【魔界の給食改革】転生したら魔王軍の調理係(オーク)でした。老人ホーム勤続20年の「管理栄養士スキル」で厨房をホワイト化したら、魔物たちが健康になりすぎて人間界がピンチな件

雨光

第1話 魔王軍の厨房は「ヘドロ」の海で、私は「洗浄(消毒)」から革命を始める

目が覚めると、そこは鼻が曲がるほどの悪臭の中だった。


「……臭い」  


私は反射的に鼻をつまんだ。  


腐った生ゴミ、酸化した油、そして何日風呂に入っていないかわからない獣の脂臭。


私の鼻孔(センサー)が、空気中の雑菌濃度を弾き出す。


【 危険度判定:レベル5(バイオハザード) 】


「ここはどこのスラム街だ……?」


鏡を見る。  


映っていたのは、緑色の肌をした豚鼻の巨漢。  


オークだ。  


なるほど、死んで異世界転生か。


よくある話だ。


だが、そんなことはどうでもいい。  


許せないのは、目の前に広がるこの光景だ。


そこは厨房だった。  


いや、厨房だった「場所」だ。  


シンクにはカビの生えた皿が山積み。


床は油でヌルヌルと黒光りし、ゴキブリたちが運動会をしている。  


鍋の中では、正体不明の紫色の液体がボコボコと不気味な泡を吹いている。


「めしだ……めしをくれぇ……」


足元に、ガリガリに痩せた小鬼(ゴブリン)が這いつくばっていた。  


顔色は土気色。


目はうつろ。  


口から魂のエクトプラズムが半分出かかり、白目を剥いたままピクリとも動かない。


道端で干からびたミミズのような、見るも無残な死に顔だ。


「おい、新入り(オーク)その鍋のスープを……」


「これを食うのか?」  


私は紫色の毒液を指差した。


「そうだ、俺たちの栄養源だ……」


「ふざけるな!!」


ガシャァァァァァァァン!!


私は鍋をひっくり返した。  


紫色の液体が床にぶちまけられ、床板がジュワジュワと音を立てて溶ける。


「ひぃぃぃ! 何をするんだぁぁぁ!?」


「黙れ! 私は管理栄養士だ! こんな『産業廃棄物』が食えるか!」


私は頭に手ぬぐいを巻き、仁王立ちした。  


私の管理栄養士魂(プライド)に火がついた。  


戦うべき相手は魔王でも勇者でもない。  


「食中毒菌(O-157)」だ。


「まずは洗浄だ! 熱湯を持ってこい!」


そこからの3時間は戦争だった。  


私は洗剤(灰汁)を作り、タワシを両手に装着して回転した。  


高速回転!  


キュピーン! キュピーン!


こびりついた油汚れが悲鳴を上げて剥がれ落ちる!  


黒かった床が、本来の木目を取り戻し、鏡のように輝き出す!


「す、すげぇ!!床に顔が映るぞ……!?」  

ゴブリンたちが、ピカピカになった床を見て腰を抜かす。


「よし。次は調理だ」  


私は冷蔵庫(といってもただの冷暗所)を開けた。  


まともな食材はない。  


あるのは、しなびた野菜のクズと、硬い干し肉だけ。


「十分だ」  


私は包丁を握った。  


かつて老人ホームで、流動食しか食えない老人たちを唸らせてきた技術を見せてやる。


ダダダダダダダダダダッ!!


目にも止まらぬ高速微塵切り(ミンチ)!  


野菜クズが、雪のように細かくなる。  


干し肉は繊維を断ち切り、水で戻して叩く!


中華鍋に油を引く。  


強火(ハイカロリー)!


ジュワァァァァァァァ!!


爆音と共に、炎が天井まで昇る!  


野菜の甘い香りが、腐臭を駆逐し、厨房内を黄金色に染め上げていく!


「な、なんだこの匂いはぁぁぁ!?」  


ゴブリンたちの鼻の穴が極限まで広がる。  


よだれが滝のように床に落ちる。


仕上げに、塩と少量の香草。  


ただそれだけ。


カッッッッッ!!

(謎のバックライト)


完成だ。  


鍋の中で、黄金色に透き通ったスープが、宝石のように輝いている。  


『奇跡の野菜コンソメ・黄金(ゴールド)スープ』


「食え! お前らの腐った胃袋を洗浄してやる!」


ゴブリンが震える手で皿を受け取る。  


一口すする。


ズズッ……。


その瞬間。


ドッッッッッッカァァァァァァァン!!


ゴブリンの背後に、巨大な「野菜の女神」が降臨した。  


女神がラッパを吹き、天使たちがキャベツ畑を舞う!


「う、うめぇぇぇぇぇぇ!!」  


ゴブリンが絶叫した。  


目玉が飛び出し、鼻水と涙が噴射される。


「なんだこれは! 優しい! 泥水じゃない! 野菜の魂が、俺の乾いた喉を潤し、細胞の一つ一つに『生きててよかった』と囁いてくるぅぅぅ!」


ボシュウウウウウ……!  


ゴブリンの体から湯気が出る。  


土気色だった肌がツヤツヤになり、曲がっていた腰がシャキーンと伸びた。


「力が、力がみなぎる……!」


これが、私の魔界での最初の一皿だった。  


後に、この厨房が世界を救う「聖地」になるとは、この時の私はまだ知らない。

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