1-2 火とバケモン
「勝負しろ。剛力」
――二日前。
剛力は夕陽を制服に受けながら自転車を立ち漕ぎし、急き立てられるようにコンビニへ入った。
一直線で店内の雑誌のコーナーへ向かい『本日発売』とラックについているファッション雑誌を抜き取る。
頭からページを捲っていき下着のコーナーで手が止まった。全ての情報を脳内に焼き付けるため熱が入る。今の彼女は熱心な研究者にも無我夢中な子供にも見えた。
「……コンテスト?」
最終頁、見慣れないコーナーに思わず声が出る。掲載されているスペースは小さいが、書かれている内容は密に文字が並んでいた。
『下着デザイン・フィギュアコンテスト。賞金二百万円。下着を擬人化した話題のアプリゲーム、女性用下着をデザインし、キャラクターと共に形にしたフィギュアを募集。入賞作品はゲームに登場、さらに下着は実際に数量限定で販売』
(商品化、しかも賞金! でもこんな人形作れねぇな……)
『トイトイコーポレーション、ホワイトランドラグジュアリー、両社の合同開催。審査員にはキャラクターデザインも一部担当した原型師タレント、秋山黒鐘も審査員として当日は出演』
ホワイトランドの会社名を見て剛力は息を呑む。売り物の雑誌が彼女の握力でぐしゃりと潰された。
「こ、こりゃあ……絶対に入賞してぇぞ」
背の低い少女が入店し、雑誌に取りつかれている剛力へ近づいた。
少女はウェディングドレスのような白いワンピース、ショートボブをポンパドールにし、爪をモチーフにした髪留めを召していた。
西洋人形を大きくしたような姿であり、背景を飾るのにコンビニでは荷が重い。
「勝負しろ。剛力」
剛力の横へ歩み寄った少女は無表情で言う。
剛力は首を動かさず、雑誌と睨み合ったまま「おう、白鐘か。今いい所だからちょっと待て」と真面目に取り合わなかった。
「勝負しろ。剛力」
「待てっつーの」
「勝負しろ。剛力」
会話を続ける度に彼女、白鐘の声色に元気がなくなる。三度目にはスカートの裾を寂しそうにキュッと握った。剛力は辟易として雑誌から目を離した。
「ちっ。この機械人形が」
パンッ、と勢いよく雑誌を閉じた音を合図に白鐘が飛び掛かる。右、左と飛んでくる拳を剛力は涼し気に雑誌で叩いて躱す。意表を突いた一撃が右肩に当たったが、後の攻撃は全て軽快なステップに殺された。
剛力は重心を移動しながら飛び上がったり、棚の隙間の奥を覗いたりして何かを確認していた。
(棚の奥に客はいねぇな)
素早い動きのまま「そろそろこっちの番だ」と攻守逆転へ踏み込む。風の如く瞬時に近づき華麗に三つの当て身を繰り出すが、白鐘はなんとか受けきった。その数歩下がった彼女へ剛力は持っていた雑誌を投げつける。
白鐘が顔面目掛けて飛んできた雑誌を払うと、視界に剛力の姿はなかった。わかった瞬間、右手と胸倉を掴まれる。
下からもぐりこむように近づいた剛力は白鐘を持ち上げ背負い投げた。進行方向は棚。
軽い少女でも飛んでくれば簡単に崩れ、ドミノ倒しでコンビニ内の棚が横になる。レジ前に居た数名の客から悲鳴があがる。白鐘は棚の上で大の字になり、動かなくなった。
剛力は倒れている白鐘のスカートを捲ってパンツを確認した。刺繍の入った白いスカートの奥には、どうしても許せない光景が広がっている。
「もっとマシなの履けっつったろ。この雑誌読んで勉強しろ」
先ほど見ていた雑誌を拾い、横になったままの彼女へ雑誌を投げつけた。白鐘はゆっくり腕を動かし、雑誌を握りしめて言った。
「剛力、また勝負しろ」
「……いい加減お前、勝負事以外でダチと関われよ。チームでも浮きまくりだぜ」
白鐘は閉口し、無表情で曇りないすっきりした表情を浮かべた。剛力が呆れて二の句を継ごうとした時、「君達! 今警察呼んだからね!」と店長らしき中年男性が現れた。
そちらに意識を奪われている間に白鐘は店の外へ飛び出した。
「あっ、てめぇずりーぞ!」
「待ちなさい!」と床に散らばる商品を避けながら店長が近づく。剛力はもう一冊同じ雑誌を手に取り、財布から五千円札を引き抜いた。
その紙切れ一枚を指から離すのに苦悶の表情を呈する。
「今月の小遣い、じゃあな……」
店長は転びそうになりながら剛力を掴もうと手を伸ばした。彼女は余裕そうに彼の手を避けて上手く五千円を握らせる。
「二冊分だぜ。釣りは迷惑料で取っとけ」
丁度商品に足を取られて店長は派手に転んだ。その隙に剛力は店の外へ飛び出し、猛スピードでコンビニを後にした。
店内にいた客が、小さくなる剛力の背中を茫然と見送った。
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