第一章:見えない時限爆弾

「……これは、ワイパー(Wiper)だな」

三宮涼(さんのみや りょう)は、CinemaWorksのサーバールームで、死に体のサーバーに向き合っていた。

28歳、フリーランスのセキュリティ研究者。

早紀とは大学時代のサークルの先輩後輩という間柄だ。卒業後もたまに連絡を取り合う友人関係だったが、今回の緊急事態に、早紀が真っ先に頼ったのが涼だった。


「ワイパーって……?」

早紀の声は震えていた。

「身代金を要求するランサムウェアとは違う。こいつの目的は金じゃない。『破壊』そのものだ」

涼はキーボードを叩き、辛うじて生き残っていたログを解析した。


「ひどいな……。マスターブートレコード(MBR)を物理的に上書きしてる。人間で言えば、記憶喪失にした上で、脳の回路を焼き切るようなもんだ。再起動しても、もうOSは立ち上がらない」

涼の表情は険しかった。

このマルウェアは、CinemaWorksのネットワーク内を、SMB(ファイル共有プロトコル)を通じて爆発的に感染拡大していた。

まるで、空気感染するウイルスのように。


「でも、どうして……? うちが何をしたっていうんですか?」

「心当たりはないか? 最近、特定の国や団体を刺激するような作品を作らなかったか?」

早紀はハッとした。

「まさか……来月公開予定のコメディ映画? ある独裁国家の指導者を暗殺するという……」

「ビンゴだ。これはサイバー犯罪じゃない。国家主導の『報復』だ」


その時、涼のPCのアラートが鳴った。

「……おい、まだ終わりじゃないぞ」

涼が画面を指差す。

「マルウェアの中に、まだ実行されていないモジュールがある。タイマーが動いてる」

「タイマー?」

「あと30分。30分後に、第2波が来る。今度はデータだけじゃない。ハードウェアのBIOSそのものを破壊し、物理的に再起不能にするつもりだ」

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