
いくつか雑談が飛んだあと、九品田は呟くように尋ねた。
「あの、何も聞かないんですか」
剛力は頬張ろうとしたカレーを一旦皿の上へ戻した。「何を?」
「この頬の傷とか、昨日の、私の変な行動とか」
「変な行動多くてどのこと言ってんのかわかんねぇ」
「火を見て……笑ったことです」
「あぁ、あれか。笑ってたな。やべぇよお前」
剛力は保留していた一口を運び、顔を綻ばせて咀嚼する。九品田は深刻な病名を告げられた患者のように喉仏をあげた。
「何だよ、褪せちまった下着みてぇな顔してんぞ」
「だって私、ヤバイ人じゃないですか」
「怪物がどうとか言ってたのはその事か?」
頬の火傷痕をポリポリと掻き、九品田は静かにうなずいた。
「くだらねぇ」
剛力は反論したそうな九品田へスプーンを向けた。
「ヤンキーやってるともっとヤバい奴いるぜ。血が好きな変態、喧嘩馬鹿、チキンレース中毒。火で笑うなんて花火見てはしゃぐガキと変わんねぇよ」
掬った鶏肉を口に放り込む。咀嚼中何も返してこない九品田へ、飲み込んでから続けた。
「暴走したらまた殴って止めてやるよ。怪物の心配より受け身の練習でもしとけ」
九品田は火傷痕の上に出来た痣、殴られた部分を優しく触れた。
「火中に下着を取りに行く人も、中々頭おかしいですよ」
「は? 私はおかしくねぇよ」
剛力は意外そうに言った。
九品田はフィギュア棚の一番目立つところに飾られている、秋山黒鐘の新作を目にし、ふと先日のことを思い出した。
「そういえばファミレスで助けてくれた件、ありがとうございました。まだお礼言ってませんでしたね」
「今更だな。パフェでチャラにしただろ。食いかけだったけど」
「お詫びにフィギュアを一つ差し上げます」
「だからいらねぇって。お前があげたいだけだろそれ」
うんざりする剛力に対し、九品田は心底残念そうに口を尖らせた。
※
食事が済み一段落した後、掃除で疲れ果てていた二人はすぐに就寝していた。ダブルサイズのベッドの上、少し離れて横になっている。
剛力は大きないびきを発し、悪い寝相を呈して熟睡している。一方、九品田は火に魅了されたことを思い出し、憂い気に天井を眺めていた。
ふと顔の火傷痕へ触れる。寝室にも置かれた継ぎ接ぎの化け物と眼が合った。そのフィギュアは左の頬に傷があり、泣き叫び、怒っているような苦悶の表情をしている。
――火を見て笑ってたの。怖ろしい怪物と一緒に住むなんて、私は嫌だわ。
時々思い出される母からの言葉が天井から落ち、九品田は耳を塞いだ。
「私は恐ろしい怪物…………ふぐっ!」
剛力の振り上げた足が九品田の腹部へ直撃した。彼女の方へ目くじらを立てると何やら寝言を放ち気持ちよさそうに眠っている。
涙目になって足を放り投げると、体勢が崩れて剛力の包帯が露になった。怒気は瞬時に消え、九品田はしゅんとなって布団で顔を隠した。
(怪我させちゃったな……。いや、怪我どころか、殺しかけたんだ)
ゆっくりと布団を下し、涎を垂らしている剛力を眺めた。
(誰かとこんなに一緒にいるの、いつぶりだろう……)
他人の寝顔を拝むのが久しぶりだった九品田は、彼女の横顔に目を奪われた。火傷痕のない顔をじっと眺めるのは久しく、その奇麗な肌に傷がつかなかった事を安心する。
(この後も本当に一緒に居るなら、髪切った方がいいかな……また引火したら嫌だし)
髪をいじっている内、剛力の瑞夢でも流れていそうな寝顔に充てられ、九品田の瞼へ羊がのしかかった。次第に瞼の開いている時間が減り、呼吸が大きく、深くなっていく。
(コンテスト……私に、できる、かな……)
九品田は泥の眠気に身を任せ、すぐに粘土のように動かなくなった。
※
マンションに二人で暮らし始めてから最初の休日が訪れ、慌ただしさの中に静寂が訪れた。
剛力は早朝にこそこそと起床し、九品田に気付かれないようリビングのフィギュアを物色していた。カーテンが閉められた薄暗い部屋を、些か震えながら剛力は忍び足で部屋を進む。
「お、あったあった」
マンションへ最初に訪れた際発見した継ぎ接ぎのクリーチャー、人型でスカートや女性の下着が彫られている。
それを汚物でも掴むように指で摘まみ、鞄へ詰めた。
そのまま空き巣のように音を立てずマンションを出た。それと同時、丁度上った朝日が剛力の企み顔をきらりと照らした。
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