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 命は秋人をアトリエへ案内した。そこは秋人が想像していたような絵具やキャンバスが所狭しとならんでいる場所ではなく、漂うアルコール消毒液の匂いと相まってドラマや映画に出てくる手術室や解剖室のように見えた。


「え、ここがアトリエ?」

「はい、そうです。ここで僕はプラスティネーション作品を制作しています」


 にこやかに言って、命は部屋の中をゆったりと歩き回る。


「プラスティネーションとは、生き物の遺体に含まれる水分や脂肪分を合成樹脂に置き換えることで保存可能にする技術です」

「生き物の、遺体……?」


 アトリエに設置されている直径二メートルはあろうかという半透明の容器を見て、秋人は呼吸を忘れた。冷や汗が背筋を伝う。中にぼんやりと影が見える、液体と一緒に何かが入っている。


「中に入っているのは溶液とご遺体です。事故で亡くなったお子様の遺体をプラスティネーションにしてほしいという依頼があったんです」


 輪郭のぼやけた子供の体から目が離せなかった。


「そちらのご遺体は作成途中のもので、こちらが完成品です」


 命はテーブルの上にかかっていた白い布を取った。そこには、もっと小さな人間が眠っていた。青い布張りの台の上ですやすやと眠る赤子だ。肌触りの良さそうな染み一つない真っ白な布にくるまれている。


「綺麗でしょう?」


 死んでいるとは俄かには信じられなかった。しかし、一切動いていないことと、透明な胸の中にある真っ赤な心臓が布の隙間から見えていたことで、その子供が亡くなっていることを信じる他になかった。


「乳幼児突然死症候群で死亡されました。お母様からのご依頼でプラスティネートしました。胸のあたりは透明化して心臓がはっきり見えるようにして、そのほか全身は彩色によって生前の肌の色を再現いたしました。近々お母様が引き取りにいらっしゃいます」


 命に手を取られて、プラスティネーションの肌に指先が触れた。


 硬質で乾いた滑らかな手触り。確実に生命ではない。だが、生命よりもずっと先の未来までたどり着くものだった。


 命の手に背中をさすられて、ようやくずっと息を詰めていたことに気づいた。慌てて作品から手を離す。


「すみません、息を止めていらしたので……。急に見せられたらびっくりしますよね。配慮が足りていませんでした。部屋に戻りましょう」

「あ、ああ……」


 命に付き添われてアトリエを出た。恐ろしくて振り返ることもできない。


「あまり怖がらないであげてください。お二人ともプラスティネートされただけの、ただの人間ですから」

「あんた、犯罪者? 俺を殺すのか?」

「いいえ、どっちも違います。依頼主と契約書を取り交わしていますし、僕が行うプラスティネーションは、遺体保全を目的として行われるエンバーミングの延長線上にあるものとして位置づけられますので、僕が遺体損壊罪で捕まることはありません。そして、殺人もしません」

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